学校事故への「災害共済給付」請求“拒否”相次ぐ 「いじめ・不適切指導」被害にも適用のはずが…こども家庭庁が是正通知
学校での事故などで児童生徒らが死傷した時に医療費や見舞金が支払われる「災害共済給付制度」について、保護者らの給付請求が学校の設置者(国、地方公共団体、学校法人)の対応で拒まれる事例が相次いでいることを受け、こども家庭庁は文部科学省などに対し、適切な運用を求め通知を行った。
給付の可否を審査し、判断する権限があるのは制度を運営する「独立行政法人 日本スポーツ振興センター(JSC)」のみだが、保護者はまず学校の設置者に申請する必要がある。

こうした保護者の申請に対し、制度の理解不足などから学校の設置者が拒否した例が確認され、問題となっていた。通知は9月4日付。(ライター・渋井哲也)

通知の背景に遺族団体の“要望”

「災害共済給付制度」は、学校や幼稚園、保育園等の管理下での事故・事件で子どもが死傷した場合、JSCが医療費や見舞金を支給する仕組み。申請期限は2年で、子どもが学校内の問題を苦に自殺したケースや、自殺未遂のけが・後遺症も給付対象となる。
こども家庭庁の通知では、「学校の設置者が、保護者等から提出された支払い請求書をJSCに送付しなかった場合には、保護者等の災害共済給付の給付金の請求を行う権利の侵害にあたる可能性がある」と指摘。
保護者等から受け取った支払い請求書を、学校の設置者が速やかにJSCへ送付するように、是正を求め文部科学省などに通知した。
今回、通知が出された背景には、教師による不適切な指導によって家族を亡くした指導死遺族らでつくる「安全な生徒指導を考える会」の要望があった。
今年5月、同会が院内集会「子どもの自殺と不適切指導について考える」を開催。国会議員が出席する中で、こども家庭庁の担当者に対し、学校の設置者により保護者の申請が拒否されている実態を伝え、制度に関する適切な運用を求める要望書を提出していた。
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こども家庭庁の担当者に要望書を提出する遺族代表(5月21日 都内/渋井哲也)

また、自民党内でも「子どもの自殺対策支援プロジェクトチーム(PT)」(座長、山田太郎参議院議員)が「考える会」の遺族らを招き、勉強会を開催。「体罰や不適切指導など、学校が事実を認めにくい事案では、遺族が学校を経由せず直接JSCに申請できる仕組みの確立が必要だ」として政府に提言を行っていた。

遺族「第一歩だが不十分」

今回の通知を受け、「考える会」共同発起人の1人で、教員による不適切指導で高校生の弟を亡くしたはるかさんは、「制度の所管が文科省からこども家庭庁に移管した2年前から要望を出し続けていました。要望したすべてについて解決されたわけではないですが、この通知は第一歩で、大変ありがたいです」と謝意を示した。
しかし一方で、5月に行われた院内集会を機に、災害共済給付制度を初めて知ったという当事者家族もいたという。

また、今回の通知で、学校設置者には給付の可否を判断する権限がないことがあらためて示されたが、「これまで学校の設置者の不十分な説明で申請をあきらめてしまったという当事者家族の話を聞いてきました」(はるかさん)。

学校が「説明せず」「拒否」事例

埼玉県川口市在住の県立特別支援学校(高等部)に通っていた男子生徒が、小学校時代からのいじめや学校の対応を苦に自ら命を絶った事案では、男子生徒は中学時代から自殺未遂を繰り返していた。現在、市と加害者を相手に民事訴訟中だ。
「息子は中学の時にいじめを苦に飛び降りました。一命を取り留めましたが、車いす生活を余儀なくされました。その際、教師からも学校からも市教委からもJSCの制度のことは教えてもらえず、給付をもらうどころか申請さえできていませんでした」(遺族)
栃木県壬生町の中学校でも、男子生徒が不適切指導を受けた後に帰宅。その後、外出して自殺未遂を起こした。この事案では保護者が学校の設置者に申請を行ったが、担当者から「帰宅後のことだから制度の対象外」と説明されたという。
しかし、同制度は、児童生徒が学校以外の場所で亡くなったりけがを負ったりした場合でも、その原因が学校生活にあれば見舞金が支給される。
2006年に福岡県筑前町の中学生が学校での不適切指導といじめを苦に自宅の納屋で亡くなった事件を機に、「独立行政法人日本スポーツ振興センターに関する省令」が改正された。
この改正により、死亡見舞金の給付対象が、「学校管理下において発生した【事故】に起因する死亡」から「学校管理下において発生した【事件】に起因する死亡」に変更され、事故のみならず、いじめや不適切指導などの事件に起因する死亡も支給の範囲に含み込まれた。
現在、栃木県壬生町の自殺未遂の当事者とその家族は、学校の設置者である町を相手に損害賠償請求の裁判を起こしている。
「息子が自殺未遂を起こしたことはまさに青天の霹靂で、私たちはどこに相談したらいいのか分からず真っ暗闇にいました。
JSCの制度の趣旨を学校側がしっかり理解し、きちんと対応してくれていれば、裁判とは違う選択肢もあったかもしれません」(保護者)
これらの事案が示すように、制度について学校設置者の十分な理解がなく、保護者の申請が拒否され、JSCに取り次がれないケースが相次いでいた。
このことはJSCの死亡見舞金の給付件数にも表れている。2019年度から23年度までにもっとも給付件数が多かったのは19年の56件だった。しかし、厚生労働省・警察庁によれば、この年の児童生徒の自殺者数は年間399人に上った。
すべての自殺が「学校管理下において発生した事件に起因する」とは言えないとしても、あまりにも少なすぎる数ではないだろうか。

遺族「保護者が直接JSCに請求できる仕組み」求める

JSCは申請のあった学校管理下の災害(事故・事件)について、事例を集め、整理し公開、再発防止のために啓発を行っている。
前出の「考える会」はるかさんは「申請は、当事者家族の救済だけでなく、不適切指導やいじめなど学校が抱える問題が可視化されるという点からも重要」と話す。
「特に不適切指導の末に児童生徒が死傷した場合は、学校の設置者が保護者の申請を断りやすいと感じます。今回の通知を足がかりに、保護者が直接JSCに請求ができる仕組みを早急に整えてもらいたいです」
■渋井哲也
栃木県生まれ。長野日報の記者を経て、フリーに。主な取材分野は、子ども・若者の生きづらさ。依存症、少年事件。
教育問題など。


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