2013年の生活保護基準引き下げを不当とし国を訴えた集団訴訟「いのちのとりで裁判」は、2025年6月、最高裁における原告勝訴という形で決着したかに見える。
厚労省が設置した特別委員会での検討を経て、追加給付が決定され、2026年3月から各自治体での対応が開始されている。

しかし、「結局は追加給付となったから、良かった」と喜べる内容ではない。最高裁判決から追加給付までの流れには、憲法による「生存権」保障の縮小を企図する動きを含め、2013年の引き下げに至る経緯が濃厚に反映されているとも言える。また、追加給付の客観的根拠段階での「統計不正」さえ疑われる。(みわ よしこ)

2013年の生活保護基準引き下げは、なぜ起きたのか

2013年、生活保護費のうち生活扶助費(生活費分)に対して行われた平均6.5%の引き下げは、2012年の自民党による政権公約に10%の引き下げ方針が示されていたことを背景としているとされることが多い。それは事実であるが、日本または自民党独自の動きであったわけではない。
第二次大戦中に構想された福祉国家論は、終戦後に実現が目指されたものの、1960年代には行き詰まりが明らかになっていた。このことから、「自己責任」を強調する新自由主義への移行が世界的潮流となった。日本は、やや遅れて1970年代後半から新自由主義への転換を図り始め、現在に至っている。2000年以後の生活保護制度改革は、新自由主義路線の具体化の一つでもある。
さらに、改憲への動きの影響も考慮する必要がある。敗戦国であった日本においては、日本国憲法が施行された1947年以来、改憲を目指す動きが途切れなく続いていたが、2000年、国会に「憲法審査会」が設置されることで本格化した。
2005年には自民党が「新憲法草案」を公表し、12条において、基本的人権を「濫用してはならない」「自由及び権利には責任及び義務が伴う」「公益及び公の秩序に反しないように」と留保した。
さらに2012年、「日本国憲法改正草案」を公表した。
25条においては、生存権保障の対象を日本国民に限定し、保障の内容も制約している。
この翌年にあたる2013年8月に行われた生活扶助基準引き下げ、および12月の生活保護法改正は、反対を受けにくい状況下での周到な「解釈改憲」または「解釈“壊”憲」であったのかもしれない。
2014年より、全国各地で集団訴訟が提起された。11年後の2025年、ついに愛知県と大阪府の原告団が最初の最高裁判決に至り、国による2013年の引き下げが違法であると明確に判断された。

厚労省は、何を取り消すことを求められたのか

最高裁判決の大意は、
「2013年の引き下げ分のうち、少なくともデフレを理由とした87%分は違法であり、それに基づく処分は取り消す」
である。これが意味するのは、「2013年以後の生活扶助基準も再計算し、2013年から現在までに実際に給付された金額との差額を、受給者たちや元受給者たちに給付せよ」ということであろう。
2013年の引き下げは「ゆがみ調整」と「デフレ調整」を根拠として行われた。
「ゆがみ」は、厚労省内に設置された生活保護基準部会が2011年から検討していた内容に基づいていた。都市部と町村部、単身世帯と多人数世帯では、生活費の「コスパ」が異なって当然である。
しかし生活扶助費は、どのような地域のどのような世帯に対しても、同様の生活を保障する必要があるため、居住している地域・世帯人員・世帯類型等によって金額を調整する必要がある。この調整が「ゆがみ調整」であり、2011年から2012年にかけての基準部会で実際に検討されていた。
結果には一定の妥当性はあったものの、部会委員たちは引き下げには消極的であった。報告書には、引き下げを牽制する文言が残されている。
さらに実際のゆがみ調整は、1/2を乗じるという処理を追加して行われた。結果として引き上げとなる可能性を抑制するためと見られるが、むろん、基準部会は承知していない。
引き下げ分のうち約87%は、「デフレ調整」を根拠として行われた。厚労省が根拠としたのは、前回の生活扶助基準見直しが行われた2007年から2011年までの間に、生活保護世帯の消費においては物価が4.78%下落していることであった。
ここには、以下の2つの問題点が含まれていた。
  • 1983年以来、生活扶助基準の決定において、物価は直接参照せず、消費実態を参照することとなっているのに、なぜ?
  • 5年間で約5%というデフレ率は、異様に大きいのでは?
このうち前者の「物価の直接参照」は、基準部会委員たちも相談や説明を受けていない状態で、厚労省の独断で行われた。
また、後者の「異様に大きいデフレ率」は、全く正当性のない計算に基づいていた。
中日新聞社(当時)の白井康彦氏が、これらのことを1年足らずの期間で明らかにした。なお、生活保護基準は統計法の「公的統計」に含まれるため、白井氏は「統計不正」と呼ぶことを提唱している。

