現に生活保護を受給する身で、担当の男性ケースワーカーから性被害を受けたと勇気ある告白をしたのは、元“地下アイドル”のエリコさん(仮名・20代女性)。彼女は双極性障害のため働くことができなくなり、生活保護を受けながら孤独な闘病生活を続けています。
かつて夢を追い、芸能の世界で活動していた彼女に襲いかかったのは、仕事上で関わった男性たちによる搾取と訴訟、そして、頼みの綱であるはずの福祉制度そのものからの裏切りでした。
生活を支えるはずのケースワーカーが加害者になるという想定外のことが起きたとき、勇気を出して声を上げても、SOSのサインを軽んじられてしまうと、助けを求めることもできなくなってしまいます。私たちは、「法制度があること」と「人が救われること」が、決してイコールではない現実に、どう向き合えばいいのでしょうか。(行政書士・三木ひとみ)
働けないほどの病と、不信からの孤立
心の病を抱え、現在も働けず生活保護を受けているエリコさん。彼女は10代の頃から声優を志し、養成所に通っていました。ある日、友人と一緒に見学に行った芸能事務所でスカウトを受け、地下アイドルとして活動を始めますが、演技経験のない男性と二人で動画撮影をさせられたり、YouTubeでの朗読や物販を行わされたりと、無報酬での労働力搾取が続き、次第に心がむしばまれていきました。
やがてレッスンを休みがちになり、芸能活動も困難に。すると、所属していた芸能プロダクションから損害賠償を求める訴訟を起こされました。
体調不良で裁判への対応も出廷もできないまま、損害賠償金を支払うよう命じる判決が確定しました。
この判決を盾に、会社側は「支払いをしなければ警察沙汰にする」といった文書を送り付け、嫌がらせのような金銭要求が数年にわたり、今なお続いているとのことです。
外に出ることが怖くなり、心の病も悪化。生活保護を受けるようになったエリコさんは、毎月、役所に保護費を受け取りに行く生活を送っていました。
しかし現在は、生活保護費は振り込みによる支給が原則であり、プライバシーや安全面への配慮からも、現金手渡しは避けるように厚労省から自治体に通達も出ています。
にもかかわらず、彼女には担当の男性ケースワーカーからその情報が知らされることなく、手渡しで支給され続けてきたのです。
そして、今年4月、新しく担当になった女性ケースワーカーとの後述のやり取りが、過去のトラウマを刺激し、エリコさんは電話の受信だけでも手が震え、頓服薬を飲まなければ会話もできないほど追い詰められるようになりました。
「生活保護費を受け取りに行けない」
エリコさんは、私の行政書士事務所に相談の電話をかけてきました。「生活のため保護費が必要なのに、役所に行こうとすると発作が起きてしまう」という切実な訴えでした。「月末が近づくたび、具合が悪くなるんです。保護費を取りに行くのが怖くてたまらない」
エリコさんは、震える声でそう訴えました。
なぜ、役所へ行くだけのことが「怖い」のか。話を重ねる中で、彼女が置かれていた状況はより深刻なものであることが明らかになっていきました。
現在暮らしている自宅は、過去に性被害を受けた場所であり、その加害者に居場所を知られている危険な環境であること。
そしてなにより、かつて担当していた男性ケースワーカーから、立場を利用した性的な加害行為を受けていたこと。
はじめは「生活保護費を受け取りに行けない」という相談にとどまっていたSOSは、次第に「助けて」へと姿を変えていったのです。
「支援者」を信じた代償
エリコさんによると、その「被害」とは、今年3月まで担当していた男性ケースワーカーからのものです。「優しくされて、頭をなでられたり、抱きしめられたりして。
びっくりしましたが、男性が怖かった私にとっては、強く拒絶することで生活保護を止められたり、病気でも就労を強制されたり、報復的な扱いを受けるんじゃないかという不安がとても大きかったんです。
男性ケースワーカーは、『(働くことができない状態なら)無理に働かなくていいよ』と言いました。もし拒めば、その言葉が翻されるかもしれないと感じ、はっきりと拒むことができませんでした」
