日本に居住する外国人、特に長年暮らしている永住者や定住者が経済的な困窮に陥った場合、生活保護を受ける法的権利があるのか。また、もし申請が却下された場合、彼らはそれを法的に争う「権利」を持っているのか。

この問いに対し、日本の最高裁判所は、代表的な二つの裁判例を通じて、外国人には生活保護法に基づく受給権がないという判断を下しています。それを代表する有名な判例が、「宋訴訟判決」(2001年)と「永住外国人生活保護訴訟判決」(2014年)です。
なぜ最高裁は外国人を生活保護法の対象外としたのか。そして、現在も外国人が受けている「事実上の保護」という行政措置とはどのようなものか。さらに、昨今の排外主義の高まりの中で、自治体による保護がどのように法的根拠と正当性を示しているのかを検証します。(行政書士・三木ひとみ)

生活保護法の基本ルールとは

生活保護法は1950年に施行された当時から、条文上その適用対象を「国民」に限定しており、外国人は生活保護の対象外とされています。
しかし、実際には多くの外国人が保護を受けています。その根拠となっているのが、1954年に厚生省から出された「1954年通知」です。
この通知に基づき、外国人の保護は「当分の間、一般国民に対する生活保護の決定実施の取扱いに準じて必要と認める保護」として行われています。
保護の対象者は、適法に日本に滞在し、活動に制限を受けない永住者や定住者など(入管法別表第2の外国人等)に限定されています。
つまり、日本国民と同様の生活実態を有し、かつ税金や社会保険料を納めている人、あるいは人道上保護を与えなければならない人に限定されているのです。
保護等の内容等については、日本国民との間で「別段取扱上の差異をつけるべきではない」とされており、給付額も日本国民とほぼ同様です。
なお、一部で、あたかも「入国間もない外国人が生活保護を申請して受給できる」かのようなデマが、まことしやかに流布されています。

たしかに、2010年に大阪市で、来日直後の中国人48人が生活保護を申請し、いったんは支給決定が行われてしまい、大問題になったことがあります。
しかし、このケースでは結局、48人全員が辞退しました。しかも、そもそもの原因は入国管理局の在留資格の認定がずさんだったことにあり、直後に立法の手当てが行われ、「法の穴」は完全に塞がれました。つまり、15年前の時点で、すでに生活保護目的での入国自体を防ぐ体制ができ上がっているのです。

恣意的運用がなされるリスク

重要なのは、永住・定住外国人等に対する「1954年通知による保護」は、「法律上の権利として保障したものではなく、単に一方的な行政措置によって行っているものである」と規定されている点です。
つまり、永住・定住外国人等に生活保護を受給する「法的権利」を与えていないということです。行政措置に関する不支給決定は、法令の規定による処分ではないため、原則として不服申立て(審査請求)はできません。
それが原因となって、運用のあり方が国ないしは自治体の恣意的な裁量によって左右されてしまうリスクがありました。実際に、1990年には厚生省の口頭指示のみによって保護対象外国人が永住者や定住者などに制限された事例があります。

不法在留の外国人は「命の危機」でも保護の対象外

外国人が「保護」を受ける権利が認められるか否かをめぐっては、これまで、裁判で争われ、最高裁が判断を行ってきました。
外国人が生活保護の権利主体ではないことを明確に示した初期の判例が「宋訴訟」最高裁判決です(最高裁平成13年(2001年)9月25日判決)。これは、在留資格を持たない「不法残留者」に関するものです。
中華人民共和国籍を持つ男性・甲は、1990年8月の在留期間満了後も在留期間の更新をしないまま日本に在留していました。
1994年4月、甲はオートバイにはねられ重傷を負い、東京都中野区福祉事務所に生活保護を申請しましたが、不法滞在の外国人には生活保護法が適用されないとして却下されました。

