法務省が、成人間の売買春を規制する売春防止法について、買春側を処罰することの是非を議論するための有識者検討会を設置する方向で検討に入ったと報じられている。
これは、高市早苗首相が2025年11月11日の衆院予算委員会での答弁で、法相に対し、売春防止法の処罰対象に買春を含める法改正についての検討を指示したことに起因している。

現行法では、「売春を助長する行為」等については罰則をもって規制されているが、買春行為については罰せられていない。
買春処罰が議論される際には、しばしば、実際に買春を禁止したスウェーデンやフランスの取り組みが紹介される。たしかに、「売買春を撤廃すべき」という立場から、売春を余儀なくされる人々を罰さずに買春側のみを処罰することは、合理的なのかもしれない。
しかし、国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)は、それらの取り組みに対し、決して全面的に肯定しているわけではない。その背景にはどのような事情があるのだろうか。(みわ よしこ)

「買春=暴力加害」という“北欧モデル”の考え方

買春処罰を法制度化した国として挙げられることが多いのは、スウェーデンとフランスだ。
1999年、スウェーデンは世界に先駆けて、性的サービスの購入を非合法化した。売買春を抑制するために「買春」側のみを処罰し、同時に「売春」側は処罰ではなく保護や支援の対象とする考え方は、後に「北欧モデル」と呼ばれた。
この動きは北欧諸国に波及し、フィンランド(2006年)、ノルウェー(2006年)、アイスランド(2009年)でも買春禁止と処罰の法制度化が行われた。さらに西欧や北米大陸にも波及し、カナダ(2014年)およびフランス(2016年)などでも、同様の考え方に基づく買春処罰が法で定められた。
特にフランスでは、性風俗業の事業者から没収した財産を、売春していた人々の支援に充てることが制度化された。
「北欧モデル」では、売買春(性売買)はジェンダー不平等に起因する暴力とみなされる。買春者は暴力加害者であるため、処罰の対象となる。
これに対し、売春者は被害者であり、支援や救済の対象となる。この考え方自体は、フェミニズムの観点からも人権保護の観点からも一理あり、一貫性もあるといえる。

国連は「北欧モデル」をどう見ているか

「北欧モデル」に対する国連の人権関連の委員会の態度は、積極的に支持しているわけでも、否定しているわけでもない。
一例として、2016年に国連女性差別撤廃委員会がスウェーデンに対して発した勧告を挙げることができる。その勧告は、1999年の買春禁止法が17年間施行された結果として、路上買春が50%減少したことを評価した。
しかし他方で、「体系的に組織化された保護・更生・社会復帰措置の欠如」「現象の規模を把握するためのジェンダー別データの不足」「売春からの脱却を希望する女性に対する支援プログラムが限定的であること」に懸念を示している。
買春を処罰すれば売春の機会が減少することは確かなのだが、収入機会を失った女性たちは、どのように生計を立てればよいのだろうか?
「出口」への支援政策が不足していたり、あるいは「出口」を必要としている女性のニーズに適合していなかったりする状況があるのなら、「売春を行っている女性の人権状況を改善した」とは言えそうにない。
さらに委員会は、女性に対する性的搾取目的の人身取引対策を徹底することと、その女性たちの出身国・通過国・目的地国との協力の強化を政府に求めている。
多数の移民・難民を受け入れてきたスウェーデンでも、移民女性の人権が充分に保障されているわけではない。彼女たちは経済的に苦境に陥りやすいため、性的搾取の対象となりやすいという課題もある(2022年に右派政権が成立した。現在は、必ずしも国民的課題とは考えられていない)。
買春を禁止しただけでは、意義ある対策とはなりにくい。自らの生存のために売春を必要とする人々から収入機会を奪うのであれば、別の選択肢を提示する必要がある。
その選択肢は、どの程度、本人たちに受け入れられているのだろうか。
まずは、実態を正確に把握しなくてはならない。さらに、「需要と供給」の「供給」を生み出す背景事情に対しては、国際協力による本質的な取り組みが必要である。供給源となってしまっている国に対しては、国民が富裕国へ行き売春することに希望を見出してしまう状況をなくすための支援も必要であろう。
一つの国が国内での買春処罰を法に定めるだけでは、ほとんど何も解決しそうにない。

