受験勉強においては、特有の「過集中」や「こだわりの強さ」が有利に働くこともあるが、いざ実社会に出ると、臨機応変な対応や空気を読む力が求められ、そのギャップから「高学歴なのになぜ仕事ができないのか」という無理解な小言に晒(さら)され、心身を病むケースも少なくない。
「100人いたら100通りの障害」と言われるほど特性は多様だが、周囲が抱く固定化された「エリート像」との乖離(かいり)は、当事者を深く孤立させる要因となっている。
本稿では、慶應義塾大学を卒業後、就職活動での挫折や周囲からの心無い言葉を経て、現在は脚本家として活動するMさん(30代女性)の事例を紹介する。高学歴であっても避けられない社会での生きづらさと、自身の特性を理解し、自分の居場所を見出していくまでの実態に迫る。
※ この記事は、発達障害の当事者であり、フリーライターとして活動する姫野 桂氏による『ルポ 高学歴発達障害』(ちくま新書、2023年)より一部抜粋・再構成しています。
※ プライバシー保護のため、氏名や年齢、事実関係を一部変更している箇所があります。
将来を見据えて進学したものの就活で挫折
「すみません、忘れ物を3回もしちゃったので15分ほど遅れます」約束していた時間にSNSのダイレクトメッセージが届いた。しばらくして繁華街の喫茶店に現れたMさんは、可愛らしい黒のワンピースが似合う女性だった。
一度目は鍵をかけ忘れて戻り、二度目は傘を忘れて取りに戻り(取材当日は雨だった)、三度目は感染症対策のマスクを着けるのを忘れて戻ったのだという。
慶應義塾大学を卒業している彼女は、現在はフリーランスの脚本家として生計を立てている。MさんがADHD(注意欠如多動性障害)の診断を受けたのはこの取材を受けたつい1カ月前のことだった。
幼い頃から落ち着きがなく、学校や予備校でも座っていられずウロウロしながら英単語などを覚えていた。小学校高学年の頃は女子たちがそろってトイレに行く理由がわからず、トイレに行きたいタイミングではなかったので断っていたら仲間はずれにされるなどといったいじめも始まった。
こうした経験から友人に「発達障害じゃない?」と言われ、関連書籍を読むようになった。
学生の頃から書く仕事に興味のあったMさんは、出版関係の職に就くのなら学歴が高いほうが有利だと考え、受験の時点で高偏差値の大学に絞っていた。一浪してから晴れて慶應義塾大学に合格した。彼女は大学時代の思い出をこう語る。
「小学校時代も中学も高校もいじめられていたので、大学時代が一番楽しかったです。在学中は音楽系の部活に専念して夢中になっていました」
しかし、Mさんが就活を始めた年は前年にリーマンショックが起きたばかりで、どの業界も就職が厳しくなった。
「どんなに優秀な人でもほとんど内定が出ない状態でした。周りの内定が出なかった人は就職留年することを選んでいたので、私もあとは卒論さえ出せば卒業できたところをわざと卒論を出さずに留年しました。
就活は続けていたのですが、4年の秋頃にうつ病になってしまいました。精神科の先生からは就活するのはやめておいたほうがいいと言われ、ほぼ何もせず、翌年そのまま卒業しました」
Mさんと同年代の私もリーマンショックど真ん中の2010年に就活をしていた身だ。一学年上の先輩たちは売り手市場だったため「(当時在籍していた)『日本女子大学』って大学名だけ書けば通るよ」と言われており、甘く見ていたが、繰り返し「お祈りメール」(不採用通知)をもらっては落ち込んでいた。
私もMさんと同様に、就活が原因で抑うつ状態に陥ってしまった。
もう少し個人的な話を続けると、当時の私は、「日本女子大学卒」はある程度の学歴だと思っていた。とある企業を受けた際、面接官から「ほ~う! 日本女子大学! 優秀だね!」と言われたことがあり、そのときは褒め言葉として受け止めていたが、発達障害であることが分かった今となっては、言われたことをそのままに受け取る特性が発動しており、あの言葉はもしかしたら嫌味だったのかもしれないと感じている。
エリート同期たちからはニート扱い
卒業後、Mさんはうつ病を患いながらフリーター生活に突入する。一度、躁状態になったはずみで大手エンタメ会社を受けると最終面接まで残ったが、不採用だった。しかし、うつ病が治っていなかったので落ちて良かったと振り返る。その流れで25歳のとき、映画館でアルバイトを始めた。小さなシネコンで人間関係も良好だったので無理なく働けていたという。うつ病であることは周りには隠していた。
