8日に行われた大阪府知事・市長の出直し“ダブル”選挙では、いずれも「大阪都構想」への再挑戦を突然掲げた吉村洋文・前大阪府知事(日本維新の会代表)と横山英幸・前大阪市長(同副代表)の再選が確実となった。
8日夜、大阪市内で行われた記者会見で吉村氏は「都構想への挑戦に一定の信を得た」と説明したが、選挙前には大阪市議団がダブル選への「反対」を決議するなど、実現へは険しい道のりになりそうだ。

そんな大阪ダブル選をめぐって、選挙期間中、X上に投稿されたある写真が波紋を広げている。
それは、一人の候補者の陣営で、企業名が入ったユニホームを着用した複数人が「選挙ボランティア」をしている様子を写したもの。拡散されると、「勤務時間内では?」「社員にボランティアを強制させてるなら大問題だ」などと疑問や批判の声が相次いだ。
実際にこの企業が従業員を選挙ボランティアに招集したのかは定かではないが、仮に、企業が従業員に対して選挙ボランティア参加を“強制”していた場合、法的にはどのような問題が生じるのか。
国会議員秘書を10年間務めた経験があり、公職選挙法や政治資金規正法など「議員法務」に詳しい三葛敦志(みかつら あつし)弁護士に話を聞いた。

「企業の政治活動の自由はある」が…

まず三葛弁護士は、「会社にも政治活動の自由がある」と前提を説明する。
「会社による政治献金が最高裁によって適法とされた『八幡(やわた)製鉄事件』(最高裁大法廷判決昭和45年6月24日)が示すように、会社が政治活動を行う自由自体は認められています。
そのため、法人が従業員に対して、『我が社はこの候補者を応援します。賛同する方は、選挙を手伝ってください』と呼びかけることそのものが、一律に法的に否定されるわけではありません」
しかし、この「呼びかけ」は一線を越えやすいとする。
「問題になるのは、その呼びかけが業務命令である場合など、“強制力”を伴うときです。
会社内にはさまざまな政治的な立場の従業員がいる可能性があります。当然、会社とは政治的な思想・信条を異にする従業員もいるでしょう。そうした人たちの自由意思を奪ったうえで、業務命令として選挙運動をさせることは、『思想・良心の自由』を真っ向から侵害します。

また、会社の指揮命令下にある状態、たとえば給与が発生している勤務時間中に選挙運動をさせれば、公職選挙法上の『買収および利害誘導罪』(221条)に該当する可能性もあります。
これは、たとえば会社が候補者に1万円を寄付し、候補者がその1万円でその会社の従業員を雇って選挙運動をさせているのと構造的に同じになるためです。運動員にお金を払って票集めをさせることは、典型的な運動員買収です」(三葛弁護士)

従業員に“有給取得”させれば手伝わせてもOK?

では、有給休暇を取得させ、選挙ボランティアに参加させる場合はどうか。
三葛弁護士は「企業が従業員に対し、有給休暇の取得を一方的に“強制”することは基本的にできません」と指摘する(労働基準法39条5項)。
「また、有給休暇の取得を事実上強制して選挙運動を手伝わせた場合、労働法上、それは『休暇』ではなく、会社の指揮命令下にある『業務』にあたります。その結果、企業による組織的動員として、公職選挙法上も問題になります」(三葛弁護士)
そのうえで三葛弁護士は、従業員に選挙運動をさせる会社にありがちなやり方を、こう語る。
「伝え聞くところでは、従業員に選挙運動を手伝わせているケースでは、『任意参加』という形がとられていることがあります。もちろん、真に任意の参加であれば、形式上は法律違反にはなりません。
しかし、実際問題として、上司から『任意参加だけど、他の人はみんな行くから、お前も有休を使って行ってきたらどうだ』と言われたときに、本当に断ることはできるでしょうか。
私自身、会社から言われ渋々『任意で』選挙運動に参加している人の話をうかがったこともあります。参加しないとその後の出世や社内の評価で不利になる、と考えてしまうようになると、同調圧力の強い日本社会では、この辺りは極めてグレーだと思います」

従業員に必要なのは“身を守る知識”

参加しないことによる不利益があらかじめ示唆され半ば強制されている場合には、パワーハラスメントなど労働法上の問題が生じる可能性もある。三葛弁護士は、従業員として注意すべきポイントを次のように挙げる。
「たとえば、
  • 参加の有無で評価や待遇に差が生じることが示される
  • 不参加の場合に理由書の提出を求められる
などの事情があれば、労基署や弁護士に相談するのも一手だと思います」
もっとも、こうした露骨な圧力がない場合、「任意参加」である以上、最終的な判断は従業員個人に委ねられる。「圧力はないが断りづらい」という人もいるだろう。

三葛弁護士は、「たとえ選挙運動を手伝ったからといって、その候補者に投票しなければいけない決まりはない」として、企業からやりたくない選挙運動への協力を求められたときの“いなしかた”をアドバイスする。
「仕方ないと諦め、手伝うだけ手伝って、他の候補者に票を投じることもできます。いわば面従腹背です。もちろん『予定がある』と断って、家で寝ていてもいいかもしれません。
ただ、繰り返しになりますが、たとえ名目は有給休暇であっても、実態として会社から給料(報酬)が支払われるなかでの選挙運動は公選法違反です。
会社からの指示やお金の流れが表沙汰になれば、候補者にも大ダメージ、場合によっては公職選挙法違反で失職するほどの大問題になります。会社も取引や信用を失い、最終的には選挙運動を手伝った従業員自身にもしわ寄せが来るかもしれません。
そうならないためにも、もし『ちょっと手伝ってこい、ちゃんと給料出すから』などと会社から言われときに『それは違法みたいですよ』と指摘できるだけの知識を持っておくことが大切です」

会社側から従業員に働きかけるときの注意点

では、会社側から従業員に選挙運動の手伝いを働きかける際には、どのような点に注意する必要があるのか。
「いまの社会状況では、むしろ会社にリスクがかなりあります。『上司に●●候補の選挙運動を有給とって手伝えって言われた。これってボランティアの強制だ』といったSNSの書き込みでもされようものなら、大きな問題になる可能性があります。
わが社にはそんなことをする従業員がいるはずない!と思っている経営陣こそ注意が必要です。

少なくとも、
①完全に任意であり、参加/不参加で不利益が一切ないこと
②間接的にも報酬等のお金を発生させないこと
③外部から見て特定の企業が関わっているとわかるようなユニホームや社章等を外させること
くらいは必要です。
そして、①については、証明することが非常に難しいことから、どうあってもリスクがまったくなくなるとまでは言えないでしょう。
認められてきた過去の憲法判例はありますが、時代は変わってきており、人々の許容限度も同じではありません。
なお、従業員の採用の段階で政治的思想信条により判断することは一概には否定されていませんが(三菱樹脂事件(最高裁大法廷判決昭和48年12月12日))、あまりに露骨であると社会問題化するリスクもありえます」(三葛弁護士)


編集部おすすめ