昨今「生活保護の不正受給」がクローズアップされ、「生活保護バッシング」のタネになることがあります。しかし、その中には、受給者側の悪性が乏しく、「不正受給」と評してよいのか首をかしげる例も多くみられます。
その一つが、「生活保護受給者が親族の遺産を相続した場合の取り扱いの誤り」です。
「今回の遺産相続の関係者に、生活保護を受けている人が含まれているから、どのようにすべきなのか相談にのってほしい」
これは、弁護士や税理士など、遺言書の作成や相続手続きの専門職からよく筆者に寄せられる相談です。生活保護制度の運用は、その性質上、個人のプライバシーに深く関わるため、特に慎重な対応が求められます。国家資格を有する専門職でさえ、生活保護制度と遺言・相続が絡む分野については、取り扱いに苦慮するケースが見受けられます。
生活保護の実務を担当するケースワーカー等の人々にもわかりにくくなっているといわざるを得ず、実際に、誤った助言がなされるケースも散見されます。ましてや、素人である生活保護受給者に分からなくても無理はありません。
ところが、受給者が対応を誤ると「不正受給」とみなされたり、多額の保護費返還を求められたりする危険性があります。
この問題を放置しておくと、意図せぬ「不正受給」を誘発するなど、制度の信頼性を揺るがす大きな社会的問題になりかねないと、かねてより危惧しています。(行政書士・三木ひとみ)

相続で悪意がないのに「不正受給」になるケース

筆者が最も多くの質問を受けるのが、生活保護を受給している本人が親族の死亡などによって財産を相続するパターンです。たとえば、よくあるケースとして以下のようなものが挙げられます。
「ケースワーカーに『親が亡くなったから、まもなく遺産が入ってくる』と報告したら、『すぐに保護辞退届を出せば、聞かなかったことにしてあげる』と言われた」
ケースワーカーは親切のつもりで助言したのかもしれません。しかし、この助言には生活保護法上の複数の重大な誤りが含まれています。もしこの言葉通りに行動すれば、受給者本人が「不正受給」という深刻な事態に陥る可能性があります。

どういうことかというと、まず、生活保護受給者には、収入や資産状況に変動があった場合、「速やかにその旨を保護の実施機関に届け出る義務」があります(生活保護法61条)。親の死亡による遺産相続は、まさにこの「生計の状況の変動」にあたるので、届出をしないことは義務違反にあたり違法です。
また、生活保護受給者が遺産を相続した後(※)に「保護辞退届」を出しても、それだけで保護が当然に終了することにはなりません。実施機関は「遺産がいくら入るのか」を調査し、急迫した状況に陥らないことを確認する義務があります。
※遺産相続の効果は被相続人が亡くなった時(相続開始時)から発生します(民法896条参照)。

「補足性の原理」にてらし厳格にチェックされる

これらのプロセスを踏まないことは許されません。なぜなら、生活保護制度は、生活に困窮する者が、まず「その利用し得る資産、能力その他あらゆるもの」を活用することを要件として行われるべきものだからです(補足性の原理)。
相続した遺産は「利用し得る資産」に該当するので、まず最低生活の維持のために活用されなければなりません。その上で、初めて、保護の廃止(または停止)が検討されることになります。
したがって、相続開始時(親の死亡時)以降に受け取った保護費は、それが相続財産によって賄うことが可能な額について、返還の対象となります。その上で、手元になお残る額が最低生活費を上回ると認定された場合に、保護が廃止または停止されることになるのです。
たとえば、月12万円の保護費で生活している人が返還金を清算してもなお50万円が残った場合、約4か月分の生活費を得たものとみなされ、その期間は保護が停止されるのが一般的です。
このように、遺産を相続した場合は、直ちに届出を行って法の手続きを踏まなければならないのです。
にもかかわらず届出をしないことは、上述した届出義務違反にあたるだけでなく、「不正受給(生活保護法78条)」の問題を誘発するおそれがあります。また、場合によっては刑事罰の対象となる可能性もあります。
仮に不正の意図がなかったとしても、被相続人の死亡時以降に支給された保護費等の全額を徴収される可能性があります。
公務員の善意の言葉を信じた善意の市民が、そうと知らずに「不正受給」を行ってしまうという、非常に危うい事態が現に発生しています。

