解散から40日以内に市議選が行われる。そして、選挙後の市議会で3分の2以上の議員が出席し、過半数が同意して再度不信任案が議決されれば、田久保市長は失職となる。したがって、田久保市長は、失職を防ぐには、自身を支持する候補者を多く当選させる必要がある。
他方で、田久保市長については公職選挙法違反や地方自治法違反で刑事告発が行われているなど、刑事責任を問われる可能性も考えられる。
現状、田久保市長のどの行為が、どのような犯罪に該当する可能性があるのか。そして、それは田久保市長の法的地位にどのように影響を及ぼすと想定されるか。
公職選挙法の「虚偽事項公表罪」の疑い
田久保市長は、自身の最終学歴を「東洋大学法学部卒業」と称していたが、実際には卒業しておらず「除籍」されていたことが分かっている。この点について、公職選挙法の「虚偽事項公表罪」(同法235条1項)の被疑事実により刑事告発が行われている。元東京都国分寺市議会議員で、地方自治法・公職選挙法等に詳しい三葛弁護士は、同罪が「故意犯」であることから、有罪・無罪を分けるポイントは、田久保市長に学歴詐称の認識があったか否かであると説明する。
三葛弁護士:「詐称の故意がなかった、つまり卒業したと思い込んでいた場合には、同罪の成立は否定される可能性があります。
田久保市長は7月2日の記者会見で、除籍の事実を認める一方、卒業していたとの認識が『勘違い』だったと弁明しています。これは、故意がなかったことを示す意図によるものと考えられます。
しかし、そもそも一般的に、自分が卒業したか否かの認識を誤ることは非常に考えにくいです。
また、田久保市長自身も7月2日の記者会見で『不真面目な学生で(大学に)いつまで通っていたというような通学状況ではなかった』と述べており、少なくとも、大学の卒業に必要な単位を取得していなかったかもしれないという認識は十分あり得たことを意味します。
当たり前ですが、単位が足りない状態では卒業できませんので、これ自体が『卒業していないこと』の認識、つまり、学歴詐称の『故意』があったことを示しています。
さらに、以前、国会議員立候補者の学歴詐称が問題となったこともあり、最近は立候補の際にメディアから卒業を証明するための書類を示すよう求められることがあります。少なくともその時点で気づくはずです」
それでもなお、田久保市長が「卒業した」と誤信するには、東洋大学から田久保市長に対し、それと誤解させる何らかのアクションがあったことが必要だという。
三葛弁護士:「東洋大学は、除籍者に卒業証書は授与しないと公式にコメントしており、かつ、田久保市長だけ別異に扱う理由は考えられません。東洋大学から誤解を生じさせるようなアクションはなかったのでしょう。
したがって、田久保市長がいかに故意を否定しても、客観的事情からはかなり疑わしいと考えます。
もし、虚偽事項公表罪で有罪となれば、当選が無効(公職選挙法251条)となるだけでなく、公民権停止(同法252条)となります」
市議会議長らに提示した「卒業証書」にまつわる犯罪
次に、「卒業証書」にまつわる犯罪はどうか。田久保市長は市議会の議長と副議長に「卒業証書」と称する物を提示している(田久保市長が、議長らに提示した時間を「19.2秒」だったと主張したことも話題になっている)。刑事事件の対応も多い荒川香遥(こうよう)弁護士は、この行為が有印私文書偽造罪(刑法159条1項)・同行使罪(同161条)に該当する疑いがあるとする。
荒川弁護士:「私文書偽造罪は、権利・義務や事実の証明に用いられる文書の作成名義、つまり作成の主体・権限を偽る犯罪です。その偽造行為が、文書の証拠価値に対する社会公共の信用を害することから、刑罰の対象となっています。
卒業証書は、大学が主体となって、対象者がその大学を卒業した事実を証明するものです。
自力で作成しなかったとしても、他者に頼んで作成してもらったならば、その者との共同正犯(刑法60条)となります。
また、同罪が成立する、しないにかかわらず、ニセの卒業証書と知って市議会議長らに提示する行為は、文書を真正なものとして事実証明等に用いる『行使』に該当し、偽造有印私文書行使罪が成立します。
そして、両罪ともに成立する場合、私文書偽造罪と偽造文書行使罪とは手段⇒結果の関係にあるので、『牽連(けんれん)犯』といって、最も重い刑で処罰されます(刑法54条1項後段)。とはいえ、両罪は法定刑がまったく同じ『3月以上5年以下の拘禁刑』なので、その範囲内で処断されることになります」