国連はフランスの買春禁止法を「厳しく批判」

続いて、同委員会からフランスに対する2016年の勧告を見てみよう。2014年に買春を禁止してから2年後というタイミングのせいか、売買春に関連する記述の多さが目立つ。
買春禁止法に対しては、「逆効果となり、売春の根本原因や蔓延を解決しない恐れ」「売春従事者の安全・健康リスクを増大させる恐れ」があるとし、「売春の根本原因に対処せず、その蔓延を減少させるものでもない」と批判している。
また、売春する女性の人権を保障する成果を挙げるために必要な財政的バックアップに対しては、性風俗業事業者(正確には人身取引業者)の財産を支援の追加財源とする仕組みそのものに対し、委員会は「予算額が不十分かつ不確実」とする。
売春を行っていた人々の救済・治療・支援に関しても、全面的に供給が不足しており、特に移民女性に対して不足していることが指摘される。移民女性の場合は、「一時滞在許可を得るためには警察や司法への協力が必須」という問題もある。
委員会はさらに、買春者の「刑事罰化が逆効果」となり、「売春の根本原因や蔓延を解決せずに、売春従事者の安全・健康リスクを増大させる恐れ」を指摘する。そして、「売春を犯罪化する前に、売春の根本原因に対処し、売春の蔓延を減らすための効果的な対策を講じること」が必要であるとする。

また、予算と客観的データの不足は繰り返し指摘され、改善が求められている。
法の影響についても「評価を3年以内に計画すること」「評価対象には、売春及び人身取引の形態と規模、売春に対する社会的認識、性的サービスの購入、売春に従事する女性が含まれること」と細かく具体的に勧告している。
さらに別項目において、売春する女性たちが買春防止法によって「質の高い性及び生殖に関する保健医療サービス及びHIV/エイズ治療(機密保持サービスを含む)へのアクセスを妨げ」られないことを求めている。
この勧告は、施行されて間もなかった買春防止法を、全面的かつ徹底的に批判している。各国への国連の委員会からの勧告において、特定の国内法に対する批判が、これほどのボリュームをもって記載されることは珍しい。率直に言えば、「すごい言われ方」「そこまで言う?」といったところだ。

国連女子差別撤廃条約の観点からみた「売春・買春処罰」

国連女性差別撤廃委員会の態度は、売買春については、むしろ保守的だ。「セックスワークの自由を全面的に認めて後援している」というわけではない。かといって、「保守的だから男性の買春する自由を認めている」というわけでもない。
国連女性差別撤廃条約の中で、売買春に直接関係しているのは、第6条だけだ。同条は以下の通り規定している。
「締約国は、あらゆる形態の女子の売買及び女子の売春からの搾取を禁止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとる」
ここで、「女性(少女を含む)の人身取引」「女性の売春からの搾取」は禁止されているものの、「女性の売春」は禁止されていない。

もっとも、本条約は施行規則を除くと16条しかなく、具体的な肉付けは他の方法で行うことになる。
条約の「肉付け」となっているのは、各国に対する勧告や、トピックごとの「一般意見」の数々である。それらには一貫して、「売春を処罰してはならない」という態度が示されている。
特に人身取引の結果として売春に従事させられる女性に対しては、その状況自体が暴力・貧困・差別のもたらした結果であり、深刻な人権侵害である。そこに処罰によって人権侵害を重ねることは、「ダメ。ゼッタイ。」なのだ。
この観点から「北欧モデル」を見ると、「責任は買春側にある(売春側ではない)」「売春する女性に対しては非犯罪化」「目的は暴力防止」という観点から評価されうる。
しかし他方で、「結果として女性の安全や結果が悪化するのなら、それは問題」「地下化して実情が分からなくなるなんて、問題外」「救済・転身促進プログラムが、財源を含めて実効的でないのなら意味なし」「移民女性・地方女性・貧困女性などに不均衡な悪影響があるのなら、それは差別」という観点から批判されることになる。

