もしも日産が買収されるとしたら…いくらで買われる? どこに買われる?

日産自動車<7201>を巡り、「売却」という言葉が現実味を帯びて語られ始めている。象徴的だったのは、横浜本社ビルの売却だ。

売却後もリースバックで使用するため、表面的には「事業継続」。だが、象徴資産を切り離したという事実は、「日産は最終的な資金調達に踏み込んだ」という市場への強いメッセージとなった。「背水の陣」に追い込まれた日産にM&Aの足音が近づいている。もしそうなれば、いくらでどこに買収されるのだろうか?

実は「お買い得」な日産のTOB

同社の東証での時価総額は、2025年11月10日時点で約1兆3150億円。TOBの場合は市場価格にプレミアムを加えるのが一般的だ。

過去の国内自動車メーカーに対するTOBでは、2007年のスウェーデン・ボルボによる日産ディーゼルの買収で約32%のプレミアムが上乗せされた540円で募集した。2005年12月に日産ディーゼルが実施した公募増資の発行価格824円を下回る価格だったが、その後の株価低迷を受けた「安値になってからのTOB」だった。

同TOBのプレミアム32%を下限、2025年に実施されたTOBの全プレミアム平均の45.35%を上限と仮定すると、時価総額約1兆3330億円の日産をTOBで子会社化するには、過半数の株式を取得した場合で約8800億~9690億円が必要となる。完全子会社化する場合は、それぞれの2倍の約1兆7590億~1兆9400億円かかる計算だ。

今年発表されたTOBでは、トヨタグループによる豊田自動織機<6201>の買付総額が約4兆6840億円(TOB部分は約3兆6900億円)、NTTによるNTTデータグループの買付総額が約2兆円(同約1兆3470億円)だったので、日産の買収総額は、十分に「射程圏内」だと言えるだろう。

日産のPBRは0.26倍で、2026年3月期第2四半期の純資産は5兆1650億円。仮に45.35%のプレミアムを上乗せしたとしても、TOBを仕掛けた企業には、多額の「負ののれん」が生じる。すなわち、日産は「お買い得」な案件なのだ。

世界的に低金利の日本国内での資金調達や日産の資産や将来のキャッシュフローを担保とするLBO(レバレッジド・バイアウト)を実施すれば、買収はさらに容易となる。

国産車メーカーでは、ホンダとの交渉再開が最有力

それでは、どこが日産を買収するのか。真っ先に候補にあがるのは、国産車メーカーだろう。

最も可能性が高いのは、一時は経営統合で合意しながら2025年2月に日産側の申し入れで破談となったホンダだ。両者は電気自動車(EV)や自動運転などの次世代技術、生産拠点の整理統合などの「経営統合メリット」が大きいからだ。

一旦は合意に達しているので、日産が経営統合を受け入れれば迅速な実行が可能なことも、業績悪化が止まらない同社にとっては大きい。

他社との買収交渉に時間がかかるのは避けられず、最悪の場合は契約妥結前に倒産するリスクもある。そうなれば二束三文に売買されることになり、リストラもより過酷なものになるだろう。経営がV字回復しない限り、日産にとってM&Aは「時間との戦い」なのだ。

世界最大の自動車メーカーであるトヨタは、人口減少による日本市場の縮小と日産が得意としていた中国市場のEVシフトもあり、日産買収に動くとは考えにくい。

「小が大をのむ」買収も

一方、世界自動車市場の不透明性で中堅自動車メーカーの生き残りは厳しくなるとみられ、業界再編の機運は高まっている。

そのため、割安感のある日産の買収に、スズキ<7269>やマツダ<7261>、スバル<7270>といったメーカーが「小が大を飲む」買収に乗り出す可能性は否定できない。2兆円に満たないTOB資金の調達であれば、外資のメガファンドの支援を得ることで達成できる。

さらには日産傘下の三菱自動車が、三菱グループの支援を得て日産を「逆買収」する可能性も捨てきれない。

もし日産が経営破綻すれば、三菱自が「共倒れ」になりかねない。

そうならないように、三菱グループが日産を救済するシナリオだ。これならば日産が保有する三菱自株を、グループが望まない企業に譲渡される懸念も払拭(ふっしょく)できる。

自動車産業への出資に熱心な中東ソブリンファンド

ファンド自体が買い手となるケースも想定できそうだ。注目はサウジアラビアのパブリック・インベストメント・ファンド(PIF)をはじめとする中東のソブリン(政府系)ファンドだ。

これらのファンドは脱石油とEV国家戦略の観点から自動車メーカーを必要としており、日産のSUVや商用車、EV技術は中東市場との親和性が高い。

事実、2023年にアラブ首長国連邦(UAE)のアブダビ投資ファンド、CYVNホールディングスが子会社を通じて中国の新興EVメーカー蔚来汽車(NIO)約22億ドル(約3380億円)を、2024年にはPIFが米新興EVメーカーのルーシッド・グループに10億ドル(約1540億円)を出資している。

中東ソブリンファンドが日産のTOB資金を捻出するのは容易だろう。これまでの自動車メーカーへの投資実績ではマイノリティー出資が主流だったが、ルーシッド・グループや英マクラーレングループに、それぞれ60%超の出資をしていることから、日産を子会社化する可能性もある。

もしも日産が買収されるとしたら…いくらで買われる? どこに買われる?
パブリック・インベストメント・ファンド(PIF)
パブリック・インベストメント・ファンド(PIF)は、1971年に設立されたサウジアラビアのソブリン(政府系)ファンド(Iljanaresvara Studio / Shutterstock.com)

鴻海やアップルが買収する可能性は?

この他にも日産買収に前向きとされる台湾の鴻海精密工業や、自社EV「アップルカー」構想を持つ米アップルも買い手候補だ。

2024年にアップルは自社EVの開発中止を決定したが、同社は「アップルカー」開発の縮小と拡大を繰り返しており、開発再開にハンドルを切り返すことも十分に考えられる。

しかし、エレクトロニクスメーカーである両社は、「とりあえずの生産拠点」を求めている。日産の生産能力は「大きすぎる」のだ。

鴻海は日産が生産停止を決めた追浜工場(神奈川県横須賀市)の取得に動いたと報じられた。両社とも日産の買収までは考えておらず、実現しても工場の譲受や委託生産に留まりそうだ。

いずれにせよ日産が自主再建を諦めない限り、交渉は進まない。日産の決断が早ければ、マイノリティー出資や工場売却で経営の自主性を維持できるだろう。

決断が遅れて業績悪化が深刻化すれば、株価はさらに下落して買収の「割安感」が高まる。そうなれば同意なき(敵対的)TOBの誘因となり、日産の自主性が完全に失われた買収になる可能性が高い。

日産にとって「最適解」だった追浜工場の売却も、同社の意思決定の遅さから鴻海が交渉を打ち切ったとの報道もある。意思決定のスピードが、同社再建の成否を分けることになりそうだ。

文:糸永正行編集委員

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