前世紀までは、タトゥーが肯定的なとらえ方をされるのは「遠山の金さん」くらいであり、基本的には「反社」を想起させるなどマイナスイメージを持つ人が多数だった。
しかし、今なお、タトゥーがあることにより不利益をこうむる場面もあることは否定できない。たとえば、多くの銭湯には「お断り」の貼り紙がある。また、生命保険に加入しようとすれば、たいていはタトゥーの大小を問わず加入を拒絶される。
ただし、複数の保険営業経験者は、場合によっては保険加入できるケースがあると口をそろえる。正規の方法なのか、はたまた「抜け穴」なのか。
※以下、個人・会社を示すアルファベットは対象のイニシャル(頭文字)とは無関係。
タトゥーがあると生命保険への加入が認められない“理由”とは
なぜ、タトゥーがあると生命保険に加入できないのか。都内の生命保険代理店で10年近く営業マンを務めたファイナンシャルプランナーのA氏は、以下のように説明する。A氏:「表向きの理由は、タトゥーがあると感染症の危険が大きいからというものです。
タトゥーを入れる際に針で皮膚を傷つけますが、その行為に法令による規制が特にないので、針の消毒が不十分であったり、針の使い回しがされたりすることによって、たとえばB型肝炎、C型肝炎、HIV等、何らかの感染症にかかっている可能性が通常人と比べて高いということです。
ただし、ここからは私の見解ですが、感染症のリスクだけでは合理的な説明は不十分なので、裏の理由として、反社とのかかわり(モラルリスク)が疑われるということもあると考えられます」
実際に、A氏が担当した顧客でも、保険のプランが決定していざ加入手続きの段になって、医師の診査を受けてもらったところ、タトゥーがあることが判明し、加入を断られたケースがあったという。
A氏:「その方は一見、タトゥーを入れているとは夢にも思いませんでした。それ以後、念のため、私は、お客様に対し『あくまで確認なので、悪く思わないでいただきたいのですが…』などとことわった上で事情を話し、タトゥーの有無を確認していました」
現在ではファッションとしてタトゥーを入れる人も多い。しかし、現状、タトゥーがあることが判明すれば、生命保険に加入するのがきわめて難しくなることは確かだという。
タトゥーが“見逃される”ケースは?
とはいえ、A氏によれば、実際には、保険加入のしくみ上、タトゥーが見逃されるケースも多いことが想定されるという。A氏:「生命保険に加入する際には保険会社による『審査』がありますが、保険金額に応じて審査の方法が異なります。保険金額が大きくなるにつれ、求められる審査の度合いも厳しくなっていきます。
保険金額が一定以上に高額な場合には、医師の診査を受けることになります。その際に発覚することが多いのです。
他方で、保険金額が高額でなければ、必ずしも医師の診査を受ける必要はありません。最も軽いのは『告知書扱い』といって、告知書上で健康状態や既往歴について基本的に『はい』か『いいえ』で回答し、『はい』の項目があれば詳細を記入してもらうというものです。
告知書にはタトゥーに関する項目はなく、契約手続の際に募集人が本人に読み聞かせる『重要事項説明書』にも書かれていません。また、告知義務が課されるのはあくまでも告知書で問われている事項についてなので、タトゥーの有無を申告しなくても『告知義務違反』にはなりません」
結局、本人がタトゥーを入れていても、それが外からは分からない部分にあれば、募集人も本人も何の引っ掛かりもないまま、加入できてしまう可能性があるという。また、仮にタトゥーが目立つ位置にあったとしても、インターネットのみで加入できる生命保険の場合、保険募集人と面談しないので、やはりスルーされることになる。
その次に軽いのが『健康診断書扱い』というもの。
A氏:「告知書に加え、健康診断結果通知書の添付が求められます。健康診断は、『直近●か月以内』など所定の時期に行われたもので、かつ所定の診断項目さえみたしていれば、職場の定期健診などでも良いです。また、審査のために近所のクリニック等で健康診断を受けてその結果を提出するのもOKです。
この場合も、タトゥーの有無は問われないので、やはり、タトゥーが目立つ位置にない場合にはスルーされる可能性があります」
タトゥーがある場合に加入が認められない割には、審査の際にその有無を直接問われないというのは、なんとも中途半端な感じがするが。
