日本国憲法25条は、すべて国民が「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を有すると定めており、この生存権を具現化する最後のセーフティーネットこそが生活保護制度です。
本来、この制度は「法の下の平等」の理念(憲法14条)、法律による行政の原理(憲法41条等)に基づき、生活に困窮する全ての国民に対し、その要件を満たす限り無差別平等に適用されなければなりません。

しかし、私が行政書士として全国の相談を受けてきた経験にてらせば、現実はそうなっていません。全く同じような困窮状況にありながら、住んでいる自治体や担当ケースワーカーの違いという偶然や運によって、審査結果が大きく異なってしまう地域差の問題があります。
ある都道府県では救われる命が、別の地域では救われない。全国一律に適正かつ統一的な運用がなされるべき公的扶助の世界において、決してあってはならない地域格差の実例を解説します。(行政書士・三木ひとみ)
※本記事で紹介する事例に登場する人名はすべて仮名としております。

騒音被害を理由に「引越し費用」を認めたケース

生活保護制度において、住環境の変更に伴う一時金、いわゆる「引越し費用」の支給の認定基準は、地域格差が最も顕著に現れる分野の一つです。
まず、昨年、兵庫県内の福祉事務所で「引越し費用」の支給が認定されたタマヨさん(40代女性)の事例を紹介します。
タマヨさんは精神疾患を抱え働けない状態にあるため、生活保護を受給しています。過去に一度、事情により引越し費用を申請し、認められた前歴があります。
ところが、その転居から数年後、新たに越してきた隣人による騒音被害に悩まされ、症状を悪化させてしまったのです。外出もままならず、主治医も「転居が必要」と診断。やむなく転居することを決めました。
二度目の引越し費用の申請だったため、当初は「支給はなかなか難しいだろう」と身構えていました。
しかし、結果は実にすんなりと支給されました。これは生活保護手帳の問答集にある「病気療養上著しく環境条件が悪いと認められる場合」という基準に照らせば、しごく真っ当な判断だったと言えます。

虐待・性暴力があっても「転居」を認めなかったケース

しかし他方で、同じ日本でも、虐待・性暴力を受けたため転居を希望し「引越し費用」の申請をしたにもかかわらず、認められなかったケースがあります。
千葉県内の介護施設に入所していたノリコさん(80代女性)は、視力をほぼ失い、重い病を患い余命いくばくもない状態で、施設での虐待が強く疑われる凄惨な状況にありました。主治医がノリコさんに十分な水分をとらせるよう指示していたにもかかわらず、医療資格のない施設長が頑なに「糖尿病」を理由として水を飲むことさえ禁じ、娘のユウコさん(50代)さんが時折差し入れる飲み物も取り上げるなどしていました。
見るに見かねたユウコさんは、勤務先会社に事情を説明し、ひとまずノリコさんを職場の倉庫の一室に避難させ、仕事の合間に世話をすることとしました。そして、福祉事務所に、安全な施設へ転居させるための費用を申請しました。
ところが、福祉事務所はわずか2週間足らずで「却下」を決定。ノリコさん本人や主治医への聞き取りが行われた形跡はありませんでした。結果、ノリコさんは別の施設に転居できないまま、避難先の仮住まいで亡くなりました。
さらに戦慄を覚えるのは、公務員による性被害が絡むケースです。東京都内で一人暮らしをしていたエリコさん(20代女性)は、あろうことか担当の男性ケースワーカーから、家庭訪問中に立場を利用した性被害を受けました。
加害者が自分の住所も間取りも完全に把握しているという危険な状況下で、エリコさんは「生命の安全が脅かされている」として、転居のための引越し費用の支給を申請していました。
しかし、福祉事務所側は当初「見積書等の提出がなく具体的な金額が不明であるため」という理由により申請を退けました(後述しますが、この理由は真実に反していました。また、そもそも書類の不備だけでは申請却下の理由にはなりません)。
エリコさんは自宅で薬物の大量服用による自殺未遂を図るまで追い詰められました。
私はある深夜、エリコさんから「今までありがとうございました。もう生きていけないです」というメールを受信し、すぐ警察へ通報。駆け付けた警察官が玄関で倒れているエリコさんを発見し、一命を取り留めました。
後に私が福祉事務所側に問い合わせると、公式文書に記載された上述の理由(「書類が出ていない」など)について、職員が「そこは理由じゃないんです」と否定したのです。福祉事務所長の名前と捺印がある公式の文書に、真実でない理由を記載していたことになります。
騒音被害で引越しが認められる地域がある一方で、高齢者の生命に関わる危機や公務員による性被害があっても「認められない」と突き放される。この極端な地域格差は、人権侵害の域に至っているといわざるを得ません。
このような事例の多くは報道されません。テレビや新聞で報じられるのは氷山の一角です。

