定期便ゼロで約50年、反対運動の歴史も… 最弱の「福井空港」は“再始動”するか
2024年3月の北陸新幹線福井・敦賀開業により、福井県は悲願の首都圏直結が実現した。
その陰で、開港されているにもかかわらず、約50年もの間定期便が存在しない“日本最弱”の「福井空港」が県内に存在していることをご存じだろうか。

福井空港は1966年に開港したが、需要の伸び悩みや採算性の悪化、そして隣県の石川県にある小松空港との競合などにより、わずか10年後の1976年に定期便が休航。
また、空港がある旧・春江町(現・坂井市)の地域住民を中心とした反対運動なども重なり、空港の拡張整備計画は2003年に中止となった。
しかし、開業から60年を迎えるにあたり、再整備計画が始動している。
本記事では福井空港が抱える課題や今後について、「福井を空からも発展させたい」と活動を続ける福井県議会議員で弁護士の山浦光一郎氏、当時の反対運動を知る市民団体「市民オンブズマン福井」幹事の大久保公夫氏に話を聞いた。(聞き手:岩田いく実)

今ある形を生かした福井空港再整備を目指す

筆者は2025年12月某日、福井空港を訪ねた。福井空港は1966年に竣工し、今年「還暦」を迎える。建物は全体的に老朽化しており、訪問客もわずかな様子だった。
しかし、この小さな空港は地元住民も知らない意外な活躍を見せている。2023年には小型機1676機、グライダー940機など合計4623機が着陸しており、2019年の合計3491機と比較しても堅調な伸びだ。実は、福井空港はグライダー訓練の聖地とも呼ばれており、主に関西方面からの訓練生も多い。
2024年の能登半島震災時にも防災拠点として活躍し、輪島市からの患者受け入れに利用された過去がある。
福井県福井空港事務所によると、現在5か年計画で再整備を進めており、2025年7月に策定した「福井空港ビル再整備構想」に沿って老朽化した福井空港ビルを建て替える予定だ。
観光・ビジネス利用ニーズ、そして防災時にも対応できる空港を目指し、駐機場(エプロン)の拡張などを予定している。
基本的に今ある機能を継承するため、以前地元住民によって起こされた反対運動の焦点でもあった「拡張化によるジェット機就航」は再整備計画では目指していない。
そこで、福井県内の首長や県議が参加する「福井の空を語る会」に所属し、2025年9月福井空港~新潟空港間で行われたトキエア株式会社による試験飛行(プロペラ航空機:ATR42-600)にも参加した、弁護士でもある山浦光一郎・福井県議会議員(自民党)に再整備計画の内容や今後の展望を聞いた。
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山浦光一郎・福井県議会議員

福井空港の再整備計画が始動し、航空会社のトキエアによる試験飛行がありました。山浦議員も搭乗されたとのことですが、いかがでしたか。

山浦議員:「非常に快適でした。福井から新潟まで40分ほどで着いてしまう。福井から新潟は、通常車でも電車でも4時間以上移動に要する地域なので、この体験は衝撃的でもありました」

今回は観光需要の模索のための試験飛行だったそうですね。今後はどのような就航を目指すのでしょうか。

山浦議員:「毎日飛ぶ定期便ほどの需要は難しいかもしれませんが、スポット利用の可能性を模索しています。記念日の家族旅行や福井へのツアー観光などに利用していただけるのではないかと。『特別な日を飛行機で演出する』という体験は価値があると思いますので、恐竜博物館や永平寺などの県内観光と組み合わせて模索していきたいですね」

福井県として、今後どの地域との連携を視野に入れていますか。

山浦議員:「今回は新潟を拠点とするトキエア様にご協力いただきましたが、福井空港の就航については新潟だけに限る必要はありません。
例えば東北、山陰、四国など、県内から鉄道や車ではアクセスが不便な地域は全国にあります。
道路網や新幹線は『線』で結びますが、航空なら『点』でつなげることができる。地方にとっては、点の交通網は観光や経済に欠かせないのではないでしょうか。防災拠点としての機能は非常に重要ですし、活発な再利用につなげるためにも、活用の道を県としても議会としても模索していきたいですね」