男性ケースワーカーのエリコさん宅への家庭訪問は月に3回、1回あたり1時間半以上行われていました。これは異常な頻度であり、通常の福祉対応としては明らかに不自然です。
そもそも、若い女性の受給者宅に、若い男性ケースワーカーが単独で何度も訪問していたという点において、これは個人の問題ではなく、行政全体の監督責任が問われる事案です。
後になって彼は、エリコさんとほぼ同年代の妻がいる既婚者であり、「夫婦間でセックスレスだった」と述べたといいます。
「関係がバレたらまずいから、誰にも言わないでね」と口止めされたとき、エリコさんは「私にも非があるのかもしれない」と、自責の念にかられるようになってしまったのです。
誰にも言えず、心に押し込めてきたこの事実を、なぜ、福祉事務所や他の公的機関に訴えることができなかったのでしょうか。その背景には、過去の痛ましい経験があります。
「昔、ストーカーやDV被害で警察に相談に行ったとき、女性警察官にこう言われたんです。『被害届を出したら、相手の人生を壊してしまうことになりますよ』って。あの時から、私が悪いのかもしれないって、思い込むようになってしまったんです」
新担当者の「女性ケースワーカー」に性被害を打ち明けたが…
今年春、それまで担当していた問題の男性ケースワーカーから、女性ケースワーカーへと担当替えがありました。上述したように、男性ケースワーカーから性加害を受けていたこともあり、エリコさんは「今度こそ、話せるかもしれない」と思い、勇気を振り絞って打ち明ける決意をしました。
生活福祉課の相談室で、彼女は頓服薬を飲みながら、震える声で過去の被害の経緯を詳細に語ったといいます。
芸能事務所のトラブルだけではありません。エリコさんは、過去にも一般男性からの性被害を受けた経験がありました。そのため、都市部のとある駅近くのセキュリティーのないマンションでの暮らしには、常に恐怖がつきまとっていました。
自宅郵便ポストへの嫌がらせや、男性からの執拗(しつよう)なストーカー行為、風呂場をのぞかれるといった被害も明かし、「今の住居では安心して生活できない」と、郊外への転居を切実に願い出たのです。
誰でも自由に出入りできる構造の建物で、エントランスを経ずに人が住居の前まで通れるような環境では、不安が募るばかりでした。
できることなら、人の出入りが少なく、落ち着いて暮らせる地域に引っ越したい。長く胸に抱えながらも口に出せなかった願いを、打ち明けたのです。
「死にたい」しか浮かばなくなって
女性ケースワーカーから「一度上司と検討します」と言われたものの、2か月後、ようやく返ってきた答えは冷淡なものでした。「引っ越しは認められません。費用の支給もできません。ポストの件などは、ご自身で何とかしてください」
あまりにも機械的で冷たい対応に、エリコさんはあぜんとしました。
「被害に遭っているのに、なぜ転居が認められないのですか?」と尋ねると、ケースワーカーはこう言いました。
「あなたが『性被害のことは誰にも言わないでほしい』とおっしゃったので、私は上司に報告していません」
まったく事実と異なる説明でした。
「私はそんなこと、一言も言っていません。性被害を受けたことを、ようやく勇気を出して話したのに…。私の転居希望が認められなかったのは、ケースワーカーのあなたがきちんと上司に報告をしてくれていなかったからじゃないですか?」
エリコさんがそう訴えても、ケースワーカーは「あなたは、たしかに口外するなと言いましたよ!」と言い張るだけでした。
また、女性ケースワーカーに引っ越しについて相談したとき、性被害の詳細を語ったところ、「まぁ、大変でしたね~」と軽く返されました。
「見下されているように感じて、涙が止まらなくなりました。薬を飲みながら、もう、死にたいとしか、思えなくなってしまったんです」
期待していた「女性ならわかってくれる」という希望が裏切られたとき、エリコさんの心には、また一つ深い不信が刻まれてしまいました。
その後、実際に自殺未遂を起こしたエリコさんは、「あなたのせいで自殺未遂を起こしてしまった」とケースワーカーに伝えました。すると返ってきたのは、こうした言葉でした。
「私のせいという証拠でもあるんですか?」
