新国立劇場『エンドゲーム』座談会 演出を担う小川絵梨子芸術監督とフルオーディションで役を掴んだ4人がワクワク感を吐露
左から)小川絵梨子監督、中山求一郎、近江谷太朗、佐藤直子、田中秀樹 (撮影:阿部章仁)

新国立劇場の小川絵梨子演劇芸術監督が就任時に打ち出した「フルオーディション企画」、そのラストを飾る作品がいよいよ動き出す。上演するのは、『ゴドーを待ちながら』で知られるサミュエル・ベケットが1957年に発表した傑作、『エンドゲーム』だ。

荒廃した世界の中で閉じ込められた4人の登場人物の、絶望的な日常を描いた不条理劇、演出は今年任期を終える小川自身が担う。オーディションで役を掴んだ4人──車椅子に座っている盲目のハムを演じる近江谷太朗、ハムに支配されているクロヴ役の中山求一郎、バケツの中にいて動けないネルを演じる佐藤直子、彼女の伴侶でやはりバケツの中にいて、どうやらハムの父親らしいナッグ役を務める田中英樹が、小川とともに舞台への思いを語った。和やかな雰囲気の中で行われた合同取材会の様子をお届けする。



フルオーディション企画は画期的でストレスレス

──まずは小川さんに、芸術監督就任から8年間続けてこられた「フルオーディション企画」への思いを伺いたく思います。



小川 作品に興味を持ってくださる方はどなたでも、劇場に集まっていただける機会を作りたい、という思いがありました。国立の劇場という、このありがたい環境の中でできることは何かと考えたとき、私たちの劇場だからこそできることの一つと思い、企画を立ち上げました。実施する中でも、応募いただく役者さんたちにできるだけ負荷が少ない状態で臨んでいただけるよう、劇場全体で心がけ試行錯誤してきました。



──俳優の皆さんは今回、どのような思いでオーディションに応募されたのでしょうか。



新国立劇場『エンドゲーム』座談会 演出を担う小川絵梨子芸術監督とフルオーディションで役を掴んだ4人がワクワク感を吐露

近江谷太朗

近江谷 いつか、新国立劇場の舞台に立ちたいという思いがありました。キャスティングは待てども待てども来ないかもしれませんが、オーディションであれば、もしかしたらという可能性は高まる。「初めまして」の人との出会いもあり、本当に幸せを感じております。



佐藤 キャスティングで呼ばれるのを待っているだけでは、なかなか自分が思う役に出会えません。オーディションは通常の稽古とはまた違って、ある意味とても贅沢で豊かな時間でした。

いろんなところの出身の人と小川さんに出会い、一つの作品を作ることができるのは本当に幸せだと思いますし、ワクワクしています。



中山 僕はフルオーディション企画第1弾の『かもめ』を受けています。我ながらそこそこいいところまで行って落ちたので(笑)、とてもショックでしたが、今回は小川さんの演出。この戯曲にも元々すごく興味があり、古本を買って公民館の一室で読み合わせをしたこともあったので、絶対に出たいと思って受けました。



田中 フルオーディションは画期的。今回は登場人物が少なく、僕の年齢も役柄に対して中途半端かなと思いながらでしたが、小川さんが直接演出されるのなら勉強のつもりで、と。オーディション自体はとにかくストレスレス。VIPのように迎えてくださって、オーディションを受けに来たのか小川さんとお話しに来たのか(笑)。日本の演劇が皆んなこんな環境でできたなら、いろんなクオリティが上がっていくのではなかろうかと思います。選考では、この企画への小川さんの考えや思いを感じることもでき、感動しました。



──皆さんは、ベケット作品、またこの『エンドゲーム』をどのように捉え、どんなアプローチをされたのですか。



近江谷 僕は、いわゆる不条理劇とか難解な作品とかは遠ざけてきた人間。

ただ、シェイクスピアや名作と言われる文学作品もいつかは挑戦したい気持ちもあって、小川さんの演出なら何とかできるんじゃないかと、勝手に思っていました。というのも、僕が観た小川さんの翻訳もののお芝居は本当に分かりやすく、全く違和感なく全部入ってきたんです。選考では、別に涙を流すようなシーンではないのですが、おそらく何かスイッチが入って、何か知らずに涙が出た瞬間がありました。でも、まだ分かりきってはいない。だって多分、正解はない。逆にそれを楽しむ作品なんじゃないかなと感じます。「不条理? ワケわかんない。ごめんなさい」という方も、そういう人間がやるので、ぜひ観に来ていただきたいですね。



