
新国立劇場と韓国の芸術の殿堂(ソウル・アーツ・センター)とのコラボレーションによる舞台『焼肉ドラゴン』が、9年振りの上演に向けて動き出している。2008年に初演された本作は、1970年、大阪万博の開催に沸く関西の地方都市に暮らす、貧しい中でもパワフルに生きる在日コリアンの家族を描き出し、日本と韓国、両国で大きな反響を呼んだ。
鄭とともに現れたのは、次女・梨花の夫、哲男を演じる千葉哲也、焼肉ドラゴンの店主・金龍吉の妻、高英順役のコ・スヒ、長女・静花の婚約者、尹大樹役のパク・スヨン、店の常連客・呉信吉の親戚、呉日白役のキム・ムンシクの4人の俳優たち。皆、2008年の初演、2011年の再演に出演し、今回が14年振りの『焼肉ドラゴン』へのカムバックだ。
※以下のインタビューでは、作品の展開に関わる部分についても語られています。未見の方はネタバレにご注意ください。
印象に残る、「希望」という言葉

左から)鄭義信(作・演出)、キム・ムンシク、コ・スヒ、千葉哲也、パク・スヨン
──鄭さんは今回、どんな思いからオリジナルキャストの皆さんと一緒に舞台に取り組むことにされたのですか。
鄭 4回目の上演で、もしかしたらこれが最後かもしれないと、コ・スヒに電話をしたら、「私、ちょうどいい年になっているよ。もう少し上手にお母さんをやれるんじゃないか」と。千葉ちゃんにも電話して、「出てよ」と軽いノリで声をかけたら、「OK!」(笑)と。それぞれに40代、60代を迎えたけれど、いけるのではないかと思いました。

鄭義信
千葉 最初はアボジ(お父さん)役をやるんだと思っていました。「何を言っているんだ、哲男だよ」って笑われましたが(笑)。哲男は40歳という設定ですが、皆と再会してみたら皆そんなに変わっていないし、俺も「変わっていない」って言われたし。
コ・スヒ (笑)! 私は皆にもう会えないかと思っていたので、また会えて夢みたい。初演メンバーが全員揃ったわけではないのは残念ですが、新しいメンバーの方々もいらっしゃるし、ドキドキしながら楽しんでいます。
パク・スヨン 稽古場に到着してトイレに行って、最初に会ったのが千葉さん。すごく久しぶりだったのに、昨夜一緒にお酒を飲んでまた翌日会って、みたいな感覚でした(笑)。
キム・ムンシク 日本での公演は何度か経験していますが、やるたびに何か新しい印象があるのに、不思議と慣れ親しんだ雰囲気もあるんです。
──韓国側のキャストではお父さん役のイ・ヨンソクさん、三女・美花役のチョン・スヨンさんが初参加ですが、『焼肉ドラゴン』について何かお話をされましたか。
キム・ムンシク イ・ヨンソクさんには、日本では座って台本を読む時間があまりないから早めに台本を覚えておいたほうがいい、とお話ししました。
千葉 それは日本の、というより、(鄭)義信さんのスタイルでしょう。再演だからセットも残っているし、稽古3日目からセットがたつなんて普通はありえないから、えらいプレッシャーですよね(笑)。

千葉哲也
キム・ムンシク おお!(と、納得の表情)。
──では、『焼肉ドラゴン』で最も印象に残っているシーンを教えてください。
パク・スヨン 作品全体でいえば、ラストシーンが一番印象的なのかなと思うのですが、個人的には、最初のシーン。
鄭 実際にモデルにしているのが伊丹空港の近くなんです。家のすぐ横にフェンスがあって、その向こうが飛行場、というところに皆が住んでいた。常に飛行機の音が聞こえていて、もう本当にびっくりするくらいすぐ真上を飛行機が飛んでいるので、一度行ってみるといいですよ(笑)。
キム・ムンシク 印象に残っているのは、最後の場面。家族は皆別れていってしまいますが、それぞれに希望を抱いて旅立つ。そういうシーンだと思います。「希望」という言葉が、強く印象に残っています。

韓国の観客の共感を得た、 “崩れゆく家族の姿”
──千葉さんは、初演、再演を通してどんなことが印象に残っていますか。
千葉 初演時に韓国に行ったときのことですが──ソウルに、昔、日本軍が移動させたという門があるんですよね。
パク・スヨン 光化門(クァンファムン)。
キム・ムンシク 光化門ですね。
千葉 その門を、元の場所に戻して一生懸命修復したと聞いたんです。
鄭 いまはK-POPをはじめとする韓国ブームだけれど、いつも在日コリアンは飛び越されてしまっていて、常に置き去り。日本では、外国人や第三国人というものは”見えない人間“にしようとしていると感じる部分があります。『焼肉ドラゴン』の家族たちを愛してくれる人もいれば、排斥しようとする人たちもいますが、愛する人たちがさらに増えたら、状況はまた変わってくるかもしれない。そういう意味