「リモートなら育児と両立できる」は幻想? フリーランスの出産後に立ちはだかる「復帰の壁」を吉川ばんび×常見陽平が語る
昨年2月に出産した作家の吉川ばんびさん。産後、働き方が変わり稼働できる時間が激減したという。
働き方評論家で、千葉商科大学准教授(基盤教育機構)の常見陽平さんも9年前に一児の父となり、家事や育児に励んだところ、働ける時間が短くなり収入が落ちた。
会社員と違いフリーランスは産休や育休がないため、フリーランスの女性は早めに復帰する傾向にある。また、産後すぐ子どもが保育園に入れるかもわからない。産後のフリーランスの働き方や女性の働き方について、吉川さんと常見さんに語ってもらった。(フリーライター・姫野 桂)

産後は赤ちゃんのお世話で外出が厳しく、稼働時間が激減

吉川ばんびさん(以下、吉川):産後、ずっと付きっきりで赤ちゃんのお世話をしないといけないので、物理的にずっと家にいないといけなくて、取材に出るのが厳しくなりました。稼働する際は夫に有給を取ってもらうか、今日(取材日)のように一時保育に預けています。
仕事をしながら片手間に赤ちゃんを見ることはできません。産前より執筆の時間が取れなくなってしまい、退任をした媒体もあります。
常見陽平さん(以下、常見):仕事相手によっては、産後の働き方の変化についてうまくコミュニケーションを取らないといけない必要もありますね。子どもがいる家庭への想像力が足りず、仕事の依頼をしなくなってしまう人もいます。
吉川:出産してから思ったのは、男性と女性で、生活基盤の変化に差があることです。会社にもよりますが、基本的に、男性の働き方って子どもができてもあまり変わらないんですよね。
男性だと職場でも「お子さん生まれたんですね、おめでとう」で終わる一方、女性側は時短勤務にしたり、有給を取ったりして子どものことをほとんど担当している傾向にあります。
すべてのしわ寄せが女性に来るのが一般的のように思います。
夫は1か月間の育休を取得しましたし、在宅勤務中心ですが、長時間働いているのでずっと子どもを見ていられるわけではありません。
また、私はフリーランスなので、会社員のような産休・育休制度も復職の保証もありません。そもそもフリーランスや自営業だと会社員の人に比べて保育園に落ちやすい。預け先を確保できない限り、「1年経ったら復帰」という計画を立てること自体が物理的に難しいんです。
「リモートなら育児と両立できる」は幻想? フリーランスの出産...の画像はこちら >>

吉川ばんびさん

女性は働かないとその後の選択肢がなくなる

常見:先月、衆議院選挙がありました。2026年以降に労働基準法の見直しが行われる可能性が極めて高いです。長時間労働規制の緩和が行われるのではないかという予測もありましたが、それよりも裁量労働制の見直し、拡大の議論が広がりそうです。裁量労働制は自由で柔軟な働き方をもたらす面もありますが、長時間労働の温床になりえます。
産業を強くすることが自民党の政策の柱です。スタートアップ企業の労働時間の規制緩和の議論も盛り上がるのではないかなと思っています。今、労働力の確保がこの国にとって生命線です。もちろん、これにより労働者にとっての負荷が増す可能性があります。

第2次安倍政権の頃から「女性活躍」が政策として重視されました。その背景にあるのが、労働力の確保です。女性の存在が注目されました。これは大事な論点です。
そもそも、「男女平等」と「女性活躍」は意味が異なります。なぜ「女性活躍」なのか。さらには選択的夫婦別姓がなぜ必要か。このような議論の背景に何があるのかこそ、注目したいです。人権意識からなのか、組織の意思決定の健全化の点なのか、あるいは経済的合理性なのか。
自民党と経団連にとっては、労働力の確保、経済的理由が大きいのは明らかです。今回、高市政権は通称使用の推進を打ち出して選挙にも勝ちました。果たしてそれは、女性にとって良いことなのか。

「女性活躍」を掲げた安倍元首相に対して、当時、女性論者たちの中には「安倍さん、ありがとう」と言った人がいましたが、選択的夫婦別姓は認めないし、伝統的家族観に寄っていることまで考えているのかなと、なかなか根深い問題だと思っています。実は、欲しいのは労働力だけだったのではないかと。
その選択的夫婦別姓を経団連は掲げていましたが、もっとも大事にしているのは経済的合理性であって、人権の意識が乏しいのではないかと疑ってしまいます。
「リモートなら育児と両立できる」は幻想? フリーランスの出産後に立ちはだかる「復帰の壁」を吉川ばんび×常見陽平が語る

常見陽平さん

吉川:女性が働けること、働くこと、経済的自立を持っているか持っていないかは、すごく大きなことです。収入がないとその後の人生の選択肢がなくなるんです。家庭のことと子どものことしかしていない状況になる。私は産後、その状態がすごくつらくて産後うつのようになってしまいました。
働きたくても働けない、保育園も決まらない。10年前に話題になったブログ「保育園落ちた日本死ね」が今、よくわかります。
女性研究者が結婚して姓が変わると、過去に書いた論文の検索ができなくなって実績として残しにくくなります。私は選択的夫婦別姓を、ぜひやってくださいという立場です。でも、社会や法律はなかなか変わっていかないし、女性が出産後も経済的自立を保つことはかなり難しいのかなと思っています。