A氏:「私もその通りだと思います。感染症のリスクを重視するためならばタトゥーの有無を直接問うほうが合理的だし、反社との関係の有無についてはタトゥーとかかわりなく、募集人・保険会社の側でチェックすることになっています。ならばタトゥーがNGとの建前は一体何のため?と今でも疑問を感じています。
この点について、在職中、複数の生命保険会社の代理店担当者(ソリシター)からそれとなく聞き出そうとしたことがありますが、彼らもよく分かっていないようでした」
タトゥーを申告して加入が認められた“レアなケース”
保険加入の手続きのなかでタトゥーがあることが発覚した場合でも、加入できたというケースはないのか。日本でも有数の大手生命保険会社であるX生命で、地方支社の営業部門のトップとして営業職員を束ねた経験のあるB氏は、同社ではタトゥーがある人の加入は原則NGではあるものの、ケースバイケースで例外が認められることがあったという。
B氏:「私が担当した男性のお客様で、背中に大きなタトゥーがあり、それを隠すことなく申告して、生命保険への加入を認められたケースがあります。
その方によると、タトゥーの絵柄は自身が経営する会社の社名に登場するモチーフを表現したものであり、『会社との一体感を高め、経営者として一生懸命に事業を遂行する覚悟をもつ意図でタトゥーを入れた』とのことでした。
したがって、保険会社に提出する取扱報告書には、まず、その方がタトゥーを入れた動機が純粋に自身のイデオロギーによる真摯なものであることを記載しました。
また、それに加え、町内会や地元の法人会等での活動内容や評判も確認し、反社とのつながり等、懸念される点が見当たらないことを記載しました。その結果、審査に通り、加入できました」
「裏のルート」で加入できてしまう保険会社も
X生命のように、タトゥーがある人についてルールの枠内でわずかながら例外を認める保険会社がある一方で、公式に認められない“裏のルート”で加入できてしまう保険会社もあるという。前出のA氏は語る。
A氏:「会社経営者のお客様がいて、ご自身に万一があった時に備え、保険金を会社の借入金の返済や運転資金にあてるため、会社を保険金受取人として、Y生命の保険に法人契約で加入していただくことになりました。年間の保険料が百万円単位の大口契約です。
医師の診査を受けていただいたのですが、そこで、若い頃に入れたタトゥーがあることが発覚し、加入が認められませんでした。
ところが、後日、その方が他の大手代理店を通じて加入手続きをしたところ、今度は審査をパスして加入できたとの報告がありました。
私の代理店を担当するY生命の支社のソリシターに聞いたらびっくりして『そんなはずはありません』と断言していましたが、支社を通じて確認してもらったところ確かに加入できたことが確認されました。支社長が謝罪に来て釈明するには、大手代理店からの口利き、あるいはその代理店に対する忖度があったかもしれないとのことでした」
Y生命については、タトゥーがある人以外にも、本来保険加入できない持病のある顧客が加入できていたケースがあったと指摘する。
A氏:「保険の見直しの依頼を受け、面談した際に、加入中の保険の資料を見せていただくとともに、持病があることをうかがいました。
Y生命の保険に某代理店から加入していましたが、本来、その持病があったら例外なく加入が認められないはずでした。
その旨を説明したところ、お客様は驚いて、その場で担当代理店に電話で確認されました。
生命保険は、加入者が保険料を公平に負担し合い、万が一のときに、必要な人が必要な額のお金を受け取れるためのしくみである。極めて公共性が高い社会インフラであることから、公平性が厳格に求められる。
少なくとも、同じ保険会社のルールの下で、タトゥーを入れている人が、代理店との力関係など、顧客ばかりか一般社員や支社長すらあずかり知らない事情によって、保険に入れたり入れなかったりすることは、到底許されるものではないだろう。
しかし、逆に言えば、タトゥーを理由に保険加入を認めないことの合理性に疑念が生じていることを端的に示している例といえるのかもしれない。
なお、取材に協力してくれたA氏は、あいみょんさんの「タトゥー騒動」について次のように振り返る。
A氏:「営業マンをやめた今でも、たとえば首や腕などにタトゥーがある人を見ると、『この人は保険に入れないな』という感想が頭をよぎります。
あいみょんさんの件も、知ってすぐ同じことを思いました。職業病に近いですね(笑)」