地元報道機関と伊東記者クラブが、選挙戦を前に立候補予定者30人を対象に実施したアンケートによると、「反田久保派」は24人、「田久保派」は1人だったという。
一方で、SNSでは「田久保マダム」と呼ばれる女性支持層が話題となり、街頭演説や集会では熱気を帯びた応援も見られる。
ネット上では「この人完全に詰んでいる」と“敗北”を予想する声が大半だが、「チェックの甘かった市議会議長にも責任はある」といった声もみられた。
田久保派勝利を困難にする2つの理由
そうした中、千葉県鎌ケ谷市で5期19年市長を務めた清水聖士氏は、市議選を次のように展望する。「市議会議員選挙は定数20人。そうすると田久保派を7人当選させれば3分の1以上となり、再度の不信任決議ができなくなるわけですが、現実的には極めて難しい数字だと思います」
その根拠として、同氏は次のように推察する。
「田久保氏側ということを黙って出馬し、当選する人もいるかもしれませんから、“ステルス田久保派”を出す作戦もあり得るでしょう。ただ、市議会議員の場合、立候補するには3か月前から伊東市に住んでいなければなりません。そういう人を7人以上擁立して7人当選させるとなると、かなり難しいだろうと思います。
供託金も1人30万円必要ですから、7人立候補させるなら210万円必要で、それを用意できるかどうかも大きな疑問です」
もしも「田久保派」の市議を7人以上当選させられなければ、田久保市長の不信任決議が再度可決され、自動的に失職することになる。市長就任から約半年でその座を追われ、伊東市のイメージをダウンさせた悪名だけが刻まれることになる。
「そもそも田久保市長が市議会の解散を選択したことは暴挙です。
しかし他方で市議会側も、不信任案を可決したら『辞職しない』としていた田久保市長が議会解散を選択することは予測できたはず。
来年5月まで待てば市長のリコールが可能になり(地方自治法84条は首長就任から1年間はリコールできないと規定。田久保市長の就任は今年5月29日)、市民の血税で賄われる市議選の6300万円は使わずに済んだのです」
もちろん、騒動が尾を引く中、伊東市民が、すでに全国的にマイナスイメージが強くなった田久保市長があと8か月も居座り続けることに耐えられるのか、という問題はある。
だが、市民が直接、不適格と判断した首長をやめさせることは、今回の騒動の幕引きとしては理にかなっているともいえ、リコールを待つのもひとつのシナリオとしてはありだったのかもしれない。
「市長が悪いことをした場合」に法が対応できていない
そのうえで清水氏は、地方自治法の改正を強く訴える。「首長になる人には悪い人はいない。地方自治法はそうした前提に基づいていると思います。しかし、実際には『悪い人』が首長になる例も散見されます。ですから、ふさわしくない人も当選する可能性があるという前提に基づいた法改正をしないといけないと思います。
首長が悪いことをして議会がそれを告発し、不信任を可決したのに、首長が議会を解散するのはどう考えても筋違いです。そんなことが起きないよう、早急に国会で地方自治法を改正していただきたい。
市長側の瑕疵(かし)を理由として不信任決議が行われた場合には、市長は解散できない仕組みにすべきです。たとえば、百条委員会で市長の側に瑕疵が認められたら、その後の不信任では解散できない、とするとか。
それともう1つ、現行法では当選してから1年間はその人物をリコールできませんが、たとえば期間を3か月に縮めることなども必要だと考えます」
市民が選んだ市長に、市が、そして市民が振り回される異常事態。だが、昨今頻発する首長のトラブルは、「異常」の形容を麻痺させ、前提を変える必要性を感じさせるほど、危機的といえる状況だ。
議会との対立もありながら大きなトラブルもなく、地縁のない落下傘候補から5期19年市長を務めあげた清水氏。だからこそ、首長にとっての厳しい提言にも語気が強まる。
学歴詐称発覚後の対応、自身の不祥事が原因での不信任決議に対する市議会解散など、我が道を突き進む田久保市長。それを可能にしているのが、現行の地方自治法というのはあまりに皮肉だ。
大いなる“犠牲と無駄”を伴ったものの、ひとまずその命運は11日後に迫った19日の市議会議員選挙に委ねられた。
<清水聖士(しみず・きよし)> 1960年、広島県生まれ。麗澤大学客員教授。早稲田大学卒業後、伊藤忠商事、米ウォートンスクールMBAを経て、外務省へ。