事業部門のトップとして業務を執行する「執行役員」。取締役などの「役員」とは異なる立場ですが、他の役職と混同されやすく、役割や位置付けに悩む企業も多いでしょう。
執行役員とは?
執行役員とは、取締役などの役員が決定した重要事項や方針を実行する役割を担う人のことです。本来、取締役が持つ「意思決定および監督」と「業務執行」の役割を分け、「業務執行」を執行役員に任せることで、取締役が経営に専念できるようにすることを目的として設置されました。経営に関する重要事項や方針に関する決定権限はありません。執行役員は会社法や商業登記法で定められているものではなく、あくまで社内の役職にとどまり、会社との関係は「従業員」に当たりたります。
執行役員の英語表記は「Executive Officer」「Corporate Officer」などが一般的です。しかし、執行役員が担う役割は企業によって異なるため、仕事の内容を判断した上で英語の表記を決めるケースもあるようです。
執行役員制度が導入された経緯
執行役員が国内で導入されるようになったのは、1997年にソニーが「執行役員制度」を実施したことがきっかけです。従来の日本企業では、取締役の役割が「業務執行」に比重がかかり、「意思決定」や「監督」の機能が十分果たせていませんでした。そのため、アメリカの企業統治モデルにならい、会社法の機関である執行役とは異なるものの、執行役員を設置することで、取締役会の活性化や監督機能を強化しようとしたのです。ソニーでの導入後、日本でも大企業を中心に執行役員制度が普及していきました。もっとも、取締役数の削減を目的として設置されることも多いと言われています。
執行役員と執行役・取締役との違い
執行役員と混同されやすい会社の役職に、執行役や取締役などがあります。これらはどのように違うのでしょうか。役割や位置付けの違いについて、下の表でご説明します。

取締役との違い
取締役とは、会社法に定められている「役員」の一つで、株主総会で選任され、株式会社に必ず設置しなければならない機関です(会社法第326条第1項)。代表取締役は、対外的に会社を代表する立場にあります。株主総会で選出された取締役によって構成される取締役会や業務執行取締役が、会社経営における「意思決定」を行い、執行役員は従業員として決定された内容を「実行」するという関係にあります。
執行役との違い
執行役とは、「指名委員会等設置会社」のみに置くことが定められている機関のことです(会社法第402条第1項)。会社法上では、該当の会社には1人もしくは2人以上の執行役を置かなければならないと規定されています。取締役会や、取締役が決定した重要事項や方針を実行するという点では執行役員と役割が似ていますが、執行役員は「従業員」であり、執行役は「機関」であることが大きな違いです。取締役と兼任しているケースも多く見られます。
企業によっては、CEO Chief Executive Officer=最高経営責任者)やCOO Chief Operating Officer=最高執行責任者)などの肩書きを使用しているケースもあります。これらの肩書きも会社法に定められている役職ではなく、企業が独自に定めている呼称です。組織規模や形態などによっても表現が異なることを知っておきましょう。
役員とは
役員とは、経営方針を立てて決定するなど会社全体を管理監督する役職で、「取締役」などがこれに当たります。一方、執行役員には「役員」という言葉が含まれているものの、「経営の意思決定権を持たない」「会社と雇用関係にある」という点で、会社法で定義される「役員」とは明確に異なります。
執行役員設置に関する法律とは
執行役員は、会社法・商業登記法上で定められている役職ではないため、執行役員の設置を直接的に定めた法律はありません。設置する際の規定やルールは、企業ごとに決められます。しかし通常、執行役員は「従業員」に当たるため、労働基準法が適用されます。執行役員を設置する際には、労働基準法が定める基準や義務などを確認する必要があるでしょう。
執行役員を設置するメリット
執行役員を設置することにより、企業にはどのようなメリットがあるのでしょうか。以下に3つのメリットをご紹介します。
