政治家としてのイメージが強い枝野氏だが、元々は弁護士だった。1988年に司法試験に合格し、1991年に司法修習を修了、弁護士に登録した(43期)。
弁護士を志した原点であるリンカーンへの憧れから、東日本大震災の際に官房長官として「枝野寝ろ」と言われ続けた極限の記者会見の内側、老朽原発リプレイス論の真意、そして共同親権・防災庁への深い憂慮まで——政局分析ではない「政治家としての信念」と、やり残した課題を語った。(聞き手:岩田いく実)
弁護士を志した原点は「リンカーン」
弁護士を志したきっかけを教えてください。
枝野氏:実は、子どもの頃から「政治家になりたい」という思いが先にありました。家が政治家系だったわけではないので、どうすれば政治家になれるかを考えた時、伝記で読んだリンカーンなどアメリカ大統領の3人に2人が弁護士出身だった。「弁護士になれば政治家になれるんだ」と。そこから弁護士を志しました。
その後弁護士から政治家になられた。まさに初志貫徹ですね。現在は落選中という立場ですが、心境の変化はありますか。
枝野氏:議員生活は非常に多くの方々に支えられてきましたから、家族や支持者など周囲の皆さんには「落選して申し訳ない」という思いがあります。ただ、私自身は次の飛躍に向けて力を蓄える時期だと捉えています。今はあえて具体的な目標等の設定をせず、やれることをやっていこうと思っています。そんな時間の使い方ができるのはきっと、今だけですから。
誤解がひとり歩きした東日本大震災での経験
東日本大震災当時、官房長官として不眠不休で記者会見に臨む姿は、インターネット上で「枝野寝ろ」という言葉も生みました。当時は福島第一原発事故の情報が不確定であり「直ちに影響はない」という言葉も記者会見で使用されていましたが、改めて当時の記者会見や政治家としての発信に悔いはありませんか?
枝野氏:全くありません。むしろ、あの極限状態でやるべきベストは尽くしたと自負しています。多くの誤解がありますが、「直ちに健康に影響はない」という記者会見での発言は、空中放射線量など事故全体の影響について話していたわけではありません。牛乳や水などから検出された放射性物質について「数日間摂取しても健康被害が出るレベルではない」という事実を、3回、5回と繰り返した。それが全てです。
「情報を隠しているのではないか」という疑念を抱く国民もいました。
枝野氏:意図的に隠したものなんて一切ありません。ただ、「分かっていること」と「推測」を明確に分けて記者会見に臨み続けました。例えばメルトダウンについては3月11日の震災発生から2日目には「その可能性がある」と明言し、その前提で対応していました。しかし、確定的な証拠がない段階で「しています」と断定することは、法的・行政的責任を負う立場としてできません。そのため、言葉の表現には細心の注意を払い続けました。
会見での「落ち着いた話し方」が大変印象的でした。
枝野氏:私は元来、早口でハイトーンで話してしまうんですよ。だからこそあの時は「ゆっくり、低い声で喋る」ことに集中しました。誤解が少しでも生まれないように、とにかく丁寧にわかりやすいように話すことを心がけていましたね。誰もが原発の未来の話から逃げている
東日本大震災後の2012年、民主党政権下で「2030年代に原発稼働ゼロを目指す」という画期的なエネルギー戦略を主導されていました。しかし、最近のご発言やインタビューを拝見すると、老朽原発の「条件付きリプレイス(建て替え)容認」へと、方針を転換されたようにも受け取れます。この点の考えをお聞かせください。
枝野氏:「一日も早く原発をやめる」という信念が揺らいだことは一度もありません。2012年当時、民主党政権は「2030年代に原発ゼロ」を掲げました。しかし、その後の自民党政権に移ってからの15年間で、再生可能エネルギーの普及も原発依存からの脱却も、旧民主党政権が想定していた3分の1も進んでいません。この「空白の15年」によって、2030年代に原発をやめることが困難な状況が作られてしまった。
