高橋一生が語る運慶仏の魅力「向き合うだけで十分な説得力と、“取り込まれるような感覚”がある」
高橋一生 (撮影:藤田亜弓)

映画や舞台、ドラマなどで幅広く活躍する俳優・高橋一生が今秋、東京国立博物館 本館特別5室で開催される特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』の広報大使、および音声ガイドナビゲーターを務める。昨年、奈良を訪れる機会があり、「この国の原初の一姿を見た感覚があった」と、この地に強く心惹かれたという高橋に、奈良・興福寺に伝わる国宝仏を紹介する同展への期待や運慶仏の魅力について話を聞いた。



仏像との対峙は“見られている”かのような気持ちに

――今回の展覧会は、通常非公開の興福寺北円堂に安置されている《弥勒如来坐像》が約60年ぶりに寺外公開されるほか、《無著菩薩立像》《世親菩薩立像》など鎌倉時代を代表する仏師・運慶が手掛けたとされる国宝仏7軀のみで構成される特別展です。高橋さんが一番楽しみにされているのはどのような点でしょうか?



高橋一生が語る運慶仏の魅力「向き合うだけで十分な説得力と、“取り込まれるような感覚”がある」

僕は、仏像を寺外公開する意味というのは、とても大きいと思っています。本来であれば、その場(=興福寺北円堂)にあるものを美術館の中で見られるということは、なかなかない機会です。先日の会見で「背中も見られるらしい」と聞いたのですが、いろいろな角度から、自分の視点で捉えられるというのは貴重で面白いことだなと思っています。今回、光背(仏像の後ろの装飾部分)がない状態で見られるそうなのでとても楽しみです。



仏像に向き合っている時間というのは、こちらが「見られている」という感覚があって、その存在感に圧倒されてしまうようなところがあるんです。そういった空間になるといいなと期待しています。



――さらに今回は、かつて北円堂に安置されていた可能性の高い四天王立像も含め、鎌倉期当時の北円堂内陣の空間そのものを再現するという試みですね。



高橋一生が語る運慶仏の魅力「向き合うだけで十分な説得力と、“取り込まれるような感覚”がある」

国宝 興福寺北円堂 外観 撮影:佐々木香輔

いつの時代もきっと(お寺における仏像の安置は)空間構成が重要だったんじゃないかと思うんです。入口があって、そこに入った瞬間の自分、仏像と対峙する位置など、全てがデザインされているものだったのではないかと。昨年、仕事で奈良の法隆寺を訪れ、拝観したのですが、全てが構成されている中で悟りに向かっていく境地といいますか、自分も含めて彫刻の中に入り込んでいき、体感するというような感覚をおぼえました。こういった経験は、失礼な言い方かもしれませんが、当時の人々にとっては一種のアトラクションのような部分もあったんじゃないかと思ったんです。参拝に来た人がそこに立った瞬間にどういう感覚になるかさえもデザインしようとしているような、そんな特別な空間のように感じました。



――高橋さんからご覧になって、運慶仏の魅力はどのような部分にあると思いますか?



高橋一生が語る運慶仏の魅力「向き合うだけで十分な説得力と、“取り込まれるような感覚”がある」

国宝《弥勒如来坐像》(部分) 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置 撮影:佐々木香輔

運慶以前の天平彫刻というのは、神秘性が抽象化されたものが多かったと思うんですが、運慶と彼の一派は、写実性をより高め、その中に力強さのようなものを取り込むようになったので、像が迫ってくるような感覚で捉えられたのではないかと思います。ダイナミックな部分はより誇張しつつも、肉体の連なりみたいなものから逸脱するようなことなく、人間をきちんと彫っていこうとする――人間の“先”に仏があるというような感覚を大事にしていたんじゃないかなと思います。



高橋一生が語る運慶仏の魅力「向き合うだけで十分な説得力と、“取り込まれるような感覚”がある」

左:国宝《世親菩薩立像》 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置 撮影:佐々木香輔
右:国宝《無著菩薩立像》 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置 撮影:佐々木香輔

「何だかよくわからないけれど、すごい!」で十分

――今回の展示が、ご自身の演技や表現の仕事に対し、影響やインスピレーションを与えてくれそうだという予感はありますか?



高橋一生が語る運慶仏の魅力「向き合うだけで十分な説得力と、“取り込まれるような感覚”がある」

仏像から、直接的に「ここからこういう影響を受けています」というものではないですけれど、やはり居ずまいを含めた肉体のあり方のような部分で、どこか頭の中にパーツとして残るものがあるような気がしています。



あとは、こういう神聖な空間が、何によって構成されているのか? ということは、自分が舞台に立つ時の、「どういう空間に自分がいま立っているのか?」という空間認識においてはとても役立つような気がしますね。



――絵画など、さまざまな芸術にご興味をお持ちだと思いますが、特に「彫刻」という立体作品ならではの魅力や面白さを、高橋さんはどのような部分に感じてらっしゃるのでしょうか?



高橋一生が語る運慶仏の魅力「向き合うだけで十分な説得力と、“取り込まれるような感覚”がある」

例えば、絵画で言うと日本画というのは独特で、奥行きがなくて「面」に全てを入れてしまう不思議さがあるんですけれど、こと立体(=彫刻)になると、当時の人たちの肉体の捉え方みたいなものが、陰影を含めて表されているわけです。空気感などによって雰囲気が変わって見えたりすることもあって、おそらくはそういうことすらもデザインされていたりするんですよね。



加えて、仏像の中から即身仏が出てきたりすることもあって、「実はここにこういうものがあって…」ということを語ることができるギミック、思想的なものまでも埋め込むことができるというのは、立体ならではの奥行きの深さなのかなと思います。



――今回の特別展に興味は持ちつつも、仏像に関する知識がないという方も多いかと思いますが、改めて今回の展示を楽しむためのポイントを教えて下さい。



高橋一生が語る運慶仏の魅力「向き合うだけで十分な説得力と、“取り込まれるような感覚”がある」

せっかくの寺外公開で、お像をいろいろな角度から見られるのですから、自分の好きなところに立って、そこに身を置いた時どういう感覚になるのか? それで十分だと思っています。



僕は「読み解いていくこと」は実は非常にもったいない行為でもあるような気がしています。映画でも原作がある場合に「先に原作を読んでおかなくちゃ」というふうになると思いますが、その場所を体感するのに知識なんか必要なくて、居合わせることで生まれるもの、自分の内から出てくる言葉がある。「何だかよくわかんないし、語彙力もないけれど、すごい!」で十分。

運慶が彫ったものには、それだけで十分な説得力と、圧ではない、取り込まれるような感覚があると思うんです。



高橋一生が語る運慶仏の魅力「向き合うだけで十分な説得力と、“取り込まれるような感覚”がある」

仏像に実際に向き合って「最初にこれを見た人はどんな感じだったんだろう?」と当時の人々に思いをはせる。それでいいんです。あまり考えないで見たほうが、かえって新鮮に像を捉えられるんじゃないかと思います



今回、音声ガイドのナビゲーターも務めますけれど、極力みなさんの邪魔をしないように、鑑賞される方に寄り添うように務めたいです。



取材・文:黒豆直樹 撮影:藤田亜弓 スタイリスト:部坂尚吾(江東衣裳) ヘアメイク:田中真維(MARVEE)



<開催概要>
特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』



2025年9月9日(火)~11月30日(日)、東京国立博物館 本館特別5室にて開催



公式HP:
https://tsumugu.yomiuri.co.jp/unkei2025/



チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2559720(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2559720&afid=P66)



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