「親族の協力」を盾にした“水際作戦”も

さらに地域格差を際立たせているのが、生活保護法4条の「扶養優先の原則」の誤った運用です。
法律上、扶養義務者からの援助は「保護の要件」ではなく、あくまで「優先」されるべきものに過ぎません。実際に援助が得られないのであれば、ひとまず保護を開始して、その後に、必要に応じて親族への調査を行うべきなのです。
しかし、現場での対応は必ずしもそうなっていません。
リュウタさん(70代)は、婚姻関係が破綻し別居していた妻のサユリさん(70代)が認知症を患ったため、その生活を経済的に支え続けていました。短期間で体重が10㎏以上激減するほど疲弊した挙げ句、サユリさんを代理して生活保護の受給申請を行いました。
サユリさんは無年金状態で、リュウタさんに経済的に全面的に依存していました。介護施設の施設代も支払えない状態。保護申請が却下される法的要素は見当たりませんでした。
しかも、リュウタさんは自身も健康を害しているなか、申請のための書類を、周囲の手を借りてやっとの思いで作成しました。
にもかかわらず、その申請が却下され、却下書面にはその理由として「親族(※リュウタさんをさす)が調査に協力をしなかった」と記載されていました。
担当職員はリュウタさんに対し「もっと協力すれば、サユリさんに保護を受けさせてやる気はあった」「嘘をついている」などと暴言を吐いたといいます。
結局、福祉事務所を管轄する県に事情を説明し、再申請に至りました。
現在、審査中です。
実際に本人が無年金で明白な困窮状態にあるにもかかわらず、病気の夫に扶養照会を強要する行為は、明らかに法の趣旨に反しています。
リュウタさんに限らず、「家族として面倒を見なければ」と、自分の食費を削り、貯金を使い果たし、借金をしてまで高齢の家族を支え続け、共倒れになるケースが日本中で散見されます。働いても働いても、苦しいぎりぎりの生活をしている家庭が少なくありません。
母親を経済的に支えきれず、悩んだ末に母に生活保護を受給させた50代男性は、次のように語ります。
「家族の保険まですべて解約し、貯金を使い果たし、借金までしていました。もう、自分も定年間近なのに、老後の資金もありません。そうなる前に、母に生活保護を申請させればよかった」
このような悲痛な声を、私は幾度となく聞いてきました。私のような民間のいち行政書士に、生活保護の相談などする必要のない社会であるべきです。

強引な「扶養照会・調査」で申請を諦めさせる手法も

さらに悪質なのは、親族に対し圧力をかける手法です。
厚労省の通知では、親族関係が著しく不良な場合や、扶養照会によって自立に支障を及ぼす恐れがある場合は調査を控えるべきとされています。
しかし、一部の自治体では、「親族を追い込めば申請を諦めるだろう」とばかりに、悪質な水際作戦の道具としてこの扶養照会・調査が悪用されていることがあります。
実際に、受給申請者の親族が自治体に対し「これ以上の支援は不可能だ、生活の平穏を守るために訪問調査は控えてほしい」と明確に伝えていたにもかかわらず、職員がアポなしで親族宅を訪問。
窓を叩いて怒鳴り散らすなどの、まるで取り立て屋のような威圧的行為に及んだケースがあります。
家族から相談を受けた私が自治体に抗議したところ、自治体側はすぐに謝罪しました。しかし、職員の行為が親族の一人にストレスを与え、体調を崩し入院を余儀なくされてしまいました。

「法の下の平等」を取り戻すために

保護申請や給付申請に対し却下・拒否が行われたケースでも、私のような行政書士等の第三者が介入し、「全く同じようなケースで、〇〇県〇〇福祉事務所で〇年〇月〇日、支給が認められています」といった具体的な先例や裁判例を示すと、驚くほどあっさりと、決定が覆ることがあります。
行政の現場では、生活保護手帳や問答集といった「共通のルールブック」が存在しているにもかかわらず、各自治体や担当者の解釈の統一が徹底されておらず、それが地域差として現れています。
生活保護制度における地域差を是正するためには、行政の恣意的な裁量を許さない厳格な運用体制の構築、そして、一般国民の側でも不当な決定に対して声を上げる「権利意識」の向上が不可欠です。
本記事を読んでいる皆さんに知ってほしいのは、日本の法制度は本来、救われるべき命が、どこに居住しているかという偶然の事情によって選別されることを許容していないという事実です。
行政が個別の事情に真摯に向き合い、法の理念に立ち返り公正な判断を行うという本来のあり方を実現するために、私たちは、法制度の適用・運用に矛盾や不公正があれば、それを指摘し続けなければなりません。


■三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)、社会保険労務士(ひとみ社労士事務所)。官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に『わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)』(ペンコム)がある。


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