「給料増える?」「残業なくなる?」労働基準法、約40年ぶり“大改正”は会社員に“朗報”なのか?【弁護士解説】
2026年、労働基準法が大改正へと大きく動く。約40年ぶりの抜本的な見直しになると言われ、多様化した現状の働き方に合わせたルール改編を目指し、今年の国会で審議される見通しだ。

その背景や、会社員への影響はどうなるのか。労働関連の法律に詳しい向井蘭弁護士に聞いた。

働き方改革第2章」でなにが変わる?

1987年の大改正以来、約40年ぶりとなる今回の改正は、2018年の働き方改革関連法(時間外労働上限規制など)の検証を経て、「働き方改革第2章」とも呼べる抜本的な見直しと位置づけられている。
向井弁護士はその狙いについて、次のように解説する。
「今回の改正の本質は、昭和22年(1947年)制定当初の『工場労働モデル(一律の時間管理)』から、デジタル時代の『自律的労働モデル』への入れ替えです。
企業側弁護士の視点では、政府の狙いは以下の2点にあると考えます。
ひとつは『時間管理』から『健康管理』への重点シフトです。
これまでの労基法は『時間を管理すること』が目的化していました。しかし、テレワークやデジタル技術の活用により、働く場所や時間は流動的になっています。
今後は『何時間働いたか』よりも、『心身の健康が保たれているか』を企業に厳しく問うシステムへ変化します。企業は、単にタイムカードを押させる管理から、実質的な健康確保措置(休息の確保)へリソースを割く必要に迫られます。
もうひとつは『保護』と引き換えの『自律』です。
柔軟な働き方は、企業が一方的に命令するのではなく、社員が自律的に働くことを認める制度です。
しかし、そこにはリスクもあります。今回の改正は、社員に自律(裁量)を与える代わりに、企業には過重労働を防ぐ『安全装置(インターバル規制等)』を義務付ける、というバーター取引のような構造を目指しているといえます」
40年前の会社員は残業当たり前、終電間際の帰宅も珍しくなかった。残業代もしっかりと支払われていたが、社員は心身をすり減らしていた。それが高度経済成長を支えていたともいえるが、とうてい健全とはいえなかった。

休みや労働時間に大きな変化が

そこで、現在までに、「13日超の連続勤務の禁止」や「勤務間インターバル制度の義務化(原則11時間程度の休息確保)」など労働者の健康確保を重視した規定や、年次有給休暇取得時の賃金算定方法の日給制・時給制従業員に不利になりにくい「通常の賃金」方式を原則とすることなど多岐にわたる項目の改変が議論・検討されている。

改正へ向け議論されている主な項目

「休息の確保については『13日超の連続勤務禁止』や『勤務間インターバル制度』の導入は、実務上、非常に大きなインパクトがあります。これまで『繁忙期だから』『顧客対応だから』という理由で黙認されていた長時間労働や連勤が、物理的に(法律的に)不可能になります。
社員にとっては『休息が権利として保障される』安心感につながりますが、一方で、『稼ぎたい社員』にとっては残業代減少というデメリットも生じます。特にシフト制の現場では、人手不足の中で『もっと働けるのに法律のせいで働けない』というジレンマが、労使双方に生じる可能性があります。
有給休暇の賃金算定(「通常の賃金」化)については、これまで日給・時給制の方などが有給を取ると、平均賃金計算などの関係で『働いた日より手取りが減る』ケースがありました。これが『通常の賃金(働いたとみなして支払う額)』に統一されれば、社員は経済的な不利益を気にせず有給を取得できるようになります。
企業側としては人件費の予測がしやすくなる一方、平均賃金計算方式を採用していた企業にとっては、実質的なコスト増となります。しかし、これは『休むことへの心理的・経済的ハードルを下げる』ための不可欠な措置であり、企業も『休みやすい環境』を整備しないと選ばれない時代になることを示唆しています」

「新たなみなし労働時間制」で労働時間どう変わる?

改正の議論では、在宅勤務に限定した「新たなみなし労働時間制」の導入、法定労働時間週44時間の特例を廃止し、一律週40時間制に統一する案も提案されている。これらはどのような意義があるのか。

「現行法では、在宅勤務でも『労働時間の把握が可能なら、きっちり管理せよ』というのが原則です。しかし、新しい制度では、一定の要件(本人の同意や健康確保措置など)を満たせば、実労働時間に関わらず成果や遂行に対して賃金を払う道が開かれます。
ここで重要になるのは『本人の同意』と『解除権』です。社員が『この働き方は無理だ』と思えば制度から離脱できる仕組みがセットになります。企業にとっては、社員に『この会社で自律的に働きたい』と思わせ続けるエンゲージメントの維持が、制度運用の鍵となります。
商業・サービス業等の小規模事業場で認められていた『週44時間』の特例廃止については、日本の労働社会が『規模に関わらず長時間労働を是としない』という最終段階に入ったことを意味します。
小規模事業者にとっては過酷な改正ですが、これは『人手を安く長く使うビジネスモデル』からの転換を迫るものです。社会全体として、長時間労働是正の例外をなくし、効率化や価格転嫁を進めるきっかけとなるでしょう」
馬車馬のように働き、心身をすり減らしながら、日本経済を支えてきたかつての会社員。そのルール上の負の部分をできる限り解消し、より健全で、デジタル時代の現代に合わせようという意図が強くにじむ、大改正の議論。

労使関係にも大きな変化が

向井弁護士がその中で、企業にとって「隠れた最大のリスク」と指摘する項目がある。労使コミュニケーションの透明性・適正性を高める論点だ。
「『過半数代表者の選出厳格化』は企業にとって‟隠れた最大のリスク”です。
これまで多くの中小企業では、曖昧な形式で選ばれた従業員代表者などが形式的に36協定(残業協定)にサインしていましたが、今後はそれが通用しなくなります。

選出プロセスが厳格化されると、社員側が『今の残業条件には合意できない』と拒否権を発動するケースが増えるでしょう。企業は、社員に対して『なぜこの働き方が必要なのか』を説明し、納得を得なければ事業が回らなくなる、真剣勝負の労使交渉が求められるようになります。
『労働時間の実態開示』は、労働市場における企業の『健康診断書』のようなもの。求職者は給与だけでなく『実際の残業時間』や『有給取得率』を見て会社を選びます。情報開示が義務化されれば、長時間労働が常態化している企業は採用競争から脱落します。
つまり、法律を守るためだけでなく、『生き残るための経営戦略』として労働環境を改善せざるを得なくなるという、市場原理を使った強制力が働くことになります」
ルールを現状に合わせるだけでなく、企業と労働者の関係をできる限り対等に近づける。こうしたことまで踏み込んで議論されているからこそ、「大改正」として注目されている。

結局、企業は、そして働き方はどうなる?

今年はその議論が最終局面に入ると見込まれるが、施行は2027年以降とみられる。その時、企業は、そして会社員のみる景色はどう変わるのか。
「今回の改正で求められているのは、企業に対する『管理』から『信頼』への転換です。これまでの労務管理は『サボらないように時間を管理する』でしたが、これから求められるのは『社員の健康を守り、パフォーマンスを最大化する環境を整える』こと。
そうなると特に2026年以降は、『選ばれる企業』と『選ばれない企業』の二極化が加速するでしょう。
法律のギリギリを攻めるのではなく、法改正を機に『うちは社員を大切にする』という明確なメッセージ(人事ポリシー)を打ち出せるかどうかが、企業の存続を左右することになると思います」


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