最高裁は、引き下げの何を審理したのか

最高裁が審理したのは、「4.78%のデフレ」ではなく、「12.6%の不均衡」であった。裁判が進行する過程において、多くの地裁が「4.78%のデフレ」を根拠としたことを理由として国を敗訴させたため、厚労省は、低所得世帯(第1・十分位)との間に12.6%の消費実態の不均衡があったと主張するようになった。
言い換えれば、「生活保護世帯は同等であるべき低所得世帯よりも10%以上豊かな生活をしていた」ということである。「12.6%の不均衡」の根拠は、未だ明らかになっていない。

最高裁は、不均衡を是正することの妥当性は認めたが、専門家の知見によらずに物価指数によって不均衡を是正したことは生活保護法違反であり、裁量権の逸脱であるとした。
ただし、最高裁は「専門家の知見がありさえすればよい」とは述べていない。消費実態において容認されうる不均衡の程度についても、一言も述べていない。また、判決は直接的には愛知県と大阪府の原告たちに対するものであるが、「他の原告たちや原告にならなかった生活保護受給者たちは関係ない」と言っているわけではない。

逆手に取られてしまった最高裁判決

最高裁判決を受けて、厚生労働省の生活保護基準部会の中に「生活保護基準部会 最高裁判決への対応に関する専門委員会」(以下、専門委員会)が設置され、2025年8月から11月までの間に9回の会合を行い、報告書を取りまとめた。
この報告書に基づいて決定された対応方針は、以下の3点である。
【2013年の生活扶助基準見直しの再検討】
ゆがみ調整と消費実態に基づく調整を行う。ゆがみ調整は2013年の引き下げ時と同様で支障ない。

【消費実態に基づく調整】
2012年の生活扶助基準に対して2.49%の引き下げとする。2013年のデフレ調整による引き下げ幅は4.78%であったため、2013年の生活扶助基準に対しては差し引き2.29%の引き上げとなる。

【給付対象の選別】
勝訴した原告(愛知県および大阪府)に対しては、2013年に引き下げられた4.78%を満額給付する。死亡者に対しては給付を行わない。その他の生活保護受給者(他都道府県の原告を含む)や元受給者に対しては、2.29%の引き上げに相当する分のみを給付する。


対象となる期間は、生活扶助本体は2013年~2018年(2018年の生活扶助基準見直しで2013年の引き下げは無関係になったというのが厚労省の主張)、生活扶助に対する加算は2013年~現在。
最高裁判決は、「専門家のお墨付きがあればよい」「ゆがみ調整なら、かまわない」「消費実態に基づく引き下げなら、問題ない」「原告とそれ以外で給付金額を分けることには支障ない」というお墨付きを与えたわけではない。しかし、結果として、そのように利用されてしまった。
ネタが古くて恐縮であるが、TVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の葛城ミサトのように、「なんてインチキ!」と叫びたい。それ以上に問題と感じるのは、決定の客観的根拠が不明瞭であることだ。
なお、1世帯あたりの給付金額は、数万円~数十万円程度(多人数世帯、かつ加算のある世帯類型の場合)となり、多くの世帯では数万円程度にとどまると見られる。

「ここで妥協しないと、もっとひどいことになる」と暗示?

「最高裁判決に基づいて」という観点からは、「ゆがみ調整」と「2分の1処理」を2013年の引き下げ時と同等とすることに対して反論することは難しいかもしれない。しかし、適正性に関する疑問は残る。
消費実態に基づく2.49%の引き下げは、2012年基準に対するものであり、2013年基準に対しては全生活保護世帯で引き上げとなる。
問題は、この数値の根拠である。
高裁に提出された「生活扶助基準は12.6%高すぎた」という主張は、専門委員会において「12.0%」と修正され、世帯人員1人あたりの消費を過小に算出して委員から指摘されるなどの議論を経た後、2009年には「生活扶助基準は5.75%高すぎた」という結果に至り「2.49%」「4.01%」「5.54%」という3つの引き下げ幅の案を提示し、2013年基準に対しては一定の引き上げとなる「2.49%」を採用したのである。なお、ここに出現する数値の計算過程は、いずれも明らかにされていない。
専門委員会の審議をおおむねすべて傍聴していた筆者は、厚労省の用意した資料が、最初に大幅な引き下げとなる可能性のある数値を示し、ついで少しは許容されうる数値を示し、「ここで妥協しないと、もっとひどいことになりますよ」と暗示するストーリーである可能性を考えないわけにはいかなかった。

「勝訴した原告」を分断する目論見?

