【松屋】コロナ禍を耐え、再成長を目指す中堅百貨店のM&A戦略

中堅百貨店にとって「冬の時代」が続いている。そんな中で、東京を地盤とする中堅百貨店の松屋<8237>が巧みなM&A戦略で生き残りを図っている。

成長著しい量販店やショッピングモールに押されて厳しい外部環境にさらされている百貨店業界で、松屋はM&Aを駆使してどのようなビジネス戦略を展開しようとしているのか?

格差拡大で苦戦する中堅百貨店

三越と伊勢丹を運営する三越伊勢丹ホールディングスや、大丸と松坂屋を展開するJ.フロントリテイリング、阪急阪神百貨店を傘下に持つエイチ・ツー・オーリテイリングなど、M&Aで誕生した大手百貨店が富裕層の旺盛な高額消費や外国人観光客によるインバウンド需要で成長を続けている。

これに対して、主に地方を地盤とする中堅百貨店は伸び悩みが目立つ。2024年1月14日には一畑百貨店(松江市)が閉店し、山形県、徳島県に続いて島根県が全国で3番目の百貨店のない県になった。

業界としての「百貨店」の衰退を止めるのは難しい。専門店やネット通販の成長で百貨店の主力製品だった衣料品の売上が低迷している上、実質所得の減少で中間層の百貨店離れは進む一方だ。百貨店の売上を支えていくには富裕層市場の深耕とインバウンド客の誘致しかない。それゆえに富裕層人口が少なく、外国人観光客がほとんど訪れない地方の中堅百貨店の業績は低迷しているのだ。

大手百貨店は大都市商業地の一等地にあることから、自社の旗艦店や大型店をオフィスや大型量販店、専門店なども入居する複合商業ビルとして再開発し、不動産収入で生き残る流れが主流になっている。

松屋も中堅百貨店とはいえ日本で最も地価が高い銀座に立地しており、簿価は242億円ながら1500億円超の含み益があるとみられる銀座本店(東京都中央区)には複合商業ビルとして再開発する余地が十分にある。しかし、同店に再開発の動きはない。

コロナ禍で「選択と集中」のM&Aを断行

松屋は主要顧客である富裕層を対象にしたビジネスの拡充に力を入れてきた。国内最高の商業地に立地する銀座店は日本人富裕層、外国人が押し寄せる東京最大の観光地にある浅草店はインバウンド富裕層を取り込むのに、それぞれ最適の店舗だからだ。

中国や東南アジアのインバウンド富裕層は、日本の富裕層の消費行動を「お手本」としているため、国内富裕層向けの店舗づくりを進めて行けば、自然とインバウンド客がついてくる。ところが、思わぬ「落とし穴」が待っていた。

2020年に世界を震撼させた新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、百貨店業界にも深刻な打撃を与えた。日本一の高級商業地である銀座から人の姿が消え、「爆買い」をするインバウンド客も日本に入国できない状況となる。松屋は事業売却を進め「選択と集中」による生き残りを図った。

2020年3月に自社で運営していた結婚式場「リュド・ヴィンテージ目白」(東京都豊島区)を、ブライダル・レストラン事業のプリオホールディングス(東京都中央区)に譲渡した。リュド・ヴィンテージ目白はJR目白駅から徒歩1分に位置し、1チャペル・2バンケット(着席最大80人)の好物件だった。

併せて3月末に婚礼宴会事業などを手がける子会社4社で30人程度の希望退職を実施。コロナ禍で婚礼宴会のキャンセルが相次ぎ、業績が急激に悪化したのを受けて人員を削減している。

4月には同事業を運営するアターブル松屋ホールディングス(東京都中央区。持ち株会社)、アターブル松屋(同。婚礼・宴会事業)、アターブル松屋フードサービス(同。給食事業)、アターブルイーピーエヌ(同。イタリアンレストラン事業)の4社を合併をした。

不動産とDXで「百貨店冬の時代」を生き残る

その一方で、安定した収益が見込める不動産事業は強化。2021年4月に東京・銀座のショッピングセンター「銀座インズ」の物件賃貸を手がける持ち分法適用関連会社の銀座インズ(東京都中央区)を子会社化している。

