
ボーナスを算定しない不当な計算基準や支給金額の男女不平等、マクロ経済スライドによる金額の抑制など、日本の年金制度の問題について、各団体の担当者と懇談を行った。
年金減額や「女性の低年金」問題の是正などを求めて活動
2012年に成立した年金制度の「改正法」に基づき、国は2013~15年にかけて年金支給額を一律2.5%削減した。この削減は憲法25条(生存権)、同29条(財産権)などに抵触し違法であるとして、2015年、全日本年金者組合(以下「年金者組合」)が中心となり、44都道府県で約5300人の原告が国を相手取り、39の地方裁判所に「年金減額違憲訴訟」を提起。
また年金者組合は「男は外で働き、女は専業主婦として家を守る」という役割分担が長年押し付けられてきたことで男女の賃金格差が発生し、多くの女性が非正規雇用の状態であったことから、現在支給される年金の金額にも男女で激しい差がある状況を「女性の低年金」問題と位置付け、ジェンダー平等の観点などから是正を求めてきた。
参考記事:年金の男女格差「ジェンダー不平等の積み重ねの結果」 日本の“労働モデル”見直しの必要性を訴え、国際会議に報告書提出へ
さらに、日本の状況は国内法である憲法のみならず、国際人権規約における「社会権規約」や女性差別撤廃条約、またILO条約など、日本政府が批准している国際規約・条約にも違反していると年金者組合は訴えている。
金額の算定基準や「マクロ経済スライド」の問題を訴え
昨年8月、年金者組合はILO条約適用専門家委員会に対して、複数のILO条約に関する申し立てを行った。まず、日本が1976年に批准した「102号条約(社会保障の最低基準に関する条約)」について。102号条約では、老齢年金の定期金算定基準を「従前の勤労所得の40%」としている。そして、条約では「勤労所得」の定義に給料のみならずボーナスも含まれている。
日本政府は「夫婦2人の基礎年金と夫の厚生年金の合計額」を「現役世代の男性の平均手取り収入額」で除して計算することで、102号条約の基準に達するとしている。しかし、「賞与額を含めた男性の平均標準総報酬額」で計算した場合には39.18%となり、基準の40%に届かないという。
また、102号条約は「年金の実質的価値の維持」を求めているため、日本が2004年から導入している、年金財政の改善のために年金額の伸びを抑える「マクロ経済スライド」も条約違反である、と年金者組合は訴えている。
2013年度~25年度における物価と年金額の推移(提供:全日本年金者組合)
次に、日本における女性の低年金は1967年に批准した「100号条約(同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約)」に違反していると申し立て。
最後に、年金だけでは生活できず家族を介護しながら働く女性高齢者や、逆に介護を理由に離職を強いられる女性が多数いる状況は、1995年に批准した「156号条約(家族的責任を有する男女労働者の機会及び待遇の均等に関する条約)」に違反していると申し立てた。
国際労働機関が日本政府に「直接請求」を行う
6月2日から13日にかけて、第113回ILO総会が開かれた。ILOの委員会は日本政府に対し、「基準賃金と老齢年金の額の両方の決定において勤務関連ボーナスを含める」「社会保障の受給資格に影響を与える男女不平等に関してILOのコメントを参照する」などの要請(直接請求)を行った。
総会後の6月24日、年金者組合はILO労働者活動局と懇談を行った。
年金者組合の申し立て代理人などを務める牛久保秀樹弁護士は、7月28日に都内で行われた会見で「日本がILOから直接請求されていたことは、私たちがILOに行くまで、わからなかった。政府はこれまで直接請求の事実を黙っていた」と指摘。
「直接請求は、単なる報告ではなく、政府に回答を求める『布告』。
今後、国会などで年金の問題を追及していく手だてが開かれた、大事な機会となった」(牛久保弁護士)
廣岡元穂・中央本部副委員長は「今後、年金者組合としては政府に要求書を提出して、抗議する」とコメント。条約違反であることが明らかになれば、国家賠償請求も視野に入れた対応を行うとのことだ。
なお、6月23日、年金者組合は国連の「ビジネスと人権ワーキンググループ事務局」の担当者とも懇談を行った。
今後、年金者組合が日本の年金問題に関する文書や調査結果を提出していくことで、同事務局も日本の人権状態を改善させる一環として年金問題にも目を向けて、対応を実施することが可能になっていく。
「年金は生活保護に劣らず重大な問題」
会見に参加した、年金者組合の江畑眞弓・中央執行委員は「女性の低年金は物価高騰や酷暑も影響して、非常に深刻。生きるか死ぬか、の問題になっている。勤務体系への差別などが女性の低年金に影響している」と語る。「(政府は)働く世代の社会保障費を減らそうとしているが、その先行きは、現代の若者にとっても、もっと大変なものになってしまう。
年金や弱者に対する攻撃は、世界中の政府が行っている。世界的に、連帯を深める必要がある」(江畑委員)
木田保男書記長は「厚労省の担当者にILOの勧告について問い合わせると、存在すら知らなかった」と指摘。
「人権問題に関する国連の担当者は、日本政府は『友好的』だと表現した。しかし、実際には、社会保障や年金の問題について全く回答せず放置している状況だ」(本田書記長)
牛久保弁護士は「近年、生活保護不支給の問題が注目されるようになっているが、年金についても、それに劣らない重大な問題が発生している」とコメントした。