今のままでは、使用開始から40~60年と老朽化した原発を無理やり延命して使い続けることになる。自民党の議員の中にも、危険だという認識を持っている方は当然いるでしょう。
原発の話はとてもナイーブです。「やめた」と言うだけなら簡単ですが、それだけでは済まない。原発が立地している自治体は今後どうなるのか、廃炉に必要な技術者をどう育て続けるのか、使用済み燃料の保管施設や処分場はどこに作れるのか。課題は山積みですが、議論を尽くして1つずつ決めていく必要がある。
ところが、現実的な話ができる空気は国会にも世論にも熟成されていません。今、誰もが原発の未来の話から逃げている。「原発ゼロ」か否かという入口のスローガンのところで対立し議論が深まらない。
いつかは、古い原発をどうするのか、という課題を乗り越えながら、原発をやめていく必要がある。私は批判の声をきちんと受け止めつつ、逃げずに再び議論を熟成させたいですね。
政治の集会に来ない、SNSで声を上げない「圧倒的多数」にどう届けるか
以前から「サイレント・マジョリティ(物言わぬ多数派)の声を聞く」ことの重要性を説かれています。この真意について、改めて教えてください。
枝野氏:まず誤解されがちなのですが、政治の集会に来て声を上げたり、ネットで熱心に発信したりする人は、決して「サイレント」ではありません。むしろ、選挙にも行かない、政治家に物も言わない、政治に無関心に見える層こそが「サイレント・マジョリティ」の中心です。例えば、ある政治的アクションに対して、有識者やメディア、一部のネット世論などがどれだけ批判しようとも、市井の多くの国民は「それで良かったんじゃない?」と受け流す。その「なんとなくの空気」を持っている人々をどう味方にするかを、考え続ける必要があります。
「物言わぬ人々」を味方にするためには、何が必要でしょう。
枝野氏:私自身ずっと悩んでいることですね。ただ、最もやってはいけないのは「自分たちの正義の押し付け」です。これは日本の左派やリベラルと呼ばれる勢力の最大の弱点です。「自分たちは正しい主張をしているのだから、理解できない側が悪い」「無知なあなたたちに教えてあげる」という上から目線のスタンスでは、サイレント・マジョリティは絶対についてきません。
彼らの生活実感に寄り添い、どう共感の回路を開くか。決して迎合するのではなく、こちらが掲げる理念に「納得」してもらうアプローチが必要です。
現在野党が乱立し、政権交代への道筋は見えにくい状況です。野党再編についてはどのようにお考えですか。
枝野氏:私は一貫して「大きな塊を作ること」自体を目的化すべきではない、と言い続けています。まとまること自体を自己目的化すると、無理が生じて必ずつまずく。大切なのは数ではなく、「このチームに政権を委ねてみたい」「この人物に一票を託したい」と思わせる求心力。つまり、政党としての「エッジ(尖り)」を立てることです。バラバラであることを恐れる必要はありません。求心力があれば、結果として大きな勢力は後から付いてきます。
「エッジ」を立てるヒントは、どこにあるのでしょうか。
枝野氏:誰も言っていないような隙間のテーマ、それでいて本質的な課題を提示することです。例えば、2017年の立憲民主党結党時、「立憲主義」なんて言葉を使っている人は、弁護士でもなければほとんどいませんでした。しかし、それを明確に掲げたことで、それまで政治に関心のなかった人々を巻き込む強い「ナラティブ(物語)」が生まれた。一方で、近年台頭している第三極の政治勢力も手法の是非はあれど、政治に無関心だった層を刺激し、動かしているという事実があります。有権者が「自分たちが政治家を育てている」という楽しさや参加型の一体感を生み出している点は、改めて学ぶべきだと思っています。
単なるネット動画の過激さだけでなく、確固たるエッジとナラティブをどう構築し、一過性のブームではなく本質的な社会運動として定着させていくか。これが、これからの野党、そして私自身の大きな課題です。
「共同親権」の導入に懸念…政治家としてやり残したこと
政治家としてやり残したこと、与野党問わず国会議員に託しておきたいことはありますか。