ある日、大学時代の同期の飲み会に呼ばれた際も病気とバレたくない一心で参加した。他の同期生たちはみんなエリートの道を歩んでいるなか、彼女だけがフリーターだった。Mさんを待っていたのは同期生たちの心無い言葉たちだった。
「ニートが遅れて来るんじゃねぇよ」 「こっちは所得税払ってんだよ」
「同級生たちはいじっているつもりだったのでしょうが、まるで『アルバイトは働いていないようなもの』とみなされてしまって。
だから、映画館でアルバイトをしていたときも、聞かれない限り慶應卒であることは言っていませんでした。幸い、映画館のアルバイトの同僚たちは『慶應なんだ~、すごいね。頭いいね』というくらいの反応だったので、嫌味などは言われませんでした。
映画館のアルバイトって役者を目指している人がいたり、高卒の人がいたりして、私、そのとき初めて高卒の子と友達になりました。それまで高学歴の人しか見たことがなかったので、私にとって映画館でのアルバイトはリハビリへの道になっていたと思います」
その後、Mさんは脚本家を目指して映画学校に通い始める。やがて、コンクールに出した作品がテレビ関係者の目に留まり、脚本家デビューを果たした。こうした縁があり、デビュー作を撮ってくれた映像制作会社に入社することになった。テレビ局の人間は高学歴の人を好むようで、学歴に関して嫌味を言われることはなかった。
「最初はAD(アシスタントディレクター)のような仕事やバラエティの作家をやっていたのですが、だんだんとドラマの仕事をやらせてもらえるようになりました。
でも、会社がなかなかのブラック企業で、社長がありえないくらい安い額とありえないくらい短い時間で書くように要求してくるんです。
そうこうしているうちにMさんは疲れ果ててしまっていた。朝起きられない、遅刻が多い、予定を忘れてしまう、デスクに座っていられない、メールの返信が遅い、女子ランチに混ざることができない、電話の対応ができないといったことに悩まされるようになり、次第に会社には行かず自宅で脚本を書くようになった。
発達障害の特性に加えてうつ病の症状も現れている状態で、精神も体力も疲労困憊していたことが見てとれる。
それでもものすごい量の仕事を要求されていた彼女は、何十本もの作品を書きあげた後、手が止まってしまい、2週間ほど休みをとった。しかし、復帰しても調子が戻らず、いつの間にか退社させられていた。これは労働基準法違反である。
「突然経理の人から『昨日付けで退職になった』と連絡があり、ああそうなんですかと。そしたら完全に動けなくなってしまい、これはダメだと思い、しばらく自分で勝手にやめていた通院を再開しました」
Mさんは一時期、うつ病の通院を勝手にやめてしまっていた。私自身も似たような経験がある。就活で抑うつ状態に陥った際に初めて心療内科を受診したが、大量の薬を処方されたものの薬が効いているのかどうかよくわからず、お金だけ吸い取られていっているような気がしたのと、心療内科を受診していることが企業側に知られると不利になるのではないかと思ってしまった。
だが、抗精神病薬は医師の判断なしに摂取をやめると発作や動悸などを起こしてしまう場合があるため、減薬・断薬は必ず医師に従うべきだ。
ゆえに通院を勝手にやめてしまうのは決して褒められたことではないのだが、一方で、「精神科ガチャ」(自分の力ではどうしようもない運要素があること)というスラングがあるように、病院との相性の問題もある。
しかし、これは現代の精神科制度の問題でもある。通院精神療法の診療報酬点数は診療時間30分以上の場合は410点だが、30分未満5分以上では315点となっている(精神保健指定医が行った場合)。診療報酬は1点につき10円なので、30分以上診察しても950円しか変わらないのである。
病院経営の効率を考えるならば診察を5分程度で終えるのが合理的となるだろう。多くの情報収集が必要な初診を5分程度で終えるクリニックは少ないため、受診したい場合は口コミなどでのクリニックのリサーチが必要となってくる。
障害を周囲に伝えることの難しさ