甲は、憲法14条(平等権)や25条(生存権)に違反するとして、却下処分の取り消しを求めて提訴しました。
最高裁は甲の上告を棄却し、却下処分は合憲であると判断しました。
最高裁は、不法残留者を保護の対象に含めるかどうかが立法府の裁量の範囲に属することは明らかであるとし、同法が不法残留者を保護の対象としていないことは、生存権を保障した憲法25条に違反しないと結論付けました。
また、不法残留者を対象としないことは、合理的理由のない不当な差別的取扱いにも当たらないため、平等権(憲法14条1項)の侵害にもあたらないと判断しています。
この判決により、少なくとも、在留資格を持たない外国人については、生活保護を受けるための法的な権利主体性は明確に否定されました。
この結論は、基本的には妥当なものといえます。

国民と同等の生活実態があり、納税等の義務を果たしても「受給権」は認められず

では、正規の法的地位に基づき長年日本で暮らし、日本社会の一員として日本人と同等の生活実態があり、かつ、納税や社会保険料の納付など日本人とほぼ同内容の義務を負担している「永住外国人」についてはどうでしょうか。
この点について提起され、最高裁まで争われたのが、いわゆる「永住外国人生活保護訴訟」です(最高裁平成26年(2014年)7月18日判決)。
乙は1932年に京都市で生まれ、中国籍を持ちながら長年日本で生活し、永住資格を有していました。高齢になり夫の親族から虐待を受け生活に困窮した乙は、2008年に大分市に生活保護を申請しましたが却下されました。
福岡高裁は2011年、永住外国人に生活保護法に基づく法的な受給権があると認める判決を言い渡しました。
しかし、この高裁判決は覆されました。
最高裁は、外国人は生活保護法の対象外であり、法に基づく受給権は持たないとの判決を下しました。

最高裁は、永住者であっても、あくまで「1954年通知に基づく行政措置による事実上の保護の対象にとどまる」のであり、生活保護法による保護の適用を求める権利はないと判断しました。これにより、外国人の生活保護受給権を否定する国の運用が法的に確定しました。
最高裁判決は、あくまで「生活保護法による保護の適用を求める申請に対する却下決定」について判断したものであり、「1954年通知」に基づく行政措置としての保護費の支給に関する却下処分については、審理の対象とならなかったことに留意が必要です。
最高裁は判決文の中で、行政措置としての保護費の支給を求める申請の却下や廃止について、この部分が「当審の審理の対象とされていない」と二度にわたり言及しており、これは行政措置の運用について訴訟で争う余地が残されていることを示唆するものと考えられています。
もし行政措置による保護について争う途がなければ、日本国籍者であれば違法不当とされる処分であっても、外国籍だという理由だけで争えないという大きな問題が生じます。
なお付言すると、よくSNS等でまことしやかに「外国人が生活保護を利用することは最高裁で『憲法違反』との判決が出ている」といった言説がふりまかれることがありますが、悪質なデマといわざるを得ないものです。
なぜなら、最高裁判決はそのようなことは一言も述べていないどころか、むしろ「外国人は、行政庁の通達等に基づく行政措置により事実上の保護の対象となり得る」と言明しているからです。

自治体の権限増大と「排外主義」への対応

2014年の最高裁判決後も、永住者など適法に滞在する外国人に対する保護は1954年通知に基づき継続されていますが、その法的根拠は地方分権化により大きく変化しました。
2000年4月に地方自治法の改正法が施行される前まで、生活保護に関する事務は機関委任事務として扱われ、自治体は国(厚生省)の通知や指示に拘束されていました。外国人保護についても、自治体は国の指示に従う必要があると考えていました。
しかし、法改正後、国が自治体に出す通達は法的拘束力のない「技術的助言」へと整理されました。これにより、1954年通知も技術的助言として位置づけられ、自治体は法律上、この通知に従う義務を負わなくなりました。
この結果、自治体は法的にはその裁量次第で外国人保護を行うか否かを判断できる状況が生じています。