エリコさんを守ってくれる法制度は整備されていました。でも、支援を求めた先にいた「人」によって、制度が壊れていったことがうかがわれます。
「信頼」が回復するきっかけに…垣間見えた女性ケースワーカーの「心」
エリコさんは福祉事務所に「私の心を傷つけた担当ケースワーカーではなく、その上司から連絡してほしい」と何度も伝えてきました。しかし、繰り返し電話してくるのは、やはり同じ女性ケースワーカーでした。私が行政書士として間に入り、福祉事務所、自治体ともやり取りを重ねた結果、実は、その女性ケースワーカーも制度の板挟みになっていたことが分かりました。エリコさんの希望を男性上司に伝えても、「お前が対応しろ」と男性上司に命じられてしまう状態だったそうです。
私は、女性ケースワーカーの苦しい胸の内、立場も聞いたので、それらをエリコさんに説明しました。
「ケースワーカーさんのお仕事も、大変なんですね…」
エリコさんにも、同性としての苦しみが共感されました。
「制度としてはあっても、対応する人によって、制度そのものが怖くなる。保護費を受け取りに行くことも、電話をかけることも、全部が怖くてできなくなってしまいました」
そう語っていた彼女に、ある日、その女性ケースワーカーから丁寧な連絡が届きました。
「明日、男性上司も交えて話し合いを行いますが、体調は大丈夫でしょうか。ご自身のペースで、話せる範囲でお話しいただければ構いません。途中で気分が悪くなったら、退席していただいても大丈夫です」
自分の体調や心情に寄り添った言葉に、エリコさんは初めてその女性ケースワーカーの「心」を感じたといいます。そしてその日、彼女は、これまで対話を拒絶していた女性ケースワーカーと「過去のつらかったことを、自分からも話すことができました」と報告してくれました。
制度が壊されたように感じていたのは、「人」によってでした。
けれど、失われた信頼が少しずつ回復していくきっかけもまた、「人」と向き合い関わる中から生まれました。
福祉に裏切られた人が、正当に救済される社会を
もちろん、エリコさんの過去の被害が消えるわけではありません。男性ケースワーカーによる家庭訪問中の性加害は、たとえ本人が拒めなかったとしても、福祉専門職の倫理としても、法的にも、決して許されるものではありません。けれど今、エリコさんは「声を上げる」という行動によって、自分の生き方を少しずつ取り戻しつつあります。法テラス(日本司法支援センター)に出向き、初めて弁護士に、ケースワーカーからの性被害を打ち明ける決意をしたのです。
かつては、助けを求めても見下され、傷つけられ、声を奪われてきたエリコさん。
その彼女が、今、自らの被害を「記録」として残し、「支援を受ける権利」を選び取っていく姿は、同じように苦しむ誰かへの道しるべとなるはずです。
生活保護制度は、すべての人に保障された「最後のとりで」であり、守るべき「命の土台」です。
けれど、その「とりで」は、支援する側の対応によって「壁」にもなれば、時に人を深く傷つける「凶器」ともなり得ます。法制度の枠組みが整っていても、制度が本当に機能するかどうかは、結局は現場の対応にかかっています。
性被害を受け、病を患いながらも生活保護を受け耐えていた一人の女性が、傷つきながらも勇気を出して対話を重ね、現場での向き合いが生まれ、関係性が改善されたことは、小さくても確かな希望です。彼女はこれから、法テラスを通じ、司法の力を借りてさらに声を上げようとしています。
「制度に傷つけられた人が、制度そのものに責任を取らせる」という、希望と再生の第一歩です。福祉に裏切られた人が、正当に救済される社会でなくてはなりません。
声を上げた人が報われ、加害が裁かれ、再発防止策が講じられる必要があります。その正当な道のりを社会全体で見守り、支えていくことが、今、求められています。
■三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)。官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に「わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)」(ペンコム)がある。