Mさんは事前に発達障害に関する本を読んで予習していたことから診断でADHDであることが判明しても「あ、そうか」と腑に落ちたという。同時に「免罪符をもらっちゃった」と思ったという。この「もらっちゃった」というニュアンスからは、障害に対してどこかで負い目を感じていることが見受けられるようだ。「一緒に住んでいるパートナーがいるのですが、その人がなかなか発達障害や精神障害への理解がなくて……。『病院に行くからそう言われるんじゃないの?』とか、ADHDが言い訳に聞こえているんじゃないかなと今、ビクビクしています。
それに、私がうつ病やADHDの薬を飲んでいることに対しても、とてつもなくヤバい薬を飲んでいるのではないかと思っているみたいで。彼自身、風邪をひいても病院に行かないような自然派の人だからかもしれませんが……」
発達障害の診断を受けたことでまず「安心した」と実感する人は少なくない。
職場へのカミングアウトも難しい問題だ。以前取材した当事者の中には、内定をもらった際の契約書に「業務に支障を与える疾病を持っていない」という欄にチェックを入れてサインをしていたため、カミングアウトしたことで契約違反にあたるとして正社員から契約社員に降格されてしまった人もいる。
障害への理解が進むべきであることは疑うべくもないが、障害を開示することによるデメリットを被ってしまう現実も認識しておく必要があるだろう。
手のひら返しと複雑な気持ち
映像制作会社を退職させられた彼女は現在、フリーランスで脚本の仕事を請け負っている。ありがたいことにスケジュールは満杯とのことだ。「今はコロナ禍(取材は2021年初頭に行なわれた)ですが、脚本は先に作っておけばいいので意外と影響を受けていないんです。会社員時代に死ぬほど書かせてもらったおかげで名前も知ってもらえるようになりました。
今は5~6件仕事を抱えているのですが、打ち合わせを忘れてしまって遅刻したり、オンライン打ち合わせにギリギリで間に合ったり、メールのスレッドが苦手で返信を溜め込んでしまったり、やらかしは続いています。スケジュールアプリを入れても変わらないんですよね……。
でも、会社員のときと違って周りに嫌いな人がいないので、圧倒的に今は働きやすい環境にいます。
過集中でずっと書いて倒れることがたまにあったので、発達障害者のためのライフハック本で読んだ『タイマーをかけて仕事をする』というハックを取り入れて、一旦休憩を挟むようにしたら長時間でも頑張れるようになりました。あと、忘れ物防止にカバンを変えました。大きなカバンに何でも入れて持ち歩いています。
今は一般企業で働いているわけじゃないので学歴のことを何か言われることはありませんが、もし一般企業に勤めていたら『あの人慶應卒なのに』と言われる苦しみがもっとあったと思います。その点では脚本家という特殊技能に逃げられたのでこの道は正解でした」
うつ病で休んでいた期間が長かったために親からは「育て方を間違えた」と言われたこともあった。脚本家として有名になった今、「ニートのくせに」と暴言を吐いた同級生が「あいつ、脚本家になったらしいよ」と、彼女のことをすごい人だと言っていることが耳に入ってきたという。
「てのひらを返すような奴だったんだなとがっかりしました。『ざまぁ』という気持ちもちょっとあるかもしれません。でも、こんな奴なら縁を切って良かったなと思っています」
私も中高生の頃、発達障害の特性のために自分をうまく出せずにいじめられたことがある。しかし、私がライターになってヒット作を出したことで、いじめていた同級生たちの態度が一変したことがあった。
Mさんは大学の同期たちから認められたことについて「がっかりした」のと「ざまぁ」という気持ちだったというが、私は「ようやくお前らに勝ったよ、人生逆転したよ」という、ねじ曲がった感情を抱いてしまった。
発達障害特性でいじめられた経験のある人は、定型発達の人に対して時に敵対心や嫉妬心を抱くことがある。匿名のSNSでは発達障害当事者が定型発達の人に対するうらみつらみを綴っている光景を見かけることもある。
複雑な感情を抱いてしまう気持ちはとてもよくわかるつもりだ。それでも今は好きな仕事で生計を立てられている。転機はどこに潜んでいるかわからない。

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