なお、一部報道によれば、7月に市議会議長あてに田久保市長の大学の同級生を名乗る人物から匿名の文書が届き、『卒業証書』について『(市長と)同期入学で平成4年(1992年)3月に卒業した法学部生が作ったニセ物』『1人だけ卒業できないのはかわいそうだから、お遊びで卒業証書を作ってやった』などと書かれていたという。
この点につき、荒川弁護士は、「もし、匿名文書の内容が真実だったと仮定すると、有印私文書偽造罪については1997年に公訴時効が成立しているので(刑事訴訟法250条2項5号参照)、偽造私文書行使罪のみが成立します」と指摘する。
「百条委員会」への不出頭は「地方自治法違反の罪」に該当
伊東市議会は、不信任の議決と同時に、「地方自治法違反」で市長を刑事告発する旨の議決も行った。三葛弁護士:「百条委員会(※)で『関係人が正当な理由なく出頭しない場合』『記録の提出を拒んだ場合』には、6か月以下の拘禁刑または10万円以上の罰金(地方自治法100条3項)が科せられます。
議会は、これらの罪を犯したと認定したら、調査終了前に本人が自白した場合を除いて、刑事告発する義務があります(100条9項)。したがって、議会はこの規定にのっとって刑事告発を行ったと考えられます」
※地方議会が、地方自治法100条の定める「百条調査権」を行使するために設置する調査機関
まず、百条委員会が田久保市長に対し、7月25日に証人として出廷するよう求めたにもかかわらず出頭しなかったことについて。
三葛弁護士:「出頭を拒絶する『正当な理由』が認められるのは、その日時にどうしても出頭できない、やむにやまれぬ事情がある、ごく例外的・限定的なケースのみです。たとえば、病気やケガなどで物理的に出てこられない、親族が危篤状態にあるか亡くなった直後である、などが考えられます。
田久保市長の場合、そのような事情はなかったようですので、不出頭の罪が成立する可能性が十分あります」
「卒業証書」の提出拒否は「正当な理由」が認められる可能性があるが…
次に、「卒業証書」とされる書類の百条委員会への提出を市長が拒否した点について。三葛弁護士:「百条委員会への提出を拒絶できる『正当な理由』は、刑事訴追のおそれがある場合などが考えられます。
田久保市長の場合は、現状、公職選挙法の虚偽事項公表罪(同法235条1項)等の疑いで刑事告発が行われています。
したがって、刑事訴追のおそれが生じており、証言を拒絶する正当な理由が認められる可能性は十分に考えられます」
議会は、いかに百条委員会とはいえ、田久保市長が『卒業証書』の提出を拒絶した場合、強制的に押収などをすることはできない。
しかし、三葛弁護士は、本件については刑事告発が行われていることから、「卒業証書」とされる書類は結局、捜査機関により強制的に差し押さえられることになる公算が高いと指摘する。
三葛弁護士:「警察・検察は捜査の過程で、田久保市長に対し『卒業証書』の任意提出を求めるとみられます。もしこれに田久保市長が応じなければ、捜査機関は裁判官の発する令状(捜索差押許可状)を得て、強制的に捜索・差押えを行うと想定されます(刑事訴訟法218条1項前段)。
その際、『卒業証書』を預かっているとされる弁護士が、押収拒絶権(刑事訴訟法222条1項、105条)により拒絶する可能性が示唆されていますが、大学を卒業したか否かは『秘密』にあたらず、そもそも拒絶できないと考えられます。
結局、遅かれ早かれ、田久保市長は『卒業証書』の内容が捜査機関に把握されるのを避けることはできないでしょう。
そして、もし『卒業証書』が偽物だったとなれば、刑事責任を免れるのは難しいでしょう。特に虚偽事項公表罪(同法235条1項)については、前述したように、有罪となれば、当選は無効となり、公民権が停止されます。仮に、解散後の選挙で自派の候補者を多く当選させ、市長職にとどまっても、結局は市長職を失うことは避けられません」
ここに至っては、田久保市長は、「卒業証書」が真正であることを証明できない限り、ほぼ詰んでいる状況といわざるを得ないということだろう。
■協力弁護士
三葛敦志弁護士(ベリーベスト法律事務所)
荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所)