日本維新の会の石井章元参院議員の秘書給与詐取疑惑が報じられた。勤務実態のない人物を公設秘書として届け出て、その者に国から支払われる秘書給与をだまし取っていたというもの。

同種の事件は、2002年の辻元清美元衆議院議員(有罪、懲役2年・執行猶予5年)、昨年の広瀬めぐみ元参議院議員(有罪、懲役2年6月・執行猶予5年)など、過去に6件起きている。前者はとりわけ鮮烈な印象を残し、今なお語り継がれている。
一般市民の感覚として、国会議員は経済的に恵まれているイメージがあるが、こうした事件が起こる背景には、何があるのか。また、いわゆる「大物」ではない一般的な国会議員の懐事情はどうなっているのか。
10年間にわたる国会議員秘書の経験があり、政治資金規正法や公職選挙法など「議員法務」に詳しい三葛敦志弁護士に聞いた。

国会議員の懐事情は「カツカツ」

前提として、国会議員の懐事情はどのようなものか。
国会議員の歳費(給与)は、「国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律」(国会議員歳費法)で定められており、一般の国会議員であれば月額:129万4000円である(議長217万円、副議長158万4000円)。それに加え、6月と12月に期末手当が支給されるので、年収は2000万円を超えることになる。
また、各種手当のほか、調査研究広報滞在費(旧「文書通信交通滞在費(文通費)」)が月100万円、さらに、旅費・経費・各種手当のほか、それとは別にJRの特殊乗車券や定期航空券等の特権もある。
なお、国会議員の頭数に応じて議員個人ではなく会派に支払われる「立法事務費」が議員1人あたり月65万円ある。その他に、政党から国会議員をトップとする政党支部に対する交付金がある。
これらを考慮すると、国会議員は非常に恵まれているように見える。しかし、三葛弁護士は、実際に政治活動にかかる費用を考慮すると、「議員歳費等のお金があっても、右から左へ出ていき、いくらあっても足りない」と指摘する。

三葛弁護士:「国会議員は議員会館の事務所を無償で利用できますが、それとは別に地元に事務所を借りなければならず、その賃料がかかります。
また、選挙区内を回るにもクルマを買ったり借りたりしなければなりません。さらに、国から給与を受けられる公設秘書を3名おくことができますが、それ以外にも私設秘書や事務所スタッフを雇わなければならないケースが大半です。
これらのごく基礎的な費用だけで、年間1000万円は軽く超えます。
さらに、政治家は、多くの有権者の話を聞き、必要な調査等を行うという役割を果たさなければなりません。ちなみに衆議院小選挙区で世論調査を1回行うと約50~100万円はかかりますし、一度で事足りるわけではありません。
かつ、有権者に自身の考え方や政策を広める活動や、次の選挙で当選するための活動も欠かせません。小選挙区内でチラシやビラを全戸配布したら1回300万円ほど、それがだいたい3か月から半年に1回程度、加えて、最近ではインターネット戦略も重要になっていて、動画撮影や編集をプロに依頼すれば200~300万円はかかります(金額はいずれも一例)。
実際には懐事情はカツカツです。到底、議員歳費等ではまかなえません」

私設秘書を雇わないと「まともな政治活動」ができない

特に、公設秘書の他に複数人の私設秘書を雇うことは必須であるという。
三葛弁護士:「国会議員が前述したような多岐にわたる業務をこなすのに、選挙区を持つ多くの議員にとって公設秘書3人だけでは、到底手が足りないのは明らかです。国会議員は『全国民の代表』(憲法43条)なので、その選挙区のことだけでなく国全体のこともよく知り、考察しなければなりません。
また、物理的に多くの秘書に同時にそれぞれ動いてもらわざるを得ないケースもあります。
その是非はさておき、時節柄イメージしやすい例を一つ挙げると、9~10月の祭りのシーズンに、選挙区内で開かれる祭りをすべて回るだけでも大変です。
そう考えると、活動の絶対量と質を確保するためには、どうしても、公設秘書3人以外に私設秘書を雇うことは不可欠です」

まじめな議員ほど「井戸塀議員」に

いわゆる「金が余る」という状態は、真面目な政治家であればあるほど、まず起こり得ないという。
三葛弁護士:「お金があれば、必要な活動に充てるか、あるいは将来必要となる活動を見据えて確保しておかざるを得ません。
たとえば、必要な調査を行う、ビラを多く刷る、秘書を雇う、インターネット上での活動を拡充する、地方議員や有権者とのコミュニケーションを密にする、などなど、『お金があったらやりたいこと』はいくらでもあります。
はるか昔から、よく『井戸塀政治家』(※)といわれますが、真面目な政治家ほど手元に財産がいくらも残りません。
ちなみに昔、新人議員が当選直後に『料亭へ行きたい』と言ったことが物議を醸しましたが、近年の若手で料亭へ行ったことのある政治家なんてほとんどいないのではないでしょうか。せいぜい『個室居酒屋』がいいところです」
※資産家が政治家を志して私財をなげうち活動するうち、最後には井戸と塀しか残らなかったという逸話。