最も問題があるのは、勝訴に至った原告とそれ以外で、異なる金額の給付を行うことである。
他の原告は、最高裁判決まで裁判を継続せざるを得なくなる。また、原告にならなかった人々や2013年以後に生活保護受給を開始した人々による新規の提訴という可能性も発生する。
紛争の長期化や蒸し返しを避ける「一回的解決の要請」は裁判の常識であるが、今回の追加給付は、厚労省と国が自ら長期化と蒸し返しを誘導しているようなものである。
また、この種の行政訴訟は代表訴訟であるため、「勝訴した原告だけに満額給付」という方法は、代表訴訟としての性格を無視するだけではなく、憲法14条(法の下の平等)、憲法25条(生存権)、生活保護法2条(無差別平等)にも反している。勝訴した原告とそれ以外の人の分断にもつながりかねない。
国家公務員法98条1項には「職員は、その職務を遂行するについて、法令に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」とある。法令に沿えない事情が「職務上の命令」によって発生することは、あってはならないはずだ。

時間の流れと「老い」を利用する作戦?

追加給付方針のうち、死亡者には給付しないという点については、法的にはやむを得ない面があるかもしれない。
なぜなら、生活保護を受給する権利は、各世帯の各人が受給資格を有する場合にのみ存在し、死亡後に相続されることはないからだ。
しかし、本裁判においては、2013年の引き下げと審査請求、そして2014年以後の訴訟が続く中で、約1000人の原告のうち約25%が死亡した。もともと高齢者・傷病者・障害者が多く含まれていたため、当然の成り行きである。訴訟が継続されれば、さらに多くの原告が、本来受けられるべき追加給付を受け取れないまま世を去るであろう。
もっとも、1人あたりの追加給付金額を考えると、死亡による節約は、国にとっては微々たるものである。
もしや「裁判を頑張っても無駄」という既成事実を積み上げ、自発的な泣き寝入りを誘発することが目的なのであろうか? そのような疑念が、どうしても心の中に湧き上がる。

数年後、国が「倍返し」をさせられる可能性も

ここで改めて、2013年の引き下げに至る経緯を振り返ってみよう。
常に念頭に置いておきたいのは、新自由主義への世界的潮流、および日本国憲法の改正を目指す動きの影響が、生活保護政策に否応なく反映されており、2013年の生活扶助基準引き下げも例外ではないということだ。
最高裁判決は、引き下げを生活保護法違反とし、取り消しを求めた。しかし厚労省の対応は、「取り消しによって給付する金額を少なくする」「給付金額の算定に至る計算の根拠を示さない」「訴訟の代表性は、全員に同内容の給付を行うことではなく、給付金額に差をつけることで考慮する」というものである。
背景に、憲法による生存権の保障の縮小を企図する政治勢力の「訴訟に勝ったくらいで、生活保護受給者にフルスペックの人権を認めてはならない」「知らしむべからず由(よ)らしむべし、であるべき」「生活保護受給者に、法の下の平等は関係ない」という考え方の影響があったとすれば、それらの判断は全く不自然ではない。しかし、そのような考慮は、憲法・法律に反する。
今後、追加給付に関する審査請求や訴訟が行われ、判断および判断過程に含まれる問題が少しずつ明らかになることに期待したい。それらの訴訟で勝訴が確定した場合、国は、今回減らされた追加給付分を新規に追加し、結果として概ね2倍の追加給付を行うことになるかもしれない。「倍返し」だ。
人命やギリギリの生活に関わる場面での計算過程やその根拠は、考えられる限りにおいて妥当かつ適正なものでなければならないだろう。
裁判所により「統計不正」を理由として違法とされた事項を是正するにあたり、国がさらに「統計不正」を重ねることは、断じてあってはならない。
筆者は、1990年代に半導体分野での数値計算とシミュレーションを専門としていた。その立場から、今後、専門委員会の審議に提示された資料や議事録を再検討し、埋め込まれたメッセージを注意深く読み取り、算出された数値の妥当性を検証したい。


■みわ よしこ
フリーランスライター。博士(学術)。著書は『生活保護制度の政策決定 「自立支援」に翻弄されるセーフティネット』(日本評論社、2023年)、『いちばんやさしいアルゴリズムの本』(永島孝との共著、技術評論社、2013年)など。
東京理科大学大学院修士課程(物理学専攻)修了。立命館大学大学院博士課程修了。ICT技術者・企業内研究者などを経験した後、2000年より、著述業にほぼ専念。その後、中途障害者となったことから、社会問題、教育、科学、技術など、幅広い関心対象を持つようになった。
2014年、貧困ジャーナリズム大賞を受賞。2023年、生活保護制度の政策決定に関する研究で博士の学位を授与され、現在は災害被災地の復興における社会保障給付の役割を研究。また2014年より、国連等での国際人権活動を継続している。
日本科学技術ジャーナリスト会議理事、立命館大学客員協力研究員。約40年にわたり、保護猫と暮らし続ける愛猫家。


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