「電子レンジで濡れた猫をチンしたら死んでしまった」
「ハンバーガーにはミミズの肉が入っている」
これらはいずれも都市伝説であり、ウソの話だ。
都市伝説とは、ひと言でいえば「根拠のないうわさ話」。
しかし、なぜ真実味を帯びて広まっていくのだろうか――。
本記事では、東京大学非常勤講師、元法政大学生命科学部環境応用化学科教授の左巻健男氏が、身近な例を通して、「もっともらしい」ストーリーのからくりを解き明かしていく。
なお、科学的な事実に基づかない言説は、時として社会に混乱をもたらす。特にSNS時代の今、安易な発信や拡散は法的リスクをともなう可能性もあり、注意が必要だ。
※ この記事は、左巻健男氏による著作『陰謀論とニセ科学 - あなたもだまされている -』(ワニブックス【PLUS】新書、2022年)より一部抜粋・構成しています。

濡れた猫を電子レンジでチンしたという話

私が最初に「都市伝説」に興味を抱いたのは、米国でおばあさんが雨に濡れて帰ってきた飼い猫を電子レンジで乾かしたという、次のような話を聞いたからです。もう何十年も前のことです。
おばあさんは、猫が風邪をひかないように乾かしてあげようと思った。電子レンジに入れてチンしたら猫が悲鳴をあげて死んでしまった。
後日、おばあさんは「濡れた猫をレンジに入れてはいけない」という注意書きが電子レンジの説明書にないのはメーカーの落ち度であるとし、メーカーに莫大な賠償金を請求し、見事勝訴した。
私は、ある本に製造物責任(PL)法について書こうとしたときに、このエピソードはPL法のことを理解するのにとてもわかりやすいと思いました。PL法は、製造物の欠陥によって人の生命、身体または財産に被害が生じた場合に、被害者の保護を図るため製造業者等の損害賠償の責任について定めたものです。
メーカーは電子レンジの説明書の注意書きに「調理以外の目的に使用しない」などと書いておけば、そんなことがされてもPL法から逃れられます。
しかも、訴訟社会の米国の話です。とてもリアルだなあと思いました。
ところがいろいろ本を読んでいると、猫ではなく子犬のバージョンもありました。「もし、この話が本当なら米国に判例があるはずだ。わが国のPL法関係の省庁でも、当然知っているはずだ」と思いました。そこで関係省庁のセクションに問い合わせをしました。その回答は、「そんな判例はない。その話の真偽はわからない」でした。
電子レンジという科学技術を駆使した製品、そんなものに無知なおばあさん、訴訟社会の米国……等々、それらが組み合わさり、やがて本当にありそうな話になってしまったようです。

ハンバーガーにミミズの肉が使われているのか

講義で時々、「ぼくの友だちの友だちが経験したことなんだけど……」と断って、先の電子レンジで濡れた猫をチンした話や、ハンバーガーにミミズの肉が使われているという話をします。ハンバーガーの肉の話は“猫バージョン”もあります。米国ではネズミのバージョンもあるということです。
聴講の学生は「似た話を聞いたことがある」と言っていました。
実は、この話もまったくのウソです。均一な肉を大量に入手しようとしたとき、牛肉よりもミミズのほうがずっと高額なのです。そもそも食用ミミズの流通ルートがないし、砂袋を取り除いたり、土を吐かせたり、さばいたりするのは多大な手間がかかります。またミミズの肉は牛肉とは弾力性や味も全然ちがうし、とにかくまずいという話です。
川口友万著『大人の怪しい実験室 都市伝説の検証』(データハウス 2009)ではこの話を追求し、ついにはミミズバーガーも試作しています。
著者の川口さんによると、国内メーカーからミミズを購入すると1キログラムで7000円から8000円、数量でだいたい2500匹だったそうです。牛肉なら安価なもので1キログラムが数千円の単位とのことです。
私は、母にミミズを食べさせられたことがあります。風邪をひいて寝込んでいるとき、鍋で多量のミミズを煮て煎じたものを、「解熱剤」として飲まされたのです。このことを思い出すとき、ふたを開けた際に見た多量の伸びきったミミズの姿が今でも脳裏に浮かびます。


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