東京高速道路(同)から銀座インズ株式17.67%を追加取得し、持ち株比率を現在の33.33%から51%に引き上げた。銀座インズの安定的運営と松屋グループとの全体的な相乗効果を引き出すために、経営権を掌握したのである。

2022年2月には、松屋が銀座4丁目交差点近くに所有するショッピング施設「銀座コアビル」を44億3700万円でヒューリック<3003>に売却。オフィスやクリニックなども入居する、延べ床面積2万3736㎡の複合商業ビルとして建て替える。

「銀座コアビル」再開発事業の一環として、2022年7月に不動産賃貸業の大勝堂(同)の株式を追加取得し、11.77%だった持ち株比率を45.84%に引き上げた。その後、大勝堂に自己株式取得を実施させて完全子会社化している。

加えて「百貨店事業の再定義」を目指すM&Aにも乗り出す。2024年4月下旬にはB4F(東京都渋谷区)からブランド商品を取り扱うECサイト「ミレポルテ」の事業を取得する。松屋は銀座店を中核にした百貨店事業を展開。インバウンド売り上げの増加に対応しつつ、オムニチャネルサービスのローンチに向けた準備を進めている。

B4Fからの事業取得に伴うデジタル人材の獲得で、百貨店のDX(デジタルトランスフォーメーション)化を進展させ、ユーザビリティとホスピタリティを備えた顧客体験の創出を図る。

取得した事業は、松屋の新設する完全子会社が譲り受ける予定だ。

松屋の沿革

出来事(有価証券報告書より) 1919年3月 東京市神田鍛冶町において株式会社松屋鶴屋呉服店の商号により資本金100万円をもって設立 1924年9月 商号を株式会社松屋呉服店に変更 1925年5月 本店を東京市京橋区銀座三丁目に移し、主力店舗として基礎を確立 1931年11月 東京市浅草区花川戸に浅草支店を開設 1937年10月 株式会社東栄商会を設立 1944年4月 横浜市伊勢佐木町所在の株式会社寿百貨店を吸収合併し、当社横浜支店と改称 1948年4月 商号を株式会社松屋に変更 1956年9月 株式会社アターブル松屋(当時株式会社みずほ、後に商号変更)を設立 1961年7月 株式会社シービーケー(当時株式会社松美舎、後に商号変更)を設立 1961年10月 東京証券取引所市場第二部に株式上場 1971年3月 資本金を19億2,000万円に増資 1971年7月 東京証券取引所市場第一部に株式上場 1976年11月 横浜支店を閉店 1986年11月 資本金を44億7,000万円に増資 1987年7月 米貨建新株引受権付社債を発行 1991年4月 米貨建新株引受権付社債を発行 1996年7月 第1回無担保転換社債並びに2000年7月3日満期円建転換社債を発行 2006年4月 株式会社アターブル松屋を会社分割し、株式会社アターブル松屋ホールディングス及び6つの事業会社からなる持株会社体制に移行 2008年3月 株式会社シービーケーが株式会社エムアンドエーと合併 2008年4月 株式会社スキャンデックスが会社分割を実施し、株式会社ストッケジャパンを新設 2011年8月 株式会社ストッケジャパンの事業の全部を株式会社ストッケに譲渡 2021年4月 株式会社アターブル松屋ホールディングスが同社の子会社3社を吸収合併し、株式会社アターブル松屋に商号変更 2021年4月 持分法適用関連会社であった株式会社銀座インズの株式を追加取得し、連結子会社化 2022年4月 東京証券取引所の市場区分の見直しにより、東京証券取引所市場第一部からプライム市場に移行 2022年7月 株式会社銀座五丁目管財(株式会社大勝堂から商号変更)の株式を追加取得し、連結子会社化 2024年4月 B4FからECサイト「ミレポルテ」の事業を取得予定

この記事は企業の有価証券報告書などの公開資料、また各種報道などをもとにまとめています。

文:M&A Online

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