
報告の場には医師や心理士などの医療専門家も参加し、「だれも取り残されない医療」を実現するための意気込みを語った。
調査は9月末まで、8月時点で約1100人が回答
「ぷれいす東京」は今年6月から9月末まで、日本国内のLGBTQ+の人々を対象としたPRISM調査(Participatory Research for Inclusive and Supportive Medical Care、包括的・支援的な医療のための参加型調査)を実施している。調査目的はLGBTQ+が置かれている健康や医療の現状を「見える化」し、医療現場への啓発や改善提案を行うこと。また、調査結果は報告書の形にまとめられるほか、英語論文としても発表される予定だという。
「ぷれいす東京」代表の生島嗣(ゆずる)さんが行った中間報告によると、8月29日時点で約1100人が回答。すべての都道府県から回答が寄せられ、そのうち東京からの回答が約27%を占めている。
また、回答者の約34%が「現在の性自認が、出生時に割り当てられた法律上の性別と異なる」と回答しており、トランスジェンダーやノンバイナリーなどに該当する。
さらに「性自認・性的指向・性表現などを理由に医療サービスに困難を感じたことがある」との回答は全体で約39%、トランスジェンダーやノンバイナリーの人々では約62%と、医療へのアクセスのハードルの高さが浮き彫りになった。
医療を受ける必要があると感じたのに受けられなかった人も多い(「ぷれいす東京」作成・提供)
トランスジェンダーの若者の医療アクセス担保が必要
一般社団法人「にじいろドクターズ」理事も務める医師の金久保祐介さんによると、これまで国内で実施されてきた調査では、ゲイ男性やバイセクシュアル男性を主な対象とするものが多かったという。一方でPRISM調査はレズビアン女性やトランスジェンダーを含む幅広い人々を対象にできている、と評価する。「現場で医療に携わっていると、LGBTQ+の人々が困っているという事例はよく聞く。ジェンダーに特化した医療を近くで受けられる、という人も少ない。
また、『LGBTQ+のために医療をしたい』という医療従事者は増えているが、そのための十分な医療教育がない。PRISM調査は、日本の医療機関を『だれも取り残さないもの』にするための、大変貴重なデータになる」(金久保さん)
パーソナルヘルスクリニック横浜院・院長を務める、産婦人科医師の池袋真さんは1日に15人~20人、月に数百人のトランスジェンダーやノンバイナリーの人々を診察しているという。
これらの人々はアウティング(性自認や性的指向を、本人の了解を得ることなく勝手に暴露される行為)を恐れて通常の医療機関を受診できず、北海道や沖縄などから飛行機で東京まで受診にくる場合もある。
また、美容医療や性感染症に関する診療科が男女で分かれていることが多い点も、トランスジェンダーやノンバイナリーの人々の受診のハードルを上げている。さらに、乳がん・子宮頸(けい)がんなどの検診も受けづらい問題がある。
とくに若いトランスジェンダーの場合、ホルモン療法を受けたくても親や医師から反対されたことから、インターネットを通じて自身でホルモン製剤を購入・服用して、副作用や合併症のリスクを負うケースがあるという。
池袋さんは「ホルモン療法は医師による診察や医療従事者の介入が定期的に必要だ」と語り、医療へのアクセスのハードルを下げる必要があると訴えた。
医療現場でカミングアウトできないことの弊害
2010年の調査によると、10代のトランスジェンダーの約6割が自死念慮を抱いたことがあったという。
10代のトランスジェンダーの多くに不登校や自死念慮の経験がある(池袋真さん作成・提供)
臨床心理士・公認心理師のみたらし加奈さんは、トランスジェンダーの人々の自死念慮は「かなり大きい」と語り、その背景には社会情勢のほか医療現場における無理解の問題も影響している、と指摘する。
精神科などの医療現場では主治医による診察の前に、心理士などが「予診」を行う場合がある。このとき、性自認などについて「主治医には言わないで」と患者に依頼されるケースも少なくないという。
「精神科医療では、患者と治療者(主治医)とで『治療同盟』が築けない間柄では、誤診や受診の中断につながるケースが多い」(みたらしさん)
また、医療現場で性的指向や性自認のカミングアウトができないことの弊害としては、緊急連絡先に同性パートナーを挙げられないことや、問診票に性別適合手術の有無を記載できないために適切な薬が処方されない可能性などが存在する。
「医療従事者の中にはシスジェンダー(出生時に割り当てられた性別と自身の性自認が一致していること)・異性愛を前提としている人が多い。命にかかわることなので変えていかなければ、と思うことも多い。
つらい思いをもって医療現場に向かったのに、そこで差別や偏見にさらされると、すごく絶望する。そんな人を多く見てきた。
医療は、本来、だれもがアクセスできる場所。心身の健康を守るはずの医療が、人を遠ざける場所になったら本末転倒だ。医療従事者もそんなことは望んでいないはず。今回の調査結果が、医療の礎に組み込まれることを望む」(みたらしさん)
当事者が安心感を抱くための「手がかり」を発信
PRISM調査には「医療機関でこのようなサービスや配慮があると受診しやすいと思うこと」の設問もあり、「LGBTQ+に関する知識があったり、教育を受けていたりする医療従事者がいる」と「偏見や差別なく真摯(しんし)に接してくれる医療従事者がいる」との回答がどちらも約76%。次いで「プライバシーが十分に保たれている診察環境がある」が約72%、「性別を問わず適切な検査や治療が受けられる」が約63%、「(緊急連絡先などの)関係性に夫・妻と同列にパートナーの選択肢がある」が約61%、また「LGBTQ+にフレンドリーであることを示すポスターや表示がある」が約57%であった。
生島さんは「意外にも、法律や制度が変わらない場合でも、一般の医療機関で対応できることがたくさんある」と前向きな姿勢を示す。
また、自由回答では、男女でリストバンドの色が分かれている病院に入院した際に戸籍上ではなく自認する性別の色を渡されたこと、見た目にそぐわない漢字の名前をひらがな表記にしてもらったことなど、病院側が配慮した事例についても回答が寄せられた。
合同会社「レインボーノッツ」の代表でレズビアン女性であることを公表している五十嵐 ゆりさんは、手術前の家族向け説明の機会の際に主治医から「どんなパートナーの方がいらっしゃるか楽しみにしていました」とポジティブな言葉をさりげなくかけられたことから、安心して受診できることの重要性を実感したという。
「(院内の)イスをレインボーカラーにするなど、安心感を抱くための手がかり・ヒントをどこかで発信してくれるだけでも、当事者は助かる」(五十嵐さん)