2月20日、第105代内閣総理大臣に選出された高市早苗首相が、就任後初となる施政方針演説を行い、その中で裁量労働制の見直しを含む「柔軟な働き方」の拡大に向けた検討を加速させる方針を明らかにした。

施政方針演説内の裁量労働制見直しについて

高市首相は演説の中で、供給力強化と経済成長を目的とした成長戦略の一環として、働き方改革の総点検で得られた声を反映し、「裁量労働制の見直し」や「テレワークなどの柔軟な働き方の拡大」に向けた検討を進めると述べた。
首相は「とにかく成長のスイッチを押して、押して、押して、押して、押しまくる」と強調。
この制度見直しを日本経済再生の重要なエンジンの一つと位置づけている。

裁量労働制とは

裁量労働制とは、業務の性質上、遂行方法や時間配分を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務に対し、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ労使で決めた時間(みなし労働時間)働いたものとみなす制度。
現在、この制度には以下の2つの型がある。
専門業務型:研究開発、弁護士、システムコンサルタントなど、現在20の専門業務が対象
企画業務型:企業の中枢部門で、事業運営の企画・立案・調査・分析を行う労働者が対象

メリットとデメリット

政府や財界が同制度導入を推進する背景には、以下のメリットが主張されている。
  • 柔軟な働き方の実現:働く人が仕事の時間を自ら柔軟に配分できる。
  • 生産性の向上:労働時間ではなく成果に主眼を置くことで、効率的な働き方を促す。
  • 満足度の高さ:適用労働者の約8割が「満足」または「やや満足」と回答しており、ワークライフバランスの確保に繋がるとの声もある。
一方で、以下のような深刻なデメリット(危険性)も指摘されている。
  • 長時間労働の助長:労働実態が把握しづらくなり、実労働時間がみなし時間を大きく上回るケースが多い。
  • 残業代の不払い:超過労働に対しても割増賃金が支払われないため、「定額働かせ放題」となる恐れがある。
  • 健康被害の懸念:適用労働者の約1割が過労死ライン(月80時間相当の残業)を超える長時間労働に従事している実態がある。
これらの相反関係は、まさに「裁量」という言葉のマジックともいえる。つまり、働く側が無理をして成果を上げようが、楽々と成果を上げようが、当人次第ということ。誰もが後者のように仕事をこなせるわけはなく、結果、“格差”が生まれても仕方がない。

こうした点も踏まえ、労働問題に詳しい向井蘭弁護士は、今回の政府の狙いを次のように見立てる。
「ひとつは『時間管理』から『健康管理』への重点シフトです。
これまでの労基法は『時間を管理すること』が目的化していました。しかし、テレワークやデジタル技術の活用により、働く場所や時間は流動的になっています。
今後は『何時間働いたか』よりも、『心身の健康が保たれているか』を企業に厳しく問うシステムへ変化します。企業は、単にタイムカードを押させる管理から、実質的な健康確保措置(休息の確保)へリソースを割く必要に迫られます。
もうひとつは『保護』と引き換えの『自律』です。
柔軟な働き方は、企業が一方的に命令するのではなく、社員が自律的に働くことを認める制度です。しかし、そこにはリスクもあります。今回の見直しは、社員に自律(裁量)を与える代わりに、企業には過重労働を防ぐ『安全装置(インターバル規制等)』を義務付ける、というバーター取引のような構造を目指しているといえます」
労働時間による区切りのあいまいさにメスを入れ、労働効率重視にシフトするのが本丸といえるが、いまのところ、力点は労働におけるアクセルである裁量に置かれている印象だ。そこに危険性を指摘する声も挙がっている。

労働団体が廃止を求める理由

全労連などの労働団体は、裁量労働制の拡大に強く反対し、制度自体の廃止を求める声も上げている。主な理由は以下の通りだ。

(1)「真の裁量」の欠如:労働者は仕事の進め方の裁量はあっても、「業務量」や「納期」を決定する権限がないため、結局は使用者の指示によって長時間労働に追い込まれる。
(2)不払い残業の合法化:使用者が本来負うべき実労働時間管理と割増賃金支払いの義務を免れるための道具にされている。
(3) 過労死の温床:実際に裁量労働制の下で働く労働者の労働時間は非適用者よりも長い傾向にあり、過労死・過労自死を誘発する仕組みとなっている。
(4) 制度の不要性:通常の労働時間制であっても、フレックスタイム制などを活用すれば柔軟な働き方は十分に可能であり、あえて裁量労働制を用いる必要はない。

今後の展望

高市政権は、自民党が参院選で掲げた「働きたい人が挑戦できる社会」を目指す「働きたい改革」を口実に、さらなる労働時間規制の緩和を進める構え。政府は今後、労働政策審議会などを通じて対象業務の拡大や運用の在り方を検討していく予定だ。
しかし、連合の芳野友子会長が「働く者の命と健康に悪影響を及ぼすリスクがある」として断固反対を表明するなど、労働側の抵抗は必至。
また、過去には厚生労働省の不適切な統計データによって対象拡大が断念された経緯もある。今回の見直し議論においても、労働者の健康確保と「真の裁量」が担保されるのかが大きな論点となる。
「押して、押して、押して、押して、押しまくってまいります」。この発言は、馬車馬のように働くという、物議をかもしたあの言葉を思い起こさせるだけに、労働時間の規制緩和を促進する意図も暗に含むメッセージなのだろう。
今後、国力増強のために、経済成長という「スイッチ」を押すことが優先されるにしても、一方でブレーキとなる安全装置もしっかりと用意されるのか。
そのあたりは、国民も主権者として監視していく必要があるだろう。


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