この状況を受け、近年問題視されているいわゆる「レイシスト集団」が、外国人に対する保護を「在日特権」等と歪曲して声高に叫び(実際には、前述の通り、保護を受けられる外国人の資格は相当限定されており、かつ、日本人より優遇されている実態も存在しません)、複数の自治体に対し、外国人に対する保護の廃止を求めて住民監査請求や裁判を起こしました。
排外主義運動による圧力に対し、自治体は外国人保護の法的根拠や正当性を示す必要に迫られました。複数の住民監査請求や裁判資料を分析すると、自治体は主に以下の3つの論理を用いて保護を正当化しています。
【①禁止規定の不存在】
憲法あるいは生活保護法には、自治体が生活保護法とは別に外国人保護を行うことを禁止する規定はない。

【②「寄附または補助」としての保護】
外国人保護は、生活保護法ではなく、地方自治法232条の2(公益上の必要がある場合の寄附または補助)を根拠とする自治事務として実施されている。

【③公益性・住民性の強調】
自治体が外国人保護を行うことの公益性が認められる。具体的には、人道上の観点から福祉施策を行うことは公益性がある。また、外国人であっても国籍を問わず地方自治法上の「住民」に含まれるため、外国人を含む地域住民全体の生活困窮者を減少させることは、地域全体の発展と安定につながり、自治体の役割(地方自治法1条の2)に適うものである。

このように、自治体は外国人を「地域住民」と位置付け、反差別の観点も踏まえながら、保護の正当性を主張することで、排外主義の高まりに対し一定の歯止めをかけているものと考えられます。

住む場所次第で「生活と生命が守られない状況」も…

自治体の努力にもかかわらず、外国人に対する保護のシステムは限界に近づいているとも言われています。自治体は保護費の4分の1(国が4分の3)を負担していますが、この財政負担の増加を背景に、外国人保護の運用が問題化されつつあります。
埼玉県は、被保護外国人の増加を問題視し、外国人に対する保護の準用を抜本的に見直し、国において対応することを求めています。また、大阪府では「予算の範囲内において」外国人保護措置を実施するという要綱が施行され、自治体の財政状況次第で保護が維持できなくなる可能性を示唆しています。

自治体の裁量によって保護を行うか否か判断できる状況にあるため、今後、外国人保護に消極的な自治体が現れる可能性は否定できず、「住む場所次第で外国人住民の生活と生命が守られない状況」が生じるリスクがあります。
これらの現実に鑑みれば、昨今よくSNS等で流布されている「外国人が優遇されている」「外国人のせいで財政が圧迫される」といった主張は、制度上も実務上も裏付けを欠き、到底事実に基づかない流言飛語のたぐいであることが分かります。

なぜ「外国人に対する保護」の「法制化」が求められるのか?

現在、適法滞在の外国人に対する「1954年通知に基づく保護」は継続しているものの、その根拠は法的な受給権ではなく、自治体の裁量と行政措置に依存していることから、論理的にも実態的にも限界を迎えていると指摘されています。
そこで、外国人保護の法制化が求められます。現在日本が抱えている最大の法的問題点は、日本が加入する国際条約との整合性です。
特に、日本を含む146か国が加入している難民条約23条では、合法的に滞在する難民に対し、公的扶助について自国民と同一の待遇を与えることが規定されています。
日本政府はかつて、実質的に日本人と同等の待遇をしているから問題ないとの見解を示していましたが、現在のように自治体の裁量次第で保護が行われなくなる可能性が否定できない現状では、「同一の待遇」が与えられているとは言えません。
国の恣意的な裁量や自治体ごとの運用格差を防ぎ、日本人と同等の生活実態を有し納税等の義務も果たす永住・定住外国人の生活と生命を守るために、保護の法制化が強く求められています。
外国人保護を法制化するという議論は、単に外国人の問題にとどまりません。これは、「なぜ国民の最低生活を保障する必要があるのか」という、憲法25条に基づく生活保護制度そのものの在り方を問い直す議論へと繋がります。
自治体が保護の正当性を「住民性」や「反差別」に見出しているように、国籍にかかわらず、その国で生活を構成している全ての人々に対して、国が生存権保障の責任をどう負うのかという、根源的な課題が残されているのです。


■三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)。
官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に『わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)』(ペンコム)がある。


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