飲酒トラブル続く日航がパイロットに「いいえ」のない誓約書…厳格対応は「妥当?」「やり過ぎ?」法的問題は?【弁護士解説】
日本航空(JAL)は10日、8月28日のホノルル便で発生した運航乗務員Aのアルコール不適切事案に対し、国土交通省から行政指導(厳重注意)を受けたことを報告。併せて、「即時の対応として、飲酒に関する管理監督の仕組みを早急に見直すとともに、その一環として、特に飲酒リスクの高い運航乗務員は乗務につかせないことを含めた対策を進めてまいります」とし、抜本的な再発防止策を講じることを表明した。

そうした中、朝日新聞が全てのパイロットに対し、飲酒に関する内規を順守する旨の「誓約書」提出を求めると報じた。同紙によれば、JALが全パイロットに電子版で配布した誓約書には、「私はアルコールに関する不具合事案を発生させません」という項目に「はい」のみの選択肢が設けられ、違反時の具体的な対応は明記されていないという。

厳格措置の背景

同社がこうした厳格な措置に至る背景には、繰り返し発生してきた飲酒トラブルと、それに対する国交省からの度重なる行政指導がある。
今回、アルコール不適切事案を起こしたAは以前から「要注意者」リストに含まれており、「断酒」の旨を申告していたものの、滞在先で内規違反の飲酒を行い、体調不良で乗務不能に。計3便に最大18時間半の遅れを引き起こした。
この事態に対し、JALは9月17日、鳥取三津子社長を含む幹部37名の減給処分を発表している。

法律や省令に基づく厳格なアルコールチェック義務も

そもそも航空機乗組員を含む旅客運送事業者には、乗客の安全を確保するため、国が定める法律や省令に基づく厳格なアルコールチェック義務がある。国土交通省の「航空機乗組員等のアルコール検査実施要領」 および航空法に基づくものだ。
具体的にはパイロットや客室乗務員は、飛行前後にアルコール検知器による検査が義務付けられている。また、運航管理者や整備従事者も業務開始前に検査が必要となっている。
基準は、呼気1リットルにつき0.09ミリグラム以上のアルコール濃度が検出された場合で、航空業務は禁止される。飲酒の影響で正常な運航ができない状態とみなされるためだ。
飲酒トラブル続く日航がパイロットに「いいえ」のない誓約書…厳...の画像はこちら >>

検査対象者と第三者(国交省「航空機乗組員等のアルコール検査実施要領」より)

検査では公正性を保つため、原則として、必要な教育を受けた第三者の立会いが求められる。第三者は検査対象者以外で、航空運送事業者または認定事業場が適切と認めた者。
ただし、モニター等を用いた遠隔確認など、同等の不正防止対策があれば立会いは不要となる場合もある。
また検査結果(日時、便名、測定者・立会い者名、数値など)は記録され、少なくとも一年間保存する義務がある。特に、検査に不合格だった場合の記録は、退職後一年経過するまで保存が必要となっている。
使用するアルコール検知器は、一定の呼気量で濃度を測定し、0.01mg/ℓ以下の単位で表示できる仕様が求められる。
こうした厳格なチェック義務に加えての半強制の「誓約書」。それだけに、社内からは、「効力の及ぶ範囲が不透明だ」などとして、会社側の明確な見解が示されるまで署名を見送るべきだとの声も上がっているという。

半強制の誓約書の効力はあるのか?