福井空港計画凍結:その舞台裏で何が起きていたのか

再び注目を集めつつある福井空港。しかし、この場所はかつて17年に及ぶ市民による反対運動と行政との激しい対立があった地でもある。
そこで、福井空港建設反対運動のメンバーとして活動し、現在は「市民オンブズマン福井」を通して県政を見つめる大久保公夫氏に、当時の反対運動の概要や再整備についての考えを聞いた。

反対運動が行われていた当時、市民が最も強く感じていた懸念は何だったのでしょうか。

大久保氏:「一言で言えば『うるさい、危ない』です。最初は本当にそれだけでした。福井空港は坂井平野と市街地に近く、農地と住宅地が混在するエリアにあります。私たちは拡張工事によってジェット機が飛んだ場合、生活に影響する音はどうなるのか。事故が起きたらどうするのかを強く懸念していました。
決して難しい理屈じゃない。
生活に直結する、当たり前の不安が出発点です。しかし、運動が長期化するにつれ、争点は単なる環境や騒音問題にとどまらなくなっていきました。当時の行政が選んだのは『説得』ではなく『分断』の工作であり、身近なご近所さん同士を分断する行為でした」

反対運動に対し、県はどのような対応を取ったのでしょうか。

大久保氏:「賛成を増やすのは難しい。だから『反対を切り崩す』やり方を取ったんですね。
しかし、直接の金銭配布はできない。代わりに行われたのは、飲食の提供、視察と称した慰安旅行や賛成地区への優先的な下水道整備などでした。賛成すれば下水道が通る、反対すれば何も来ない。こうした手法は、地域社会に深い分断を残しました」

経済的な合理性については、どう見ていましたか。

大久保氏:「はっきり言って、最初から儲からない計画でしたよね。だから定期便も長らく就航していません。一時期、YS-11で定期便を飛ばしたことがありますが、客がいなくて、成り立たなかった。
一度飛び上がって石川県の小松空港で客を拾って、また飛ぶような状況でした」

最終的に計画が凍結された最大の要因は何だったのでしょうか。

大久保氏:「反対運動が勝ったとは思っていません。『負けなかった』だけです。反対運動が長く続けられていく中で、佐賀、能登など地方空港を次々作った結果、国も『これ以上は作っても運営できない』となった。つまり、無理矢理進めようとしても時間切れになったんですよ。
また、民主党政権(2009年~2012年)の『無駄な公共事業はやめろ』という空気は大きかった。数字をきちんと見たら、成り立たないことがはっきりしたため、凍結が正当だという判断になりました」

現在、福井空港の再整備が話題になっていますが、今のお考えをお聞かせください。

大久保氏:「防災や医療、経済的発展に利用できるなど、『今あるものを細く長く使う』なら反対しません。むしろ、今ある福井空港を採算が見込める形で運営するのであれば、空港が無駄な遺産にならない。福井県、周辺隣県のためにも歓迎です。
2024年1月に起きた能登半島震災でも、福井空港は重要な防災拠点として機能しました。ただし、反対運動当時よりも福井空港周辺地域と言える森田地区を中心に人口が増えています。
環境条件は反対運動当時より厳しいでしょう。周辺市民の声を丁寧に拾いながら再整備を進めてほしいと願っています」
トキエア株式会社の長谷川政樹代表取締役COOは「今後も福井県様と連携し、まずはチャーターで実績を積んでいくとともに、今後のターミナルの改修等につきましても弊社機が運用しやすくなるよう意見交換させていただけたら」と語る。
60年の時を経て、再び広い空へ翼を広げようとする福井空港。
今後単なるローカルの航空政策としてだけではなく、「地方と地方をどう結ぶか」という、日本全体の交通政策の一つのモデルになるかもしれない。
■岩田いく実
損害保険会社、法テラス、一般民事系法律事務所に勤務後、ライターに転身。パラリーガル経験を活かし、年間60人を超える弁護士・税理士を取材。相続や離婚、不動産売却、債務整理、損害保険などのテーマを中心に執筆。第一法規『弁護士のメンタルヘルスケアの心得』で記事執筆、自主出版に『ルポ豊田商事』がある。


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