新国立劇場『エンドゲーム』座談会 演出を担う小川絵梨子芸術監督とフルオーディションで役を掴んだ4人がワクワク感を吐露

佐藤直子

佐藤 私は出自の劇団が別役実さんや太田省吾さんの作品を上演していたので、不条理劇というものには少なからず関わったことがあるのですが、それでも分からないことが多い。この作品の入ったベケットの全集もどういうわけか家にあって(笑)、でも、読んでも分からない。不条理劇の中には、実はいろんな人のいろんな要素が入っているので、役者は行き着く先も何も分からず、感じることしかできないけれど、それをどれだけ面白がり、お客さんにも面白がってもらえるか──。「ここが刺さった」、「あ、今日はここ」と日々発見しながら自分が楽しんでいけたら、いい舞台になるのかなと思っています。



状況はどんどん悪化。でも、絶望の劇ではない

──自主的にこの作品を学んだ経験のある中山さんは、いまの時点でどのような捉え方をされていますか。



新国立劇場『エンドゲーム』座談会 演出を担う小川絵梨子芸術監督とフルオーディションで役を掴んだ4人がワクワク感を吐露

中山求一郎

中山 荒廃した、何かが終わっている状況みたいなものが、現在の世界にも重なるように思えたのが最初の印象です。もちろん会話は丁々発止、意味が通っているようでいないようにも思えますが、彼らなりに条理があって喋っている。でも、そもそもすべてが不条理では? とも思っていて、それが生々しく刻まれているのがベケットであり、楽しめる部分のようにも感じます。翻訳の岡室先生も、誰もが楽しめるものにしたい、翻訳ではそう心がけたとおっしゃっていましたので、そういうところを一つひとつ、大事にしていけたら。



田中 僕はコメディをやる劇団にいるのですが、シチュエーションコメディではいつも、「なんか面白いところはないのか」と台本を読んでいるんです。今回も、読んでいくと文章のやりとりとか間とかテンポが面白く、我々が皆で楽しみながら作っていけば、これはひょっとすると面白くなるんじゃないかな、と。話せば話すほど愛あふれるメンバーと、面白くこの本を読み解いていける。ワクワクがどんどん増えていく感じです。



──確かに、戯曲には思わず笑ってしまったり、「コントかな?」と感じられたりする部分も。それは翻訳の岡室さんのお力なのでしょうか。



小川 そうだと思います。岡室先生は、ただその“言葉”を訳すのではなく、ベケットが“書いたもの”、ベケットの意図を訳されたと思っていて、先生も「これは絶望の劇ではない」とおっしゃっています。その考え方は私も本当に大好きです。状況はどんどん悪化していきますが、絶望の話ではないということに私も、「そうですよね!」という気持ちに。だから絶対に、お客さまも笑えるところは笑っていただきたいですし、クスッとなるところは実はたくさんあるんじゃないかなと思います。この人たちはその瞬間瞬間を精一杯、お互いに影響を与えながら何とか生きている、と見ると、難解で遠い感じではなく、すごく近い存在なのではないかと感じます。



──舞台上では皆さん、身体に動きの制約や負荷がかかる状態になりますが、それは演技に何かしらの効果をもたらすものなのでしょうか。



小川 制約されているからこそ出てくる言葉がいっぱいあるんじゃないかなと思っています。エンドゲームという言葉自体、チェスの用語から来ていて、どん詰まってどこにも行けないという状態。だからこそ、ハムはクロヴを支配し、物語を紡いでなんとかこの時間を過ごそうとしている。そんな中で記憶の断片がふわっと出てきたり、発せられる言葉があったりします。



これは岡室先生から教えていただいたのですが、『エンドゲーム』の草稿では、野戦病院が舞台だったそうです。

ベケットは戦時中に野戦病院でボランティアをしていて、身体に自由がなく、痛みと苦しみを背負い、それが回復する保障がない中で生きている人々を目の当たりにして、その姿や状況を描いた。今回の『エンドゲーム』でも、身体への負荷というのは実はとても重要で、自由に歩き回ることができず、もし外に行ったら命はあんまり保障されないみたいだ、ということが、作品の中で一つのポイントになっていて、その状況も描かれている作品なのかなと思っています。



