1999年7月、恐怖の大王が空から降りてきて人類は滅亡する――。
平成中期に社会現象を巻き起こしたこの終末予言は、16世紀フランスの医師であり、占星術師でもあったノストラダムスの詩が元となっている。

彼の名が日本で広く知られるようになったのは、1973年に出版されたとある本がきっかけだった。この本では、ノストラダムスの詩に登場する「恐怖の大王」が、すなわち「人類を滅亡させる何か」であるとセンセーショナルに紹介されている。しかし実は、ノストラダムス自身は「恐怖の大王」が何を意味するのかを明確にしていない。
果たして、ノストラダムスの予言は本当に「人類滅亡」を意味していたのか。
本記事では、東京大学非常勤講師、元法政大学生命科学部環境応用化学科教授の左巻健男氏が、ノストラダムスの予言の真実をひも解いていく。
なお、科学的な事実に基づかない言説は、時として社会に混乱をもたらす。特にSNS時代の今、安易な発信や拡散は法的リスクをともなう可能性もあり、注意が必要だ。
※ この記事は、左巻健男氏による著作『陰謀論とニセ科学 - あなたもだまされている -』(ワニブックス【PLUS】新書、2022年)より一部抜粋・構成しています。

ノストラダムスは「1999年に人類滅亡」と予言?

ノストラダムスは16世紀のフランスの医師で、占星術師でもあった人です。自分の予言を四行詩という形式で著し、それを集めて『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』という本を出版しました。
この本は全10巻あり、全部で計942篇(7巻のみ42篇、他巻は各100篇)の詩が収録されているので、のちに『百詩篇集』と呼ばれるようになりました。
当時のヨーロッパには占星術師や予言者がひしめいていたのに、現在でも名前が知られているのはノストラダムスただひとりです。
わが国では、五島勉著『ノストラダムスの大予言』(祥伝社 1973)がベストセラーになりました。

その本が紹介したもので、もっとも有名なのは次の第10巻72番の詩です。
1999年7の月、
恐怖の大王が空より来(きた)らん、
アンゴルモアの大王を蘇らせん、
マルスの前後に幸運で統(す)べんため。
五島氏が、「恐怖の大王」=「人類を滅亡させる何か」という図式で、人類滅亡説をセンセーショナルに紹介したことで大きな話題になりました。
この詩は、恐ろしい力を持った大王が空から降りてきて、アンゴルモアの大王を蘇生させると述べているのですが、人類滅亡とはまったく述べていません。
当時の日本人はノストラダムスのことを知らなかったため、五島氏のこじつけであり、創作を入れた人類滅亡説を信じた人がたくさん出ました。さらに1999年が近づくと数多くの“ノストラダムス本”が出版され、ノストラダムスの予言はたいへんなブームになりました。

第10巻72番の有力な解釈

P.ブランダムール校訂/高田勇・伊藤進編訳『ノストラダムス 予言集』(岩波書店 1999)は、「序」を次のように著しています。
「今日まで、ノストラダムスの『予言集』くらいさまざまな読み方をされ、こじつけの解釈をされ続けてきた作品は少ない。その原因はノストラダムス本人が意図的にとった態度にもあったと思われるが、一番の原因は信頼できるエディションがなかったことである」
こんな状況だったので、勝手気ままな文章がつくられ、思いもよらぬ珍解釈まで生み出されたとしています。
『ノストラダムス 予言集』は、ノストラダムスの生きた時代をもとに考えると、アンゴルモアの大王とは、アングーモアを領地とする後(のち)のフランソワ1世とするのが本当のところだろうと述べています。ノストラダムスはたびたびフランソワ1世とその治世を四行詩のなかで喚起しています。
フランソワ1世は、科学と芸術と信仰の復興者、調和と平和の幸福な時代たる「黄金の世紀」をもたらした国王として、同時代の多くの文人などから高く評価されていたのです。
時代が戦争や飢饉ですさんでくれば、なおさらこの黄金時代が回顧されることになりました。ノストラダムスもこうした文脈に置く必要があるのです。
つまりブランダムールは、ノストラダムスが予言していたのは、世界の終末どころか、この黄金時代の再来だったのではないか。さらにフランソワ1世は戦う王でもあったので、四行目はフランスにフランソワ1世を思わせる好戦的な王が生まれ、黄金時代が訪れるのを予見したという説を立てています。ところが、1999年が近づくときに出版された数多くのノストラダムス本には、「恐怖の大王」として「第3次世界大戦が起きる」「土星探査機、彗星(すいせい)、隕石、ロシアの宇宙ステーション、月などの落下」「火山噴火」「地球がひっくり返る」「2億人の悪魔的宇宙人が攻めてくる」「巨大な宇宙光線が降りそそぐ」などが正体として唱えられました。
しかし、その予言はどれも見事な空振りに終わりました。


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