実際のところ半ば強制といえる誓約書は有効といえるのか。労働問題に詳しい、向井蘭弁護士は次のように説明する。
「結論からいうと、誓約書は法的に有効です。
この誓約書は、既存の労働契約や就業規則で定められている服務規律を再確認・徹底させる目的で作成されており、その内容が法令や公序良俗に反するものではないため、効力自体は問題なく認められます。
特に、万が一違反事案が発生した際には、会社側が懲戒処分を検討するうえで『本人が服務規律を理解し、順守を自ら誓約していた』という極めて重要な証拠となり、処分の妥当性を基礎づけるものとなります」
そのうえで向井弁護士は、『思想良心の自由』や『人格権』を侵害しないかという側面について、次のように補足した。
「『思想良心の自由(憲法19条)や労働者の人格権を侵害する』との批判があるとすれば、特に誓約が半ば強制的な形式で求められている点に向けられるものと理解します。
しかし、法的には以下の通り、侵害にはあたらないと考えられます。
まず、『思想良心の自由』との関係です。
この誓約書が求めているのは、『アルコールに関する不具合事案を発生させません』という外部的な行動についての約束です。個人の内心における特定の考えや信条を表明させたり、変更を強制したりするものではありません。
思想良心の自由は、内心の領域に留まる限り絶対的に保障されますが、それが外部的な行動として現れる場合、特に他者の権利や公共の利益と衝突する際には一定の制約を受けます。パイロットの飲酒行動は、乗客の生命・安全という最重要の公共の利益に直結します。業務上の安全確保に関する行動規範の順守を求めることは、思想良心の自由の侵害にはあたりません。
次に「労働者の人格権」との関係については、『はい』しか選択肢がなく、実質的に署名を強制する形式が、労働者の意思決定の自由という人格権を侵害するとの批判はあり得ます。
確かに、形式だけを見れば一方的であることは否めません。しかし、以下の点を考慮すると、社会通念上、許容される範囲内と判断されます。
・職務の極めて高い公共性:
パイロットの職務は、数多くの人命を預かるものであり、一般の労働者とは比較にならないほどの高度な規律と責任が求められます。
・誓約内容の正当性:
誓約させられる内容は『不具合事案を起こさない』という、職務上、当然に順守すべき義務の確認に過ぎません。
この点について『いいえ』と答える余地を会社が認めることは、安全運航に対する責任放棄に他なりません。
・会社の危機的状況:
度重なる不祥事と行政指導により、会社の存続自体が危ぶまれる状況下で、安全体制を再構築するためのやむを得ない措置であるという高度な業務上の必要性があります。
これらの事情を総合的に勘案すれば、手段としての一方的な側面を差し引いても、労働者の人格権を不当に侵害するほどの違法性はないと結論付けられます」
では、署名はすべきなのか。この点について向井弁護士は次のように見解を述べた。
「懸念点があるのであれば、署名を拒否して対立するのではなく、労働組合などを通じて会社側に説明会の開催を求め、趣旨や目的、そして誓約違反時の具体的な処遇などについて、対話を通じて明確にさせることが建設的な対応です」
今回、同社はパイロットに対し、より厳格な姿勢を示した。その思惑はどこにあるのか。
「単なる再発防止には留まりません。次の3つが主たる目的と考えられます。
(1)「署名」という行為を通じて、全パイロットに当事者意識を強く喚起し、「自分は関係ない」という意識を払拭(ふっしょく)させる。
(2) 今後違反者が出た場合に、誓約書を根拠に解雇を含む厳格な処分を躊躇(ちゅうちょ)なく下すという、断固たる姿勢を内外に示す。
(3)国土交通省や社会に対し、組織の根幹から安全文化を再構築するという具体的なアクションを示す」(向井弁護士)
パイロットは多数の乗客の命を預かる特殊な職業。たとえ、一部の人間の慢心が原因でも、繰り返されれば、組織全体の信頼性が疑われ、大きく毀損(きそん)しかねない。

それだけに向井弁護士も「会社側も、ただ誓約書を求めるだけでなく、なぜこのような強い措置が必要なのか、その背景にある危機感を従業員と真摯(しんし)に共有する努力が不可欠です。
一方的な強制と受け取られないよう、丁寧なコミュニケーションを尽くすことが、最終的に組織全体の安全意識を高め、真の信頼回復につながるでしょう。
また、アルコール依存へのサポート体制の強化など、従業員を守るための施策とセットで進めることが極めて重要です」と述べ、助言に代えた。
JALの安全憲章には次のような文言がある。
「安全とは、命を守ることであり、JAL グループ存立の大前提です。
私たちは、安全のプロフェッショナルとしての使命と責任をしっかりと胸に刻み、知識、技術、能力の限りを尽くし、一便一便の安全を確実に実現していきます」
もはや再発は許されない。


編集部おすすめ