絶望の状況の中での、一抹の希望

──動けなかったり目が見えなかったりという状態で演技することについて、俳優の皆さんはどのように感じていらっしゃいますか。



新国立劇場『エンドゲーム』座談会 演出を担う小川絵梨子芸術監督とフルオーディションで役を掴んだ4人がワクワク感を吐露

田中英樹

田中 「えーっ!?」と思ったら、どうしても立ち上がるじゃないですか。でも今回はバケツの中にいて、立てない。生理反応がないとリアリティに繋がらないものだけれど、そういう意味で、とても挑戦しがいがある役柄だと思います。緊迫した暗い絶望の中であっても、思わず笑ってしまう、その辺は僕の役割なのかなと思いながら、一つひとつ、皆で紐解いていくつもりです。



中山 ベケットのことを調べると、口だけに照明に当たった俳優が延々と喋る映像作品があったり、「A点からB点に、B点からC点に動いて」ということをリズミカルに繰り返す演出で、メトロノームを使って稽古をしたりしたそうです。ベケットの作品には実験的な試みがあるように思いますが、この作品では制約や負荷が、劇の限界状態を表しているようにも感じます。



佐藤 ネルとナッグは自転車に乗ってどかーん!とやって下半身がなくなったらしいのですが、父や母の年代を見ていると、老いで動けなくなってくることもある。本の中では「動けない」ことによる面白さがあるけれど、それも特別のことではなく、人生の終焉に向かっていくと制約は増えていくもの。そんな中でも、なんだか知らないけどきっとギラギラ生きていて、互いの繋がりがある。そういうところが、ある意味滑稽に見えたら面白いんだろうなと思うんです。



近江谷 動かずに台詞を言うと、もう音に集中するしかない。今回はさらに追い込まれ、サングラスのようなものをかけるので、目ヂカラでごまかす芝居ができない(笑)! 台詞にすごく集中すると思います。ハムはクロヴに依存して、放って置かれたら死んでしまうという特殊な状況ですが、それなのに偉そうにしている。これがまあ、言ってみれば「不条理」で、面白さでもあるのではないか。嫌な感じの人が醸し出す人間味、切なさとか、実は垣間見える優しさとかが出せればいいな、と思います。



新国立劇場『エンドゲーム』座談会 演出を担う小川絵梨子芸術監督とフルオーディションで役を掴んだ4人がワクワク感を吐露

小川絵梨子

小川 オーディションのときから、「この物語の人たちって、本当にその通り!」とワクワクさせていただきました。近江谷さんのハムは、実は生きる力が強く、この状況下でも諦めず、しかも支配しようとし続ける。その滑稽さと悲しみには、どこかほんのりとした希望や優しさがあります。また、ネルは記憶を話すことが多い唯一の人物で、その記憶や見えているものを、佐藤さんは実感と繊細さをもって表現されていた。それが消えていってしまうのがすごく辛い。求一郎さんは、支配されているフラストレーション、どこか「このヤロー!」と思っているところ(笑)と、その状況から抜け出していいのかどうか分からない、どこに行くわけでもないという、従順さと反骨的な憎しみみたいなもののバランスを、とても素敵に持ってきてくださった。ドンピシャでした。田中さんは、語りの上手さがありました。ナッグは語り部として語り、ハムは作っている小説を語る。クロヴも語るのですが、ちょっと上手ではない(笑)。一番上手なのがナッグで、こんな状況下なのにワクワクしてしまいます。



絶望的の状況だからこそ、この人たちがどう関わって、どう生きて、どういうふうにこの瞬間を過ごしているかというところに、実は一抹の希望みたいなものがある。冷徹でもあるけれど、どこか人間的な温かみを持ったベケットの眼差しを『エンドゲーム』に感じます。この温かいメンバーで、それを作っていくことができるのではないかと思っています。



新国立劇場『エンドゲーム』座談会 演出を担う小川絵梨子芸術監督とフルオーディションで役を掴んだ4人がワクワク感を吐露

座談会が終了した瞬間、誰からもなく湧き上がった歓声とガッツポーツ。愉快で温かなこの面々だからこその『エンドゲーム』、期待せずにはいられない。



取材・文:加藤智子 撮影:阿部章仁




<公演情報>
『エンドゲーム』



作:サミュエル・ベケット翻訳:岡室美奈子演出:小川絵梨子

出演:
近江谷太朗 佐藤直子 田中英樹 中山求一郎

2026年5月20日(水)~31日(日)
会場:東京・新国立劇場 小劇場
※プレビュー公演:2026年5月15日(金)・16日(土)
※シアタートーク『エンドゲーム』:2026年05月29日(金) 14時公演終了後



関連リンク

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2665262(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2665262&afid=P66)



公式サイト:
https://www.nntt.jac.go.jp/play/endgame/



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