枝野氏:まずは本年4月から始まった「共同親権」の導入について、与野党問わず議員の皆さんに今後注意深く運用を監視してほしい。運用を誤ればダイレクトに人の命を奪いかねません。このテーマは国会の中で監視を続けたかったです。私は共同親権の国会審議の際、党内に導入反対の流れを作るためにかなり強い言葉で声をあげました。DV(家庭内暴力)をした配偶者が「親権」という武器を使って、別れた配偶者を支配し続ける道具にしてしまうおそれがあるからです。
法案にはDVへの配慮も盛り込まれましたが、懸念事項は多いでしょうか。
枝野氏:効果的な文言修正は勝ち取りましたが、全ては「運用」にかかっています。法務省は十分なチェック機能を果たせないおそれがある。現状でもパンク寸前の家庭裁判所が巧妙に隠されたDVを見抜けるのか、というと難しいでしょう。今、私は現職議員ではなくても、共同親権を懸念している弁護士たちと連携し不適切な運用が行われていないか監視し続けるつもりです。これは私の、法律家としての責務でもあります。
そして、防災庁(※)についても私自身の経験を国会審議などで活かしたかったですね。
※内閣直下で事前防災から復旧・復興までを一元的に担う災害対応の司令塔で、石破茂前首相が主導した構想を高市政権が引き継いでいる。4月14日に衆議院・本会議で審議入り。2026年11月の設置を目指している。
「防災庁」の創設には、東日本大震災での経験を持つ政治家は欠かせない存在だったと思います。
枝野氏:これは、忸怩(じくじ)たる思いがあります。防災庁の制度設計や国会審議には、何としても直接関わりたかった。なぜなら、あの3.11の官邸で、何が起き、何が機能しなかったかを骨身に染みて知っている政治家は、今の国会を見渡してもそう多くはないからです。震災当時、菅総理が東電本社に乗り込んで初めて、現地とテレビ会議システムがつながっていることが分かったというエピソードがあります。もし3月11日当日の夜にそれがわかっていれば、対応はもっとスムーズだったはずです。
今は官邸と各機関がデジタルでつながっていますが、それでも「つながっているはずのものが機能しない」事態を想定した、泥臭い制度設計が必要なんです。
一度組織を作ってしまえば、後から直すのは何倍もの労力が要る。最初の一筆を引く段階で、現場の皮膚感覚をどれだけ叩き込めるか。そこが勝負だった。
最初から「完成形」ができるなんて誰も思っていませんが、少なくとも「教科書通りのきれいごと」で組織を動かそうとする危うさへの注意喚起に、私の声は役に立てたのではないかと思います。防災庁は国民を守る重要な機関になりますから、政党の垣根を超えて徹底した議論を尽くしてほしいですね。
枝野幸男は総理大臣を目指すのか
最後に、総理大臣を目指すのかと問うと、枝野氏は「……天命を待つ」と答えた。枝野氏:昔からよく話してきたんですが、かつて第42代総理大臣の鈴木貫太郎は、二・二六事件(1936年)で命を落としかけながら(※)、後に天命を受けて日本を終戦へと導きました。私も落選という形で政治生命を奪われかけました。もしも、自分に天命があれば再び立つ時が来るでしょう。
※襲撃され4発の銃弾を受け瀕死の重傷を負ったが、奇跡的に命をとりとめた。
落選という静寂の中に身を置きながらも、枝野氏は終始笑顔だった。しかし、眼光には次なる嵐を予感させる鋭い知性が宿る。
全国に足を運びたい、気軽に呼んでほしいと語る氏が再び表舞台に戻る時、それは日本の政治が「現実と信念の対峙」を迫られる時なのかもしれない。
■岩田いく実
損害保険会社、法テラス、一般民事系法律事務所に勤務後、ライターに転身。パラリーガル経験を活かし、年間60人を超える弁護士・税理士を取材。相続や離婚、不動産売却、債務整理、損害保険などのテーマを中心に執筆。第一法規『弁護士のメンタルヘルスケアの心得』で記事執筆、自主出版に『ルポ豊田商事』がある。

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