生活保護受給者が財産を相続した場合の「正しい行動」

では、生活保護受給者が財産を相続した場合、どのように振る舞うことが正しいのでしょうか。
まず、速やかに、相続が発生した事実を福祉事務所に届け出てください(生活保護法61条)。 相続の発生を知った時点で、速やかに福祉事務所のケースワーカーに伝えることです。
そうすれば、たとえケースワーカーが誤った教示をし、それに従ったとしても、少なくとも故意による不正受給とは認定されずに済むと考えられます。
その後、所定の期間内に相続放棄をした場合には、相続財産について何らの権利義務も生じません。
これに対し、相続した場合には、上述したように、遺産の全額を「最低限度の生活の維持のために活用する」ことが求められます。
まず、金銭や預貯金については、原則として直ちに最低生活の維持のために活用されることになります。ただし、例外的にその一部を「自立更生のために当てられる額」として、収入に算入しない(生活費への充当を求めない)取り扱いが可能です。これには、生業費(就職活動や事業に必要な費用)、技能修得費、滞納していた医療費の支払い、子の就学資金などが含まれます。

他方で、金銭や預貯金以外の「現物」については「資産活用」が求められます。最も問題が複雑になるのが不動産です。
自身が居住するための不動産については、資産価値が著しく高額でない限り、そのまま保有が認められ、住み続けることができます。
65歳以上の受給者の場合、基本的に「要保護世帯向け不動産担保型生活資金」(リバースモーゲージ型貸付)の活用を優先することが求められます。これは、自宅に住み続けながら、その土地・建物を担保に生活資金を借り入れ、死亡時に清算する制度です。
ただし、その不動産を受給者が他の兄弟姉妹等とともに共同で相続する場合、その不動産は上記の「リバースモーゲージ型貸付」の対象外となります。
これらの知識は、実務の現場でも、残念ながらあまり定着しているとはいえません。「悪意のない不正受給」の事例をなくすために、行政内部での確実な知識の共有と定着、および、生活保護受給者を含めた一般市民への啓発活動が求められます。

生活保護「受給者」が死亡したら?

最後に、生活保護受給者が亡くなった場合に、その人の遺産を相続する親族等が知っておくべきことについても、説明しておきます。
まず、生活保護法には、葬儀(火葬など最低限のもの)を行うための「葬祭扶助(そうさいふじょ)」という制度があります。これは、実際に葬祭を行う人(相続人や家主など)に対して支給されます。支給されるのは、次のいずれかの場合です。

①遺族が困窮している場合:葬祭を行う扶養義務者(相続人など)がいるが、その人自身も生活に困窮していて葬儀費用を出せないとき。
②遺族がいない(不明な)場合:亡くなった方に葬祭を行う扶養義務者がおらず、故人の遺留金品だけでは葬儀費用をまかなえないとき。

申請は、原則として葬儀を行う人が、故人の居住地(または現在地)の福祉事務所に対して行います。
ただし、故人が残したお金や物品(遺留金品)がある場合、まず葬儀費用に充当されます。保護の実施機関(役所)は遺留金品のうち金銭や有価証券を葬祭扶助の費用に充て、それで足りなければその他の遺品(物品)を売却して充当することができます。
葬儀費用を支払ってもなお遺留金品が残った場合、福祉事務所はそのお金を勝手に保護費として回収することはできません。
相続人が明らかである場合は、その相続人に引き渡されます。相続人がいないか不明な場合は、福祉事務所は速やかに、相続財産の清算人の選任を家庭裁判所に請求し、選任された清算人(弁護士などが選ばれます)に財産を引き渡す必要があります。その後は、法的な相続手続きに従って、財産が清算・分配されます。


■三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)。官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に『わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)』(ペンコム)がある。



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