常見:そのあたりは昔に比べるとだいぶ変わってきたと思います。僕が社会人になった頃は、まだギリギリ寿退社という言葉がありました。今は保育園に入れなかったとしても、さまざまなサポートを受けられる時代にはなりました。ただ、それでもまだ不十分です。

雇用契約ではないため、いつ仕事がなくなるのか不安と焦り

常見:自由で柔軟な働き方とか、出社しないという選択肢が増えてきていますが、そのことが実は、育児環境が整っていないことの言い訳になっていないかと気になっています。
論者の中には、賃金と労働時間を切り離したほうが男性の育休取得が進むといった話をする人もいますが、それは大きな勘違いだと思います。そうすると、育児は「デキる人」のものだけになってしまいませんか。
「育休を取得し、在宅勤務の多いパートナーのいる吉川さんのお宅は進んでいる。パートナーも吉川さんも柔軟に働けるんでしょ」という話が語られるわけですが、いつの間にか、育児はデキる人のものになってしまう。育児環境における新自由主義化が進むわけです。
なんせ、育児に関する想像力が足りません。育児って、まぁ、思うようにいかない。日々命がけだし、トラブルによって一生の障がいが残ることもあります。
ママは産後うつになる可能性もある。産後うつって仕事で悩んでうつになるのとはまた別の要因があります。ホルモンバランスの問題ですからね。
吉川:「フリーランスだから柔軟な働き方ができますよね、吉川さんのペースでいいですよ」と言ってくださる編集者の方もいますが、それを本当に信じてもいいのか、突然仕事を下ろされてしまうのではないかと。フリーランスは雇用契約ではないので。
とにかく仕事の時間が取れないので、「今お仕事できないのだったらほかの人に回しますね」と言われてしまうかもしれないという不安と焦りがあってしんどいです。
仕事の現場だけでなく、社会的な理解もまだ十分とは言えません。たとえば、フリーランスだと言うと、フリーターだと勘違いされることもあって。バイトだからすぐ辞めても大丈夫だよね、と。今は多様な働き方への認知も少しずつ広まっているところはあるのですが……。
常見:それはあるある。極端に言うと、子育てをやったことがない人と、フリーランスをアルバイト、パートだと思っている人に「あ、じゃあ子育ても楽勝だし、仕事もアルバイト・パートなら夫の稼ぎで食べていけるのだから楽じゃん」と言われてしまう。
フリーランスと、アルバイト・パートは概念が異なります。

働き方改革の背景にある“ハリボテ感”

常見:僕自身は育休を取りませんでした。ちょうど子どもが生まれた頃に大学教員ならではの長い夏休みが始まったので。ただし、そんじょそこらの男性よりも家事と育児をしているという自負はあります。育休を取った・取らないでポイント稼ぎのように言われるのも嫌でした。
言い方は良くないけど、育児は常にストレスを誘発します。子どもが熱を出したらすべての仕事をキャンセルして迎えに行かないといけません。そういうことに対する想像力が、日本の職場には全然足りていない。育児への解像度が低いんです。
吉川:そうですよね。お迎えや学校行事をすべて女性が担当することが前提になっているので、そこを変えていかないと女性の社会進出は難しいと思います。
常見:僕は子どもが小学校に上がるまでは昔のように働けませんでした。自分が落ち目だったこともありますし、メディアの撤退なども重なりましたが、連載は大幅に減りました。単著も2018年から出せなくなって、2024年にようやくまた出版することができました。
子どもが生まれてから6時間以上寝ることと8時間以上は働かないことを自分に課していたので、そうすると漏れなく原稿は遅れます。ただし、おかげさまで人間らしい生活は送れるようになりました。
フリーランスは自由で柔軟な働き方ができるから、育児と両立できるという幻想があると当事者として実感しました。いや、そんな簡単じゃないぞと。働く人への想像力が足りていない。
企業でも、男性育休は部署、職種によって取得困難だったりします。1週間しか取得していなかったりするのに「うちの会社は男性育休を推進しています!」と言ってしまうという実態がある。働き方改革の背景にはこういう“ハリボテ感”があります。
吉川:コロナ禍でリモートワークせざるを得なくなったとき、在宅育児は厳しいという声も上がったのに、コロナ禍を経てもあまり変わっていない状況がありますよね。
常見:2024年11月のフリーランス新法施行は大きな転換点ではありました。事前に詳細な契約書が送られるようになってきた。でも、それが徹底されていないのが実態としてあります。妊娠している方や子育てをしている方に対して不利益がないように、というのがまだうまく機能していないように思います。
希望を作らないといけませんね。いかに、仕事の価値を上げていくか、立場を守るかが大事なので。
吉川:常見さんは私たちの星だと思っています(笑)。希望の星。
■姫野 桂
ライター。1987年うまれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒。
大学卒業後は一般企業に就職。2013年に退職してフリーライターに。
専門は発達障害や生きづらさ、社会問題。
著書に『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)『「発達障害かも?」という人のための「生きづらさ解消」ライフハック』(ディスカヴァー21)、『生きづらさにまみれて』(晶文社)、『ルポ 高学歴発達障害』(ちくま新書)など。


編集部おすすめ