2003年。携帯電話の端末はガラケーで、iモード、EZweb、J-スカイの時代だ。
誰もがなんでも検索して即座に裏取りできる、という環境ではなかった。そんな頃に、都内で「有栖川宮記念奉祝晩餐会」なる催しが行われ、約400人が集った。
これは、大正期に断絶した旧宮家「有栖川宮家」の後継者を自称し、「有栖川識仁(さとひと)」と名乗る男性と、その妃になるという女性との結婚披露宴を装った偽りのパーティだ。目的は祝儀などの詐取にあったため、内容はなにからなにまでデタラメだった。(ライター:ミゾロギ・ダイスケ)

皇室の式典ではありえない展開が続々

晩餐会は、2003年4月6日に、東京都港区の地下にある会員制クラブで開かれた。過去の例に照らし合わせれば、宮内庁が関与する男性皇族の結婚披露宴にあたる式典は、皇居・宮殿、または閉鎖性の高い旧三菱財閥(岩崎家)系の迎賓施設「開東閣」で行われている。「地下の会員制クラブが会場」という設定は、警備面を考えてもリアリティがなかった。
そして、立食形式で提供された料理も豪華絢爛(けんらん)なイメージとは異なった。全国紙が伝えたところによると、なかにはクラッカーがあったという。引き出物はバウムクーヘンだったとの報道もある。
また、新郎新婦は複数回着替えを行ったとされる。新郎は古装束、新婦は十二単の装いで登場した一方で、別の場面では新郎が旧日本軍の軍服らしき衣装を、新婦はウエディングドレスを着用していた。日本国憲法下で、皇族が旧日本軍の軍服を着用するのはまったく現実的ではないし、妃になる人が晩餐会でまとう洋装の正礼装は、ローブ・モンタント、ローブ・デコルテといったものであろう。

さらに、招待客が新郎新婦と一緒に写真を撮影すると1万円が徴収され、別途、会場内に記念写真の特設売り場もあったというから、驚きを禁じ得ない。そしてなにより、大々的なメディアの取材も、厳重な警備体制も見当たらなかった。

宮家の式典に皇族不在の不思議

では、招待客はどんな面々だったのか? 男性皇族の結婚披露宴に相当する式典であれば、列席者には皇族方のほか、三権の長など国を代表する要人が並ぶ。しかし当然ながら、このパーティには皇族や政府要人は出席しなかった。
一方で、会場には俳優のI、タレントのE、ミュージシャンのDら著名人の姿があった。Iはスピーチをしたとされる。こうした人たちは、のちに「主催者側に依頼されて事情を知らずに顔を出した」といった旨を証言しており、いわば「会場の華」として利用されたと理解できる。本来、皇室の婚礼式典は、テレビで見かける芸能人がゾロゾロと列席するような性格のものではない。
仮に「国民に広く門戸を開いた式典」という特例的な趣旨だとすれば、経済、学術、文化、スポーツなど各界の功労者をはじめ、社会貢献者や地方の代表などが並び、そのなかに長いキャリアを誇り文化的功績が広く認められている歌舞伎俳優や落語家、俳優などがわずかに含まれるような形ではないだろうか。
やがて判明することだが、主催者は名刺交換をしたことがあるなど、連絡先が分かる約2000人に招待状を無差別に発送しており、出席者の大多数は、それに応じて出席の返事をした人たちだった。招待客が仮に「インチキ臭いな」「しょぼいな」と思っても、披露宴の体裁である以上、払った祝儀を「返せ」とはいえない。そのような構造になっていた。

自称「有栖川識仁」と妃役の女は婚姻届を出していなかった

警視庁公安部がこのパーティの関係者を逮捕したのは、開催日から半年後の10月21日のことだ。
京都府の41歳の男性Y(自称「有栖川識仁」)、妃役の45歳の女性H、そしてイベント企画会社の42歳の男性Nら3人だ。約1200万円の現金と高級絵画をだまし取った疑いである。
有栖川宮家とは無関係のYは、10年以上前から「有栖川宮」を名乗り、政治団体を設立しつつ、顧問料を得るなどしてその偽りの身分を生活の糧としてきたと報じられた。マルチ商法との関与も取り沙汰された。また、「有栖川識仁殿下」と記した名刺を配っていたことも明らかになっている。
ここでも、敬称である「殿下」を自称するというお粗末なウソがあった。YとHは前年10月に知り合ったが、婚姻届を役所に提出した事実はなかった。
裁判の結果、Nは従犯(幇助犯)として執行猶予付きの有罪判決となったが、YとHには懲役2年2か月の実刑判決が言い渡された。なお、参加者のなかに「皇族関係者でないと知っていた者が76人いた」とされ、この76人に対する詐欺罪の成立は否定された。つまり、ニセモノと分かった上で出席した人が一定数存在したのだ。
虚栄心を満たすため、あるいは自分のビジネスや人脈作りに利用するために出席した者もいた、ということなのだろうか…。
■ミゾロギ・ダイスケ
昭和文化研究家、ライター、編集者。
スタジオ・ソラリス代表。大学の文学部を卒業。スポーツ雑誌、航空会社機内誌の編集者を経て独立。『週刊大衆』をはじめ、各媒体で執筆活動を続ける。犯罪、芸能全般、スポーツ全般、日本映画、スキー、プロレスなどを守備範囲とするが、特に昭和文化研究はライフワークだ。著書に『未解決事件の戦後史』(双葉社)。


編集部おすすめ