気象庁によると、2025年の日本の夏(6~8月)の平均気温は統計を開始した1898年以降、観測史上最高の高温となった。
2005年、小泉純一郎首相や小池百合子環境相ら(いずれも当時)はノーネクタイやジャケットなしの軽装で過ごす「クールビズ」の取り組みを呼びかけた。
それから20年が経ち、日本はますます暑くなったことで、Tシャツ&短パンやノースリーブなど、より涼しくカジュアルな服装での出社を求める会社員たちの声は強くなっている。
一方で、多くの企業はワイシャツやブラウスでの出社をルールとし続けていることから、職場では「服装」をめぐるトラブルが起こることも多い。法律は会社員と企業、どちらの側に立つのだろうか。

「こんなに暑いのにノースリーブも許されないのか」

20代の女性会社員のAさんは転職したての会社に、夏の間ノースリーブで出社していた。オフィスでは薄手のカーディガンを羽織っていたが、ある日、女性の上司から「うちの会社ではそのような服装をしている人は他にいない」と注意されてしまう。
Aさんは反論せず、翌日からブラウスで出社するようになったが、内心は「こんなに暑いのにノースリーブも許されないのか」と納得できない思いを抱えているという。また「駄目だというのなら最初から言ってほしかった」とも感じているそうだ。
一方で、上司が男性だった場合には、女性部下の服装を注意することに不安を感じるかもしれない。「目のやり場に困る」といった言い方をしてしまえば「セクハラだ」と反論されるおそれもある。
また、夏の暑さはワイシャツとスラックスで出社する男性社員にとっても耐え難い。ビジネスシーンでもTシャツの着用は徐々に認められてはいるが、ボトムスはチノパンが限界でデニムもNGという企業がいまだ多い。
そんな中、今年7月にはGMOメディア株式会社(東京・渋谷)が「短パン」での出社を認めたことが報道された。同社でも来客がある場合は襟付きのシャツかジャケットの着用がルールだとはいえ、内心で短パン出社をうらやむサラリーマンも多くいることだろう。

社員の服装を制限するのは法律的に認められる?

そもそも、「どんな服装をしようが個人の自由だ」という考え方もある。社員の服装について「ノースリーブやタンクトップは禁止」「短パンは禁止」などの規定を会社が設けることに、法律上の根拠はあるのだろうか?
労働問題や企業法務に詳しい雨宮知希弁護士によると、就業規則や服務規律の一環として、一定の服装規定を企業が設けること自体は、法律上認められている。
「労働契約法7条に基づき、使用者には一定の業務運営の裁量があり、企業秩序の維持のために合理的な範囲で従業員の服装を制限することは可能と解されています。
ただし、その内容が過度に私的領域に踏み込む場合や、差別的なものであれば無効とされる可能性もあります」(雨宮弁護士)
具体的には、「業務上の必要性」と「合理性」があるかどうかが、服装規定が有効か否かの判断基準となる。
たとえば、接客業・営業・金融業など、顧客との信頼関係を重視する業種では、清潔感やフォーマルな印象を保つための服装規定は合理的と判断される傾向がある。
また、安全衛生の観点に基づいた工場・厨房(ちゅうぼう)などでの肌の露出制限、さらに職場の秩序維持や風紀の観点からの服装規定も、内容と目的のバランスが取れていれば、一定の正当性が認められるのだ。

部下を注意する際にハラスメントを避ける方法

上記のように、会社が社員の服装に規定を設けることは法律上も可能だ。しかし、Aさんが上司から注意された際には、就業規則などのルールは明示されず、「他にそんな服装をしている人はいない」という曖昧な理由に基づく言い方をされた。
就業規則などに服装規定が明記されていない場合でも、上司が「そのような服装はNG」などと指導することは、必ずしもハラスメントに該当するわけではない。
しかし、恣意(しい)的・感情的な注意や、人格否定を伴う言動の場合には、パワハラやセクシュアル・ハラスメントと評価される可能性がある。
「服装に関する注意であっても、業務上の必要性を説明して、冷静かつ建設的な形で行うことが重要です。
また、就業規則に服装に関する規定がない場合には指導の根拠が曖昧になるため、事前に会社として明文化しておくことが望ましいでしょう」(雨宮弁護士)
そして、就業規則に明記されている場合であっても、上司の言い方によってはハラスメントが認定される場合がある。重要なのは、部下に対する指摘の目的は「個人批判」ではなく、「業務上の信頼性確保や会社方針の共有」であるという点を明確にすることだ。
「たとえば、『会社としてお客さまとの信頼関係を大切にしているので、このような服装は控えてほしい』といった、会社全体の方針に基づく注意であることを伝えるのが望ましいです。

また、『そういうのは社会人としておかしい』『だらしない』など、個人のセンスや価値観を否定するような表現は避けるべきです」(雨宮弁護士)

服装規定の「性差別」を意識すべき時代

20年前には物珍しかったクールビズがすっかり普及したように、オフィスの服装の「当たり前」も時代と共に変化する。2019年に元グラビアアイドル・女優で社会運動家の石川優実氏がTwitter(現X)で始めた「KuToo運動」以降は、女性社員へのパンプスやハイヒールの義務付けを廃止する企業も増えている。
服装規定は、実質的に、特定の性別や年齢の社員を狙い撃ちすることになる場合が大半だ。たとえば、一般的にはノースリーブやタンクトップを禁止することは女性への影響が大きく、短パンやパーカーの禁止は若者層への影響が大きい。
男女雇用機会均等法や労働施策総合推進法などでは、合理的な理由のない差別的取り扱いを禁止している。そして、服装の禁止が、特定の性別や年齢層のみに実質的な不利益を与える場合は、男女雇用機会均等法で原則として禁止されている「間接差別(※)」(同法7条)に該当する可能性がある。
※性別以外の事由を要件とする措置であって、他の性の構成員と比較して、一方の性の構成員に相当程度の不利益を与えるものを、合理的な理由がないときに講じること。
「特定の服装を禁止する場合には、その理由が業務上の必要性に基づくものであり、かつ誰に対しても公平に適用されるものであることが求められます。
もっとも、そもそもノースリーブや短パン・パーカーの禁止が『不利益』や『差別』に当たるとまでは考えられないので、禁止しても間接差別には当たらないかと思います。
しかし、『KuToo運動』などを契機に『パンプス着用義務』について社会的な議論が進んだのと同様に、ノースリーブやタンクトップの規制も、女性のみを対象とする規定であり、かつ業務上の合理性が乏しい場合には、ジェンダーに基づく差別として問題視される流れが今後強まっていくと考えられます。
企業側としては、性別を問わない規定とする、あるいは本人の意思や快適さを尊重する方針に転換することも検討すべき時代になってきているかと思います」(雨宮弁護士)
パーカーやトレーナー、デニムやカーゴパンツ、あるいはオーバーサイズのトップスなど、職場における服装の可否をめぐるトラブルは秋や冬になっても起こり得る。そして先述したように服装の「当たり前」は時代によって変化する。

部下を指導する管理職や企業の経営陣は、いちど就業規則を確認し、その規定が合理的か否か考えてみる必要があるだろう。


編集部おすすめ