
武若氏はかつて、約10年間、陸上自衛官として数々の「災害派遣」に携わり、その後も軍事フォトライターとして自衛隊の活動を取材している。
本連載では災害派遣現場の実情を、武若氏自身の経験や取材を通じて紹介。
あくまで国防を「主たる任務」としている自衛隊だが、災害派遣に対しても、日頃から準備をしている。
そこで第2回は、自衛隊の大規模災害への備えと、部隊が派遣されるまでの流れについて取り上げる。
※この記事は武若雅哉氏の書籍『元自衛官が語る 災害派遣のリアル』(イカロス出版)より一部抜粋・構成。
いかなる被害や活動にも対応できるよう準備
自然災害が多い日本において、大規模な災害が発生した場合やその恐れがある場合、自衛隊は自衛隊法83条の規定によって部隊を出動させる。これが自衛隊による災害派遣だ。発災直後においては、被害状況が不明確である場合が多い。そのため、自衛隊はいかなる被害や活動でも対応できるように準備している。
特に人命救助活動は最優先で行われ、そのあとに行われる生活支援などは、被災した自治体などと役割分担や対応方針、そして活動期間などが協議される。また、地元企業などの活用なども調整されるため、すべての支援を自衛隊だけで行うワケではない。
災害派遣の3つの形態とは?
自衛隊による災害派遣の形態はいくつかある。まずは「要請に基づく派遣」だ。これは、自衛隊に対する災害派遣を要請する権限を持つ、都道府県知事やその他の政令で定める者による要請によって行われる派遣である。災害が発生し、人命や財産を保護するために必要があると認められる場合に、自衛隊の部隊の派遣を防衛大臣や、大臣が指定した者に対して要請することで効力を発揮する。
もう一つが「近傍派遣」。これは自衛隊の施設などの近傍で火災などが発生した場合、自衛隊施設への延焼などを防ぐ目的で部隊を派遣することである。
そして最後が「自主派遣」と呼ばれるもので、「要請を待つ暇がない場合の災害派遣」といえる。突発的に発生する地震や、予想以上の降水量があった大雨など、人命に大きな影響を与えると判断された場合に、自衛隊の部隊が自主的に出動することである。
部隊が災害派遣活動を行うまでの流れ(提供:イカロス出版/藤田晋也)
「自主派遣」制定のきっかけ
この自主派遣が誕生したきっかけは、阪神淡路大震災である。1995(平成7)年1月17日にマグニチュード7.3の揺れが淡路島北部を襲った。多くの住民が被害にあったが、自衛隊は近傍派遣を選択した「第36普通科連隊」のみが被災地に向かっており、他の部隊は知事による派遣要請待ちの状態だった。そのため、自衛隊全体としての対応は後手に回ってしまった。
そこで「自主派遣」が制定され、今では部隊長などの判断によって、速やかに自衛隊の部隊を被災地へと送り込むことができるようになった。
要請“撤回”はあるが…「却下」はされない理由
ただし、場合によっては災害派遣要請が却下されることもある。なぜなら、自衛隊の災害派遣は「主たる任務」である「国防」に影響のない範囲でのみ対応可能であるためだ。ただ、過去に災害派遣要請が却下されたことはない。却下されることがあるとすれば、それは自衛隊が「防衛出動待機命令」を受けていたり、「防衛出動」しているときなどであろう。
幸いなことに、自衛隊は創設以来「防衛出動待機命令」を受けたことや「防衛出動」をしたことがないため、すべての要請は受理されている。
なお、災害派遣要請を受け、部隊が出動する準備を行っている最中に災害派遣要請が撤回されることもある。それは、自衛隊が出ずとも、自治体の能力で対応できると判断された場合だ。
特に、夕方や夜間に地震災害などが発生した場合、自衛隊の主力部隊は明け方から行動することが多い。念のため災害派遣要請をしたものの、明け方に被災地の全容が判明し、被害が軽度だったときは自衛隊への災害派遣要請を撤回する場合もある。
派遣要請に必要な3つの要素
大規模な災害が発生した場合において、いかなる条件でも自衛隊を呼べるというのは大きな間違いである。自衛隊の派遣を要請することができるのは、「公共性」、「緊急性」、「非代替性」の3つの要素が満たされた場合のみとなる。「公共性」とは、地域にとって有益となると判断されることだ。そのため、個人の都合やごく狭い範囲での火事などでは要請できない。そもそも個人単位であれば警察や消防などの出番となる。
「緊急性」とは、まさに人命や財産に切迫した危機的状況が迫っている状況を指す。具体的にいえば、すでに地震による土砂崩れや津波によって人が巻き込まれている場合や、台風などによる大規模な家屋の倒壊、主要交通網の遮断などになる。
最後の「非代替性」とは、警察や消防など地元自治体が持っている能力では対応できないと判断された場合に適合する条件である。
たとえば、離島からの急患輸送などでは、警察や消防が所有するヘリコプターでは航続距離が足りない場合がある。
また、道路の啓開作業などは地元の建設会社なども投入されるが、規模が大きければ自衛隊の施設科部隊も投入される。
なお自治体によっては、自衛隊による災害派遣の一般方針を定めている場合もある。平素から自治体や関係機関などで密接に連絡を取り合い、災害派遣要請があった際には、要請の内容や部隊が収集した情報に基づいて、派遣そのものの必要性を勘案し、必要があると判断されたときに初めて自衛隊の部隊は派遣される。
明らかな緊急性がある場合は…
ただし、例外的な措置もある。特に緊急を要し、要請を待つ暇がないと認められた場合だ。たとえば、震度7などの大地震や10m以上の津波、大規模な火山噴火などである。
また、通信機器や通信環境が進歩したことで、被災住民が撮影した写真や動画によって瞬時に被災地の状況が伝わるようになった。その様子から明らかに緊急性があると判断されれば、部隊は自主派遣される。
2021(令和3)年7月に発生した静岡県熱海市の伊豆山土石流災害派遣がその一例だ。
この災害派遣は、住民が撮影した映像がSNSで拡散されたあとに大きく報道された。これがきっかけとなり、部隊でファスト・フォース(編注:自衛隊ではあらゆる災害に備えるため、待機要員を指定し、24時間態勢で即時出動できる状態を保っており、かつては初動対処部隊と呼ばれた。一部の部隊以外を除く、陸海空全ての自衛隊で編成している)の準備が進められた。
一部の偵察要員は派遣要請を受ける前に先遣隊として被災地に向けて出発しており、後続となる主力部隊の誘導ルートや、被災地の状況を上級部隊にリアルタイムで配信している。
災害派遣の終わり
災害派遣は、基本的に冒頭で述べた3つの要素を満たした要請に基づいて部隊を出動させる。ただ、部隊は無限に被災地で活動できるワケではない。活動が長期化すれば、前述した要件を満たさなくなる。
特に「緊急性」と「非代替性」は時間の経過とともに解消しやすく、「公共性」も次第に要件を満たさなくなるであろう。そうなったと判断された場合には、要請権者である都道府県知事などが、自衛隊に対して「撤収要請」をしなければならない。