「ワークライフバランス(WLB)を捨てて働いて働いて働いて働いてまいる」
高市早苗新総裁誕生直後に大きな注目を浴びた、同氏による、所属議員向けのあいさつの一節である。
この発言に対し、「期待している」というポジティブな声があった一方、「労働者の現実を無視した軽率な言葉」といった批判が相次いだ。
高市氏の発言直後から嫌な予感はしていたが、その予感は的中した。
この発言を受け、SNS上で運送業従事者と思われるアカウントの投稿に2.4万もの「いいね」がついたのだ。
「高市さーん、運送業の働き方改革やめさせてー」
「元気だからたくさん働きたいのー」
その下には、「#働き方改革撤廃」というハッシュタグ。
返信などの内容から、この「運送業」が「トラックドライバー」を指しているということが分かる。
言わずもがな、高市氏の「WLB発言」は国民にその働き方を強要するものではない。
しかし、ほとんどの業種で働き方改革が施行され、なんとか労働時間を短くしてきたなか、総理大臣にならんとする立場で影響を考えずにこのような発言するのは、あまりにも軽率だったと思う。(本文:橋本愛喜)
「もっと働きたい」トラックドライバーが多い理由
トラックドライバーが「もっと働きたい」とする大きな理由の一つは、他でもない。「トラックが好きだから」だ。一度地元を離れると数日、長い人だと1週間ほど全国各地を走り回る。ゆえに車内には寝台があるだけでなく、冷蔵庫や電子レンジを備え付け、完全に自室のような環境を整える人も少なくない。そんな車内生活に慣れたドライバーからは、「家のベッドよりも快適で快眠できる」という声が聞こえてくる。
こうして24時間道路上で生活し、良くも悪くもソロキャンプ感覚で仕事をしていれば、ワークライフバランスそのものを意識しなくなるのもうなずける。
しかし、彼らには「トラックが好き」である以上に「もっと働きたい」と主張する根本的な理由がある。
彼らは元々稼ぎたくてトラックドライバーになったからだ。
1989年に流行したフレーズがある。
「24時間戦えますか」――。栄養ドリンクのCMだ。
その挑発的な問いに対して「はい、戦えます」と高らかに手を上げた人たちのなかには、多くのトラックドライバーがいた。
トラックドライバーは当時、「ブルーカラーの花形」だった。過酷ではあったが、「3年走れば家が建ち、5年走れば墓が建つ」とまで言われるほど、働けば働いた分だけ稼げる職業で、実際、年収1000万円を稼いでいた人たちが珍しくなかった。
ドライバーが稼げなくなったきっかけ
そんなドライバーの労働環境が一変した出来事がある。1990年の「規制緩和」だ。これにより業界への参入が容易になり、それまで4万社だった運送事業者が6万3000社に急増。その直後にバブルが崩壊すると、同業者同士で壮絶な「荷物(仕事)の奪い合い」が起きる。
労働集約型産業である運送業において、同業他社との競争手段は「運賃を下げる」か、仕分けや検品、ラベル貼り、陳列、さらには数千個の荷物をひとつひとつ手で積み降ろす手荷役といった「付帯作業」くらいしかない。
こうして荷主至上主義が構築され、「過酷なのに稼げなくなる」という構図が出来上がってしまった。
現在、トラックドライバー(大型)の平均年齢は他業平均より5歳も高い50・3歳。つまり、元々稼ぎたくてこの業界に入り、当時「24時間戦える」「きつくてもいいから稼ぎたい」とした人たちが現在の物流を支えているのである。
そんな彼らに追い打ちをかけたのが、2024年4月1日に施行された「働き方改革」だった。
一般則から遅れること5年後、トラックドライバーにも同法が施行され、「もっと働きたい」としてきたドライバーに、さらなる労働時間の制限が課されたのだ。
ベテランドライバーの特徴
50代以上で「もっと働かせてほしい」と主張するベテランドライバーには、ある傾向が見られる。汗水たらして長時間労働することに“ブルーカラーの矜持(きょうじ)”を抱く人たちが多いのだ。
彼らは、機械を使うことを「楽して仕事をするズルい行為」と感じ、逆に汗水たらして働くことを「美徳」と捉えがちだ。なかにはひとつひとつ手で積み下ろしする「手荷役」を「ドライバーの武器だ」と主張する人もいる。
こうした昭和では称賛されてきた彼らの労働観にかんがみると、今回、高市氏の発言に多くのベテラントラックドライバーが共感した意味がよく分かる。
一方、できるだけ効率的に、無駄な体力を使わず稼ぎたいとする昨今の若手には案の定受け入れられず、ゆえに現場に若者が入らない大きな原因になっており、皮肉にも、ベテランが体を張れば張るほど、現場の「少子高齢化」に拍車がかかるという状況に陥っているのだ。
無論、元気に体を動かして仕事をすること自体は決して悪いことではない。
しかし、古い働き方にしがみつき、機械化を拒み続けるベテランの彼らが10~20年後、同じような体力仕事を同じパフォーマンスで続けられるだろうか。
ドライバーをこれ以上働かせてはいけない理由
彼らの「もっと働きたい」という要望を通すべきではないと言えるのは、彼らの労働はすでにこれ以上ないほど長時間であり、そして過酷だからだ。運送の運転者は、業務災害に係る脳・心疾患の労災支給認定件数が23年連続ワーストだ。
トラックドライバーの働き方改革施行が一般則より5年遅れた理由も、彼らが他業と比べてもずば抜けて労働時間が長く、その是正に時間を要すると判断されたからだ。
