2025年は令和では7年だが、「昭和100年」とも呼ばれ、昭和レトロブームも一部で盛り上がりを見せた。
63年続いた昭和の時代に青春時代や社会人生活を送った「おじさん世代」はまだ現役でオフィスに多数在籍する。

「遠山の金さんはやっぱり‟杉良”だよね」
「年末といえば赤穂浪士だよね、やっぱり」
職場や飲み会の何気ない雑談で、昭和の芸能人や当時の流行をあげ、キョトンとする部下に「○○知らないの?!」と信じられないような表情で一言つぶやく。
そうした一言一言が、若手社員の心に深く刻まれ、やがて「ハラスメント」として認識されるかもしれない。
では、昭和レトロブームの一方で、職場では何が「許される雑談」で、何が「許されないハラスメント」なのか、境界線はどこにあるのだろうか。

職場でよく聞く「昭和トーク」

平成生まれの部下たちが経験する「ハラスメント」には次のようなものがある。
【ケース1】知識テストおじさん
会議中や雑談の中で、部下に対し「○○の映画、見たことある?」と話しかける。部下が「いいえ、見たことがありません」と返答すると、上司は「えっ、嘘でしょ?本当に?」と過剰に驚く。さらに「信じられない。人生、損してるよ」と続ける。
これが一度ではなく、繰り返し行われる。別の日には「△△という人物を知らないのか」と“昭和テスト”が続き、部下は、自分の知識の欠落を指摘される度に、精神的なプレッシャーを感じるようになっていく。
【ケース2】教養の押し付け
「クリエイティブな仕事をするなら、小津安二郎監督の映画は必ず見ておくべき」
「松下幸之助の著書を読まないなんて、ビジネスマンとして失格だ」
業務時間外での視聴や読書を強く勧める。表面上は「部下のためのアドバイス」だが、部下にとっては「プライベート時間への侵害」であり、暗黙の圧力を感じるきっかけになるだろう。
業務終了後に「あの本、読んだ?」と確認されるようになると、事実上の「学習強要」とも思われかねない。

弁護士に聞く「ハラスメント」の境界線

こうした行為がハラスメントとして認識されるのは、なぜなのか。労働問題に詳しい宮寺翔人弁護士は、まず、ハラスメントの定義について「職務上の地位や人間関係という職場内の『優越的な関係』を背景として、業務の適正な範囲を超えた言動で、精神的・身体的苦痛を与えたり、就業環境を悪化させたりする行為」と説明する。
その上で、宮寺弁護士が強調するのは、「単なる雑談」と「ハラスメント」の分岐点だ。
「業務とは無関係な昭和の映画や芸能ニュース、昭和の出来事を部下に話したとしても、単に雑談として聞くだけなら、他の話題と同じように精神的・身体的苦痛を与えるものではなく、ハラスメントには該当しません」
では、どこからが「ハラスメント」に変わるのか。
宮寺弁護士は以下のように説明する。
「たとえば【ケース1】のように、部下が『このドラマ、知りません』と答えたとき、『これを知らないのは教養がない』『若い人はこれだから困る』と、知識の有無を執拗に試す言動は、上司が優越的な関係を利用して、業務の適正な範囲を超えて部下に精神的苦痛を与えるような言動といえます」
さらに、部下を「常識外れ扱い」する言動を繰り返すことも、ハラスメントとして認定される可能性が高い。
「『えっ、知らないの?人生損してるよ』というように部下を『常識外れ扱い』する言動を繰り返すことも、部下に対し精神的苦痛を与えたり、就業環境を悪化させるような言動といえます」(宮寺弁護士)
また、業務時間外の学習を「強く推奨」することも、パワーハラスメントの類型である「個の侵害」(私的なことに過度に立ち入ること)にあたるという。
「上司が部下に対し、業務のために適切と思われる教材の視聴や学習を勧める行為自体は、教育指導として認められる余地があります。
しかし、業務時間外は部下のプライベートな時間です。それを【ケース2】のように、執拗に押し付けることは、『個の侵害』に該当し得ます」(同前)

部下が「勉強になります」と言っていたら?

ここで、多くの上司が疑問を抱くだろう。
「でも、部下も楽しそうに聞いていたし、『勉強になります』と言っていたし…嫌がっていたとは思えない」
しかし、宮寺弁護士は、このような弁明は、社内調査や裁判の対象となった場合「あまり有効ではない」と指摘する。
「ハラスメント行為を受けた部下は、内心では上司の言動に著しい不快感や嫌悪感を抱いたとしても、人間関係の悪化や会社内での評価低下を懸念して、上司の目の前で直接抗議をすることは少ないと考えられます。
そのため、部下が上司の言動をはっきり拒絶することなく、かえって迎合するような態度を示していたとしても、そのことだけをもってハラスメントに該当しないということにはならないでしょう」(宮寺弁護士)
もうすぐ令和8年。
昭和・平成の悪しきハラスメント文化とは別れを告げるべきだろう。


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