「AFURI」商標騒動に新展開 地元・伊勢原市が“100ページ超え”資料を特許庁に提出し「待った」をかける
ラーメンチェーン店「AFURI(らーめん阿夫利)」を運営するAFURI社が、神奈川県伊勢原市の酒蔵、吉川醸造が販売する日本酒「雨降(あふり)」を商標権侵害で訴えてから、間もなく3年になる。訴訟が明るみになった際、権利侵害を訴えたAFURI社に対する批判的な意見が目立ったことを覚えている方も多いのではないだろうか。
批判の大きな理由は、どちらのブランド名も、伊勢原市の歴史的名所である「大山阿夫利神社」と、その神社が山頂に位置する山岳「大山(別名・阿夫利山)」の略称・愛称である「阿夫利(あふり)」に由来していたからだ。AFURI社が、地域に根差した名称に独占権を主張して、同じ阿夫利をルーツに持つ地元企業を脅かす構図に映ったのだ。この侵害訴訟は現在も東京地裁で審理中だ。それだけでなく、両者はAFURIの商標を巡る複数の訴訟や審判を抱えており、トラブルは長期化の様相を呈している。そして、この争いには、新たなプレイヤーが加わるかもしれない。他ならぬ「阿夫利」を擁する自治体、伊勢原市が、AFURI社の商標出願に「待った」をかけたのだ。人口約10万人、神奈川県内の19市のなかで中堅規模に位置付けられる伊勢原市の狙いは何なのか。そして、この商標争いは今後どうなっていくのだろうか。(本文:友利昴)
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日本酒「雨降(あふり)」

伊勢原市がAFURI社の商標出願に突きつけた「意見」の中身

伊勢原市が問題視したのは、AFURI社が、雑貨類、調理器具、アパレル、食品類、酒類、小売業などの広範な分野で商標出願中の「阿夫利」。この出願について、伊勢原市は今年2月、特許庁に対して「商標登録すべきではない」とする意見を、実に100ページ以上の資料とともに提出している。伊勢原市役所の関係者に取材したところ、市として特許庁へ書面提出を行ったのは事実と確認できたものの、それ以外についてはノーコメントとのことであった。では、彼らの提出した書類から、「『待った』をかけた理由」を読み取ってみよう。一読して気付かされるのは、伊勢原市は「阿夫利」を「地名」とは主張していない点だ。
事件発覚当初、AFURI社に対しては「地名を無断で商標登録して独占しようとしている」という批判が多く寄せられていたし、吉川醸造も、裁判等において「阿夫利は地域名であるから商標登録自体が無効である」旨の主張をしている。しかし、伊勢原市はそうは言っていない。実は、「阿夫利は地名だから商標登録は無効」という主張は、これまでの吉川醸造とAFURI社の争いで、特許庁や裁判所において一貫して否定されてきた事実がある(この争点については執筆時現在、最高裁に上告されている)。実際、阿夫利は市町村などの行政区画名ではない。また、正式な行政区画名でなくとも「湘南」や「房総」のように、事実上、地域名としての認識が確立している言葉もあるが、当局は「阿夫利」についてはそのような認定をしていないのだ。