寄付やパーティー券の収入は「千差万別」

1990年代中盤以降、政治にかかるお金は、それ以前と比べて格段に少なくなったといわれる。衆議院議員選挙についてそれまでの中選挙区制(講学上は大選挙区制)が改められ、現行の「小選挙区比例代表並立制」が導入された。政党助成金も導入された。
しかし、それでもなお、与野党を問わず、どの陣営も政治資金が慢性的に足りない状態であるという。
三葛弁護士:「こと衆議院議員選挙に関しては、中選挙区時代よりも選挙区が小さくなったという意味で、ムダは減りました。
しかし他方で、前述したとおり、基本的な費用は依然としてかかります。また、インターネット選挙が解禁されてから、SNSの活用、とりわけ動画を上手に作ることが選挙の勝敗や支持獲得に大きな影響を与えるようになり、そのための費用も年々かさんでいます。
お金がかからない選挙の方法として解禁されたはずなのに、やや本末転倒です。
そうなると、全体としてみれば、かかるお金が大きく減ったとはいえないと考えられます」
そこで次の頼みの綱となるものとして「寄付」が考えられるが、実態としては議員によって「千差万別」であるという。
三葛弁護士:「寄付の額は、その議員の所属政党、地位、期数、もともとの仕事、将来性、二世・三世か否か、業界とのつながりの有無等により、大きな差があります。
新興政党やその所属議員だと厳しいうえ、企業団体献金を受け取らない方針を掲げた政党だと、まとまったお金は確保しにくいことが多いです。
政治資金集めのための『パーティー』も、主催した議員本人が『皆様がパーティーに参加してくださったおかげで、やっと秘書の給料を払えます』などと自虐的に笑いをとったりしています」

公設秘書の給与は? 私設秘書との“格差”

三葛弁護士は、公設秘書の給与詐取が発生する背景として、国会議員の公設秘書が国から受け取る給与の額が、私設秘書よりも著しく高く、格差があることを指摘する。
三葛弁護士:「公設秘書の初任給は、第二秘書が月33万円程度、第一秘書が月42万円程度、政策秘書が月44万円程度です。社会保険は当然加入しています。これに加え、夏と冬のボーナスや各種手当(最大5万8000円)が支給されます。
また、昇給も勤続年数や年齢に応じて保障されています。さらに、退職する際には退職金も支給されます。
一般的に、サラリーマン・公務員としては、高収入の部類に入ると評してよいと思います」
これに対し、私設秘書の給与相場や労働条件は、事実上、著しく低いという。
三葛弁護士:「私設秘書の初任給の相場は長らく月20万円程度で、長く勤めても昇級幅が低いのが一般的のようです。また、かつては、残業代がもらえない、社会保険にも加入させてもらえないといった労働環境の職場もあったと聞いています。

したがって、私設秘書を務める人に多いのは、第一に地元の有力者の子女が箔づけのために志望するパターン、あるいは、将来国会議員や地方議員を志す人が実務経験を積むために志望するパターンがあります。
もちろん、それ以外にも、アルバイトや業務委託、パーティー券の歩合制等様々な形式があります。
それらの人々にとっては、私設秘書になることは待遇の悪さを補って余りあるメリットが存在します。また、実家住まいだったり、覚悟を決めて家賃が安い家に住んだりすれば、ぎりぎり生活できなくはありません」

公設秘書1人の給料で、私設秘書を2人雇える

そして、公設秘書と私設秘書とで、上述した給与・待遇の格差の割に、実際の業務内容に大きな差異がないことが、秘書給与詐取を誘発している面があると指摘する。
三葛弁護士:「実のところ、公設秘書と私設秘書の業務内容は大きくは変わらないケースも多くあります。なぜなら、前述の通り、秘書に担ってもらわなければならない業務が多岐にわたり、かつ量も膨大だからです。
それなのに、給与・待遇の格差が大きく、『40万円で優秀な公設秘書を1人雇うなら、20万円で新人の私設秘書を2人雇う方がいい』という発想になりがちです。
これでは、実行するか否かは別として、今回の石井章参院議員のように、名ばかりの公設秘書を届け出て、その給与を詐取することを考える議員が出てきても不思議ではありません」
詐欺罪に該当することを避ける方法として、公設秘書個人が議員に対し自発的に寄付する形をとることが考えられる。しかし、この方法には高いハードルがあるという。
三葛弁護士:「第一に、公職選挙法の寄付についての一般的な制限が適用されます。すなわち、同一の者に対する寄付額は年間150万円以内でなければなりません(同法22条2項)。また、5万円以上の寄付であれば政治資金収支報告書に氏名が掲載されます(同法12条1項1号ロ)。
第二に、寄付が真に自発的なものなのかが厳しく問われることになります。
議員が公設秘書に寄附を強制することだけでなく、勧誘することも違法です。この勧誘は明示的なものだけでなく、黙示的・暗示的なものも含まれると考えられます(国会議員秘書給与法21条の3参照)」

「アメリカ型」が参考になる? 現状がもたらす“リスク”

秘書給与詐取事件が後を絶たない要因に「国会議員の厳しい懐事情」と「公設秘書と私設秘書の給与・待遇の格差」があるとすれば、どうすればよいのか。
三葛弁護士は、一案として、国会議員の給与を減らし、その代わりに公設秘書を増員する方向性が考えられると指摘する。
三葛弁護士:「アメリカの連邦議会では議員が公費で秘書を雇うことができます。下院議員は22人まで、上院議員は人数制限なしです。
わが国とアメリカとでは統治機構の形態、選挙制度、政治状況が異なるので、まったく同じ制度を導入するべきとまでは考えません。しかし、国会議員の給与を減らし、その代わりに公設秘書を増員することにより、『人件費』に関する懐事情は大幅に改善されるはずです。
国会議員の懐事情が慢性的に『カツカツ』の状態にあるというのはかなり大問題です。お金を出してくれる何らかの勢力等に誘惑されてなびき、その影響を受けて政策がゆがめられるリスクがあります。場合によっては政治腐敗の温床や、安全保障上の脅威にすらなりかねません。
そのことを、真剣に考えなければならない時期に来ていると思います」


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