メリット①:取締役が経営に専念できる
取締役の役割を明確に分け、事業遂行などの実務を執行役員が担当することで、取締役は会社経営に専念できます。取締役が経営に関する意思決定や監督のみを行うことができれば、取締役の機能を強化、活性化させることができるでしょう。企業全体の意思決定の効率化や、スピーディーな経営判断も期待できます。
メリット②:現場での意思決定がスムーズに行える
執行役員は業務執行に関する権限を持つため、現場レベルでの意思決定を迅速に行うことができます。現場の状況や従業員の声を聞きながら、臨機応変に対応できるでしょう。また執行役員を設置することで、「会社の経営方針を伝える」「現場の意見を経営に反映させる」など、取締役と現場の橋渡し役となることも期待できます。
メリット③:人選の幅を広げやすい
執行役員は従業員という位置付けのため、人選の幅を広げやすいこともメリットの一つです。現場の優秀な若手人材を執行役員に任命し、活躍する場を提供することもできます。執行役員として経験を積ませることを、取締役へのステップとさせる企業もあるようです。
執行役員を設置するデメリット
執行役員を設置することで生じるデメリットには、次のようなものがありますので、併せて把握しておきましょう。
デメリット①:立場が明確ではなく、他の役職との違いがわかりづらい
執行役員は法律で定められた役職ではないものの、「役員」と表記されているために、企業によって立場が不明確になるケースがあるようです。また、本部長や事業部長など、現場の実務を取り仕切る役職との違いがわかりにくくなってしまう可能性もあります。役職の形骸化や現場での混乱を避けるため、それぞれの権限が及ぶ範囲を明確にする必要があります。
デメリット②:現場を考慮した経営判断が行われなくなる可能性も
取締役が業務を執行しなくなることで、現場の声が経営に届きにくくなり、実務面を考慮した経営判断ができなくなる可能性があります。また、現場から離れた取締役の意思決定を待つことで、業務執行が遅れ、支障を来すことも考えられます。執行役員を設置する際には、報告や指示が適切に行われる体制を整える必要があるでしょう。
執行役員設置時に決めること
実際に執行役員を設置する際には、どのような手続きや取り決めが必要になるのでしょうか。ここでは、押さえておきたい手続きの内容や契約形態、報酬などの基礎知識をご紹介します。
執行役員の選び方
執行役員は、一般的に取締役会決議で選任されます。執行役員は役員ではありませんが、「重要な使用人」(会社法第362条第4項第3号)に該当する場合が多いためです。執行役員の平均年齢は企業によってさまざまですが、近年では20代~30代の若手を執行役員に任命し、活躍を促すケースも増えているようです。
執行役員設置時に必要な手続き
執行役員は会社法や商業登記法で定める「役員」ではないため、設置に法的な手続きは必要ありません。しかし、役割や服務条件などを明記した「執行役員規定」を作成する場合には注意が必要です。執行役員は通常、「従業員」に当たるため、「執行役員規程」は労働基準法に沿って策定されますが、既存の就業規則を「執行役員規定」で準用するか否かを含めて、検討が必要になるでしょう。
報酬は?
執行役員は通常、従業員に該当するため、報酬は他の従業員と同様に賃金として支払われます。執行役員は従業員の最高職として位置付けられることが多く、一般の従業員よりも賃金が多く支払われるケースが多いようです。
契約形態は?
執行役員の契約形態は会社によって異なりますが、一般的には「委任型」と「雇用型」の2つに分けることができます。「委任型」に該当する場合は、比較的業務の裁量が広いことが特徴です。受任者の独立性や専門性が認められ、取締役などの役員と同等の責任を負うケースが多いため、業務の対価として報酬を支払うという考え方になります。契約についても、会社側・受任者双方に解約する自由があります。
一方、「雇用型」の場合、業務遂行にあたっては原則として会社の指示に従い、労働の対価として賃金が支払われることになります。執行役員の設置にあたっては業務内容や受任者の能力によって、どちらの契約形態を選ぶかを十分に検討し、判断しましょう。
任期はある?定年は?