「共有財産」の独占に「待った」をかけた90年代の類似事件

伊勢原市は、阿夫利を地名とは言わず「地域で信仰・敬愛の対象とされる神社や山岳の略称であり、長年、行政活動・地域振興のために使われた結果、伊勢原市と周辺自治体において、自由な使用が奨励される歴史的・地理的な共有財産として認識されている」旨の主張をしている。そんな「地元の共有財産」が特定企業に広範に独占されれば、行政施策や地元企業の事業に混乱や萎縮を招くおそれがあり、秩序を乱し、公共の利益にも反する……と訴えているのだ。そのような商標登録を認めるべきではない、というわけである。実は、これと似た理屈で自治体と私企業が争い、自治体側が勝訴した「母衣旗(ほろはた)事件」という裁判が平成時代に起きている。1997年頃、「母衣旗」という言葉を商標登録した建設業者が、福島県石川町で「母衣旗まんじゅう」「母衣旗うどん」などを販売していた複数の事業者に対し、商標権を盾に損害賠償金を要求したり、使用料を徴収したりしていた。「母衣旗」は、「阿夫利」同様に行政区画名としての地名ではなく、また地域名と認識されているわけでもなかった。石川町において、平安時代、源義家が町内の神社に武具の「母衣」と「旗」を奉献したことに由来するかつての地名と伝えられており、同町の「母畑(ぼばた)」という地名にその名残が見られる。一方、石川町はこの伝承を地域振興に活用。
「母衣旗まつり」を開催し、その他の行政施策にも「母衣旗」の名を用いていた。こうした行政の態度から、地域住民には「母衣旗」は地域の共有財産であるという認識が広まっており、ゆえに「母衣旗○○」という商品が多くの事業者から販売されていたのである。そんななか、「母衣旗」の商標権を取得した業者の権利行使に、石川町が「町興しを妨害している」として商標権を無効とするよう訴えを提起。これが認められたという裁判である。伊勢原市の主張は、この裁判例を参考にしたようにも思われる。
「AFURI」商標騒動に新展開 地元・伊勢原市が“100ページ超え”資料を特許庁に提出し「待った」をかける

ラーメン店「AFURI」のロゴ

伊勢原市は「阿夫利」を堂々と使ってはどうか?

「母衣旗」の商標権者とAFURI社の権利行使を安易に同列視はできないが、少なくとも、伊勢原市としては、地域の共有財産であるはずの「阿夫利」が、AFURI社の訴訟や権利化活動によって使いにくくなり、それが地域振興に悪影響を及ぼし得ることに危機感を募らせていることがうかがえる。伊勢原市の主張が通るかどうかは、当局の判断を待つほかない。しかし、地域住民の不安を払拭(ふっしょく)し、「阿夫利」を地域の資産としてこれからも継承したいのであれば、伊勢原市は商標出願に異を唱えるだけではなく、自ら萎縮することなく、地域振興策に「阿夫利」を活用し続けた方がよいだろう。実は「母衣旗事件」は、商標権が無効になったことで解決を見たものの、過去に警告を受けて商品名を変更した「母衣旗まんじゅう」や「母衣旗うどん」は、結局、名前を元に戻すことはなく、「母衣旗まつり」も今は名前が違うという。騒動の影響で「母衣旗」を町興しに使うことに消極的になったのでは……とする最近の考察がある(※)。※四方田瑠津「聖知巡礼 母衣旗事件」(『発明THE INVENTION』2026年4月号、発明推進協会)市民の不安を払拭するには、ただ法的に白黒つけるだけでは足りないこともあるのだ。仮に、自治体が道路や橋やトンネルなどに「阿夫利」と名付けても、明らかに自治体が管理する公共物と分かるため商標権侵害にはならない(阿夫利橋などはもうすでにあるようだが)。商標権は、商品・サービスにおけるブランド表示にしか及ばないからである。
現在、伊勢原市と小田急電鉄は、市内に新駅の敷設を計画しているが、その駅名を「阿夫利駅」とするのも一案だろう。極端なアイデアだが、市名を「阿夫利市」に変えることだって、自治体にとっては選択肢になり得る。そして、このような取り組みにより、地名や共有財産としての認識が広まれば、商標権の効力は制限される。自治体の率先垂範(そっせんすいはん)した使用によってこそ、地域住民が使いやすい環境が整うのだ。果たして「阿夫利」は地域の共有財産か。それとも一企業のブランドとなるのか。二者択一ではなく、両立もあり得るが、いずれにしても、それは裁判の行方によって決まるというよりも、当事者各々のこれからの振る舞いにかかっている。願わくば、今回の伊勢原市の問題提起をきっかけに、AFURI社と吉川醸造の間に横たわる深い溝を埋める恵みの雨が降ることを望みたい。■友利昴(ともり・すばる)作家。企業で知財実務に携わる傍ら、著述・講演活動を行う。ソニーグループ、メルカリなどの多くの企業・業界団体等において知財人材の取材や講演・講師を手掛けており、企業の知財活動に詳しい。『明治・大正のロゴ図鑑』『知財部という仕事』『エセ著作権事件簿』の他、多くの著書がある。
1級知的財産管理技能士。

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