さらに、一般則の時間外労働制限が720時間なのに対し、ドライバーは240時間も長い960時間以内となっている。
また、皮肉にも「もっと働きたい」と主張する人たちのなかには、賃金が安いだけでなく、過酷な労働を強いられている人が多い。
筆者がトラックドライバー向けに実施したアンケート調査(n=271)では、47・6%が「睡眠時間が5時間以下」と回答。
さらに既往病として、前出の脳・心疾患に直結するようなコレステロールや高血圧を挙げるドライバーが非常に多く、健康状態もいいとは言えない。
先述通り、ドライバーの平均年齢は50歳を超えている。体力的にも「過酷」に耐えられなくなりつつある年代だ。
彼らがもっと働きたいとする大半の理由は、先述通り「稼げないから」だ。いわば「酸欠」状態といっていい。
ブルーカラーがまだ花形だった当時、年収1000万円まで稼げていたのも、時給そのものが高かったわけではない。「安い時給でも長時間働いていたから必然的に給料が高かった」という側面のほうが大きい。
もし同等の収入を稼いでいるホワイトカラーが同じ時間働いていたら、恐らくドライバーの数倍は多く稼いでいたに違いない。
安全を担保することも仕事であるドライバー。これ以上どう働くというのだろうか。
7時間以上の睡眠が取れているドライバーは約15%しかいない(著者作成)
大きなトラックを操る一般貨物自動車運送事業のトラックドライバーは、法令上、建設業のような「ひとり親方」、いわゆるフリーランスのような形態では働けない。これは、上述したドライバーの「働きたい」という欲望を見越し、その暴走を止めるためのものだといっていい。
稼ぎたいからと誰にも管理されず、ワークライフバランス度外視で働き続ければ、必ず今以上に体を壊す。
それだけではない。居眠りや突然死などによる交通事故すら起こしかねないのだ。
ブルーカラーの現場で起きる事故は、どの業種でも命に関わるが、運送の場合は、他職と違い、事故現場は「構内」ではなく、一般市民が行き交う「道路」になる。
自分の「ワークライフバランス」を捨てるということは、彼らにとって周囲にも大きな危険をもたらす可能性があるのだ。
働き方“改悪”
とはいえ、トラックドライバーの労働時間を制限する現行の「働き方改革」は、現場のためになっているとはとても思えない。本来ドライバーの労働環境の改善のためのものだったにもかかわらず、現状は荷物が届かなくなることばかり心配されているからだ。その最たる例が、高速道路の制限速度の引き上げだ。
これまで大型車における高速道路の制限速度は、時速80キロだった。それを「輸送の効率化」を理由に90キロに引き上げたため、ドライバーにはより高い集中力が求められるようになった。
早く届けたとて、ドライバーの賃金に反映されるわけでもなく、むしろ労働時間の制限により、少しでも運行が時間規制にひっかかれば長距離の仕事がまるまる吹っ飛び賃金は下がる。実際、筆者が2024年5月に著者がX上でアンケート調査を行ったところ、働き方改革によって収入が下がったというドライバーは30・1%にも及んでいる。
その結果、収入を増やすため、業務後に運転代行や倉庫の仕分けなどの副業を始めたドライバーや、あえてルール度外視で時間外労働の制限以上の労働を“させてくれる”劣悪企業に転職したドライバーまでいる。
繰り返しになるが、現在物流を支えているのは、本来稼ぎたくてこの業界に入ってきた人たちだ。
そんな彼らの思いと逆行し、ドライバーの賃金問題をないがしろにしたまま施行されれば、反発があって当然だ。「働き方改革」は現状、「働き方“改悪”」の状態なのである。
今後のドライバーに必要なこと
トラックドライバーという仕事の楽しさ、社会的価値を知る身として、この職には再び「ブルーカラーの花形」となってほしい。誰もができる仕事ではないものの、トラックドライバーは成り手の門戸が広いゆえ、なかには過去に大きな失敗をしてしまった人たちなども少なくない。
そんな彼らにとって、トラックドライバーという職業が老若男女問わず、一発逆転、失敗から挽回できる職として、ホワイトカラーに負けないほど稼げる「希望の仕事」であってほしいと強く願っている。
現状にかんがみると、その道のりは決して平坦なものではないだろうが、そのためには国によるより柔軟な法整備やバックアップが不可欠なのは間違いない。
そして、運送事業者やドライバー本人たちも「もっと働く」や「ワークライフバランスを捨てる」といったマインドから、「本来得られるはずの賃金まで水準を上げること」に視点を変える必要があると思う。
昭和の「労働観」から脱却し、働いた“長さ”や“汗の量”を美徳とせず、ドライバーひとりひとりが自分の能力を磨き、少ない労働時間でも生活が十分できる賃金を得られる環境を構築していく努力をする必要があるのではないだろうか。
■橋本愛喜(はしもと・あいき)
現ライター。元工場経営者・トラックドライバー。大型自動車免許取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。現在はブルーカラーの人権・労働に関する問題や、文化差異・差別・ジェンダーなどの社会問題などを軸に各媒体へ執筆・出演中。

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