執行役員の任期は、定めるパターンと定めないパターンの両方が混在します。1年間と定めている企業では、定期株主総会の後に初めて行われる取締役会までの間と定めているようです。しかし、契約形態や企業規模などによって異なり、特に「委任型」の場合は、任期を比較的自由に決めているケースが多いようです。
「雇用型」の場合は、従業員と同様に就業規則の規定が適用されるため、定年制が適用されるケースが多くなっています。任期の途中で定年を迎え、「従業員」でなくなった場合は、執行役員としての職務も失うことになります。
勤怠管理は?残業、有休は?
通常、執行役員は従業員であるため、勤怠管理を行う必要があります。
また、残業や有給休暇については、他の従業員と同様の扱いになります。就業規則や執行役員規定に明記しておくようにしましょう。
保険加入は?
執行役員の契約形態には、「委任型」と「雇用型」の2つのパターンがありますが、一般的には「雇用型」として会社と雇用契約を結ぶケースがほとんどのようです。その場合、執行役員は使用人となるため、他の従業員と同様に雇用保険・労災保険の対象者となります。
辞令の出し方
執行役員に選任された人物に辞令を出す際には、「委任型」の場合、取締役などの役員と同様に辞令の交付を行い、「就任承諾書」を取り交わすことが一般的です。「雇用型」の場合は、辞令の出し方に決まった形はありませんが、労使間のトラブルを防ぐためにも同様に辞令の交付を行い、「就任承諾書」を取り交わすことも一つの方法です。
執行役員の肩書き
執行役員の肩書きは、どのように記載するのがよいでしょうか。名刺への記載方法、社内での呼び方、取引先や顧客に執行役員がいる場合の呼び方をご紹介します。
名刺への肩書きの記載方法
名刺の肩書きは、「執行役員」と記載することが一般的です。部長職や取締役などと兼任している場合は、「執行役員部長」「取締役兼執行役員」などと表記するケースもあります。
社内での呼び方
執行役員は、会社によって役割や位置付けが異なるため、呼び方もさまざまです。一般的には「名字+役員」「名字+さん」と呼ばれることが多いようですが、企業文化によって異なるでしょう。
取引先などへの敬称の付け方
取引先や顧客に執行役員がいる場合の敬称は、部長や課長など他の役職と同様です。電話を取り次ぐ場合や、他者に紹介する場合には、「執行役員の○○様」と呼ぶのが適切でしょう。
執行役員を解任する場合
執行役員を解任する際は、どのように手続きをすればよいでしょうか。その際の注意点や、解任の流れを以下にまとめます。
執行役員が解任されるケース
執行役員の解任にあたっては、「執行役員規程」で定めた内容が判断基準となります。一般的には、下記内容のいずれかに該当した場合に取締役会の決議が行われ、解任に至るケースがあります。
1.執行役員として不正、不当または背信を疑われる行為があったとき
2.執行役員としての適格性に欠けると認められるとき
3.従業員就業規則の懲戒事由に該当するとき
4.執行役員の業務執行の過程またはその成果が不十分であり、かつ取締役会が本人を引き続き執行役員の地位に置くことが不適当であると判断するとき
5.その他、執行役員としてふさわしくない行為または言動があったとき
解任の流れ
執行役員の解任の流れについては、以下のように行うことが一般的です。
1.不正行為などがあった場合は事実調査を行う
2.取締役会で決議を行う
3.執行役員へ解任の通知を行う
雇用関係にある執行役員の役職のみを解任する場合は、法的な問題は生じにくいと思いますが、解雇する場合は、労働法に違反しないように注意することが必要です。
【まとめ】
執行役員を設置することで、経営判断の効率化や業務執行のスピード化、現場と取締役の意思疎通がスムーズに行えるなど、さまざまな効果が期待できます。設置にあたっては、契約形態や報酬などを定めた執行役員規定を作成することになるでしょう。一方で、業務執行での権限移譲を明確に行わないことで、執行役員のポストが形骸化しやすいという懸念もあります。執行役員の立場や役割を定め、社内へ浸透させていくことが、成功に導く鍵となるでしょう。