買春処罰を「未成年」「人身取引」「搾取」に留めることの合理性

現実として、売買春の現場や周辺では人権侵害が起こりやすい。当然、女性差別撤廃条約を含む国連の条約群が、人権保障の観点から買春処罰を肯定する可能性はある。その場合のキーワードは、「未成年」「人身取引」「搾取」の3つだ。
未成年者を対象に買春することが人権侵害であり、子どもの権利に対する侵害であることには、説明の必要はないだろう。
16歳(日本の性交同意年齢)または18歳の誕生日の前日と当日で、本人の何かが本質的に変わるわけではないけれども、子どもと成人の区別は必要だ。
子どもに対する人権侵害に対しては、法で処罰を規定する必要がある。その際、「性交同意年齢未満」「未成年」「成年」の間には明確な区切りが必要になる。17歳11か月31日の少女に対する買春は、明日になれば無問題だが、今日のところは「未成年者」という理由で許されない。
人身取引は、誰に対しても人権侵害である。女性差別が深刻な場合、差別の結果として、女性が人身取引の対象にされやすくなる。さらに不利な状況が重なる移民女性の場合は、人身取引の対象となった場合に深刻な被害を受けやすい。
搾取も、人身取引と同様の観点から問題とされる人権侵害である。「報酬を前借りさせて逃亡できない状況を作った上で、前借り金に法外な利息を設定して売春を続けさせる」という状況は、搾取であり、実質的な人身取引であり、売春の強要である。
人身取引と搾取の対象となるのが未成年の少女であれば、「未成年者に対する人権侵害」という問題が重なる。
売春している女性本人が成人しており、本人の自由意思による選択であり、搾取されているわけではない場合、国際的に一定の合意を得た人権規定である国連の条約群に照らすと、彼女自身の売春という選択自体は問題になりえない。売春する彼女を問題にしないのであれば、買春側の男性を問題にすることによって間接的に彼女を問題にすることも、無条件には肯定されない。

私自身、なんとも歯がゆい感じがする。しかし、「過ぎたるは及ばざるがごとし」だ。禁止対象を「未成年」「人身取引」「搾取」の3点に敢えて絞り、規制の濫用や拡大解釈が生み出す弊害を予防しつつ、女性に対する人権保障をジリジリジワジワと進めていけば、思わぬ副作用やバックラッシュを防ぐことができる。
ドラスティックな変化を避けつつ、絡まり合った糸を丁寧にほぐし、関係する人々すべての人権を保障する方向に少しずつ進んでいく迂遠なアプローチが、この課題に対する正解なのかもしれない。


■みわ よしこ
フリーランスライター。博士(学術)。著書は『生活保護制度の政策決定 「自立支援」に翻弄されるセーフティネット』(日本評論社、2023年)、『いちばんやさしいアルゴリズムの本』(永島孝との共著、技術評論社、2013年)など。
東京理科大学大学院修士課程(物理学専攻)修了。立命館大学大学院博士課程修了。ICT技術者・企業内研究者などを経験した後、2000年より、著述業にほぼ専念。その後、中途障害者となったことから、社会問題、教育、科学、技術など、幅広い関心対象を持つようになった。
2014年、貧困ジャーナリズム大賞を受賞。2023年、生活保護制度の政策決定に関する研究で博士の学位を授与され、現在は災害被災地の復興における社会保障給付の役割を研究。また2014年より、国連等での国際人権活動を継続している。
日本科学技術ジャーナリスト会議理事、立命館大学客員協力研究員。約40年にわたり、保護猫と暮らし続ける愛猫家。


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