
主なトラブルは、外国人観光客がスーツケースを何個も持ち込み通路をふさいでいるといったものや、座席の前にスーツケースが置かれていて迷惑したというもの。
もっとも「マナー」はネット上で数字のとれるネタであり、過剰に騒がれる傾向にある。また外国人旅行者に対する言及は偏見や排外主義的性格を帯びたものが少なくない。
トラブルは「例外」なのか「常態」なのか、また現場の対応はどうなっているのか。JR東日本、JR東海、JR西日本の各社に聞いてみた。(鉄道ジャーナリスト・枝久保達也)
新幹線「どんなに大きなスーツケース」でも持ち込みは可能
車内に持ち込める荷物(手回り品)は各社の「旅客営業規則」に定められており、3社とも〈運輸上支障を生ずるおそれがないと認められるときに限り、3辺の最大の和が、250センチメートル以内のもので、その重量が30キログラム以内のものを無料で車内に2個まで持ち込むことができる。ただし、長さ2メートルを超える物品は車内に持ち込むことができない〉
としている。
3辺の合計が250センチというのはかなり大きい荷物だ。
航空機の機内持ち込み手荷物はおおむね115~118センチ、無料手荷物の許容サイズは158センチが主流、一部が203センチを採用(日本だとJAL系)。超過料金を支払う場合でもほとんどの事業者が最大サイズを250センチ未満としている。
つまり、新幹線ではどんなに大きなスーツケースを携えた人であっても旅客営業規則に違反していることは、まずあり得ない。
ただし東海道・山陽新幹線は事情が少し異なり、3辺計160センチ以上250センチ未満の荷物を「特大荷物」として、持ち込みには「特大荷物スペース(車両最後部のスペース)」または「特大荷物コーナー(デッキ洗面所横に設置)」とひもづいた座席の事前予約を必要としている。
デッキ洗面所横にある特大荷物コーナー(なみこし / PIXTA)※写真はイメージ
予約しなかった場合は車内で手数料1000円を徴収するが、事前に予約すれば無料で持ち込めるため、旅客営業規則と整合する建て付けだ。
利用状況をJR東海に聞くと、「特大荷物スペースつき座席の利用状況については、十分に利用されていることを確認しており、その利用率は普通席よりも少し低い程度」として十分な座席を供給できており、外国人旅客からも多く利用されていることを確認していると述べた。
観光利用で「小型・中型のスーツケース」も増加
だが「荷物問題」は特大荷物に限らなくなっている。同社によれば、東海道新幹線はコロナ禍前と比較して観光利用の割合が増加しており、車内に持ち込まれる小型・中型のスーツケース等の荷物が増加しているという。
そこで特大荷物は車両最後部の「特大荷物スペース」のみで対応できるとの判断から、2025年7月1日以降、小型・中型のスーツケースであってもデッキ洗面所横の「特大荷物コーナー」を事前予約不要で利用できる試行を実施している。
もっとも航空機にも無手数料で持ち込める3辺計160センチ以下の荷物は、座席上の荷物棚に収納可能だ。

頭上の荷物棚は空いているスペースを譲り合って使う(BASICO / PIXTA)※写真はイメージ
重い荷物を頭上に置くことに不安を感じるかもしれないが、走行中の動揺でも落下しない設計になっているので問題ない(航空機のように揺れることはない)。
グループ利用で座席付近の荷物棚が不足する場合は航空機と同様、空いた場所に収納すればよい。
自分の頭上に他人の荷物が置かれるのは不安、不快かもしれないが、決してマナー違反ではない。マナーは自己と他者の緩衝材であり、他者だけでなく自己の認識も変化が必要だ。
荷物トラブルは「現場」でも頻発しているのか?
SNSで取りざたされるような荷物トラブルは実際に頻発しているのか。利用者からの苦情・意見について、JR東日本は「多くのご意見を頂戴している」が具体的な件数は把握していない、JR東海は回答を差し控えるとのことだった。
一方、JR西日本は「大きな荷物が通路をふさいで移動しにくい」「他人の座席上に荷物を置いている」といった苦情が増え、乗客同士のトラブルも散見されると述べる。
同社は外国人旅行者が増加する中で、鉄道の利用形態の違いや言語の違いでコミュニケーションがとりづらいことが背景にあると分析しており、実際に現場でそのような事象が起きているのは確かなようだ。
荷物マナーの呼びかけや、車内での対応について各社は、駅構内ポスター・デジタルサイネージやウェブサイトでの周知、車内放送の実施、車掌や警備員の巡回などを挙げる。
だが、英語対応であってもハードルは高く、ましてや英語を解さない旅客とのコミュニケーションは困難である。
荷物管理はテロ対策も絡んでくる。
航空機と異なり荷物検査を行わない(行えない)鉄道では、誰のものか分からない荷物を見つけた場合、手を触れずに乗務員や警備員に通報するよう呼びかけており、申し出があった場合は安全確認を行っている。鉄道側としても、空いたスペースに荷物を詰め込むのではなく、しっかり管理したいのが本音だろう。
鉄道会社に求められる“変化”
外国人にせよ日本人にせよ、細かいルールの順守を求めても機能しない。「荷物は荷物棚へ置く」というシンプルな行動を促すには、分かりやすい設備を用意しなければならないが、欧米と比べて日本の鉄道は荷物棚が少ないとの指摘もある。
日本は輸送規模が大きいため座席を最大限に確保する必要があること、ビジネス需要が中心で大きな荷物を持たないこと、長距離・長期間の鉄道旅行が少ないといった特性によるもので単純比較はできないが、今後は時代の変化に対応していかなければならない。
現状の荷物マナー・トラブルは、設備と人、荷物のバランスが崩れ、摩擦が生じた結果なのだろう。
鉄道車両は列車や時期によって変動する需要に対応しなければならない。限られた車体寸法の中、人と荷物の最適なスペース配分は難題だが、各社は社会動向とニーズをふまえて今後の設備のあり方を検討したいとしている。
■枝久保達也
1982年、埼玉県生まれ。東京メトロで広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。