10月17日、2022年に選挙に立候補していた長井秀和氏(現・東京都西東京市議会議員)が街頭演説で行った発言は名誉毀損(きそん)にあたるとして創価学会が長井氏に対し1100万円の損害賠償を請求した訴訟の控訴審で、東京高裁は控訴を棄却し長井氏に22万円の賠償を命じた。

「リレー演説」内の発言が訴えられる

芸人としてテレビなどでも活躍していた長井氏は、2022年12月に実施された西東京市議会議員選挙に立候補。トップ当選を果たし、現在に至るまで市議会議員として活動している。
また、家族が創価学会に関与していた「宗教2世」の立場から、創価学会やその他の宗教団体を批判する活動を行ってきた。
本訴訟は、宗教法人・創価学会が、選挙中の街頭演説で長井氏が行った発言は同会に対する名誉毀損にあたるとして提訴したもの。
2022年12月19日、西武新宿線田無駅北口広場にて、複数のゲストスピーカーと長井氏による「リレー演説」が行われる。ゲストスピーカーのうち1名は、1995年に朝木明代・東村山市議会議員が東村山市内で転落死した事件に創価学会が関連していたとの疑惑を語った。
また、別のゲストスピーカーは、長井氏の実父かつ創価学会の幹部で武蔵村山市議会議員もつとめていた長井孝雄氏(故人)が公金を飲食に不正利用していた、と糾弾した。
リレー演説の最後を担当した長井氏は、ゲストスピーカーらの演説を受けて「武蔵村山市の闇」「東村山市の闇」などと発言。また「東村山の朝木さんがね、謎の転落をした。これはもう他殺ですよ」とも発言し、朝木氏の司法解剖の鑑別書や当時の捜査には不自然な点があると指摘した後、以下のように発言した。
「こういうようなことをですね、平気で行ってきたのが創価学会でございます。私は、これに関しては議員となったらですね、議会の議事録にも載せていきますからね」
原告側は、長井氏の発言は「創価学会が殺害事件を起こした」と述べていると主張。一方、被告側は、長井氏の発言はゲストスピーカーの発言内容を補足説明するためのものであって「創価学会が殺害事件を起こした」という事実を適示するものではなく、違法性はない、と主張していた。

「こういうようなこと」の意味が争点に

本訴訟の争点は、長井氏の発言内の「こういうようなこと」とは「朝木氏が他殺された」という意味であるのか否か。
被告側は、長井氏が「他殺」と発言してから「こういうようなこと」と発言するまでの間に捜査機関への疑問を呈している点、また直前にゲストスピーカーらが創価学会と行政との癒着(ゆちゃく)を問題視する内容の演説を行った後の発言であることを指摘し、「こういうようなこと」とは捜査機関を含む行政と創価学会との癒着を指摘しているにすぎない、と主張。

これに対し、原判決(東京地裁)では「こういうようなこと」の意味について「行政との癒着等に関する指摘が含まれていた余地があることは否定できない」としつつも、発言を聴いていた一般聴衆の「普通の注意と聴き方」を想定すると、「こういうようなこと」は「朝木氏が他殺された」と指しているように聴こえるはずだとして、原告側の主張を認めていた。
そして、今回の控訴審判決では、原判決から「行政との癒着等に関する指摘が含まれていた余地があることは否定できない」とする部分が削除された。
被告代理人の大山勇一弁護士は「『こういうようなこと』には『行政との癒着等に関する指摘』が含まれないと明言しているとも読め、極めて不当である」と、高裁判決を批判する。
一方で、原判決では、発言当時の長井氏は「地方議会議員選挙の候補者にすぎない私人であった」としながら、地方議会議員と候補者を「同列に論じることはできない」としていたところ、高裁判決では上記の記載をすべて削除。
この点に関して、大山弁護士は「実質的に見て、候補者にも議員と同等の表現の自由が認められることを認定したと言える」と評価した。
原判決では、長井氏の発言によって創価学会の社会的評価が低下したとも認定。ただし「原告(創価学会)が朝木氏の他殺に関した疑いがあるという見解が存在すること自体は、ある程度公になっていたもの」とも認定し、また演説を聴いていた人は田無駅の利用者や通行人など少数にとどまるとも指摘したうえで、原告による1100万円の損害賠償に対し損害額は「20万円が相当である」と判断(実際の損害賠償額は弁護士費用を足した22万円)。
高裁も原判決は相当であるとして控訴を棄却し、長井氏に22万円の支払いを命じた。

長井氏「言論活動にとって悪しき前例となる判決」

判決後に行われた記者会見で、被告側の弁護士らは「選挙演説中の発言を捉えて萎縮させる、スラップ効果を狙った訴訟だ」「発言の一部だけを切り取ってスラップ的な訴訟の対象にされると、表現の自由があまりにも規制されてしまう」と語った。
「(命じられた支払額が)22万円だとしても、負担やプレッシャーとなる」(大山弁護士)
朝木明代氏の娘であり東村山市議会議員をつとめる朝木直子氏は、そもそも訴訟で問題となっている発言はゲストスピーカーらがリレー形式で行った演説を受けたうえでのものであり、また一般に街頭演説は原稿もなく時間に追われる中で行われるものであることを指摘。
「政治と宗教の癒着は創価学会のみならず統一教会でも問題になっている。本訴訟の判決は、言論が萎縮するような前例になるのでは、と危惧している」(朝木氏)
長井氏本人も「街頭演説というものは、導入があり本文があり結論がある、といった文章のようなものではない」としつつ、判決への所感を述べた。

「指示代名詞がいかようにも判断されて、名誉毀損と認められるという、悪しき前例だ。
もし、創価学会ではなく社会的な影響力の弱い団体についての発言だった場合、同じような結果になっていただろうか。
創価学会が請求した1100万円のうち実際に認められたのは2%にあたる22万円にすぎない。つまり、創価学会の主張について裁判所は論理性をほぼ認めておらず、あくまで一部敗訴という認識でいる。
しかし、判決が、言論活動にとって悪しき前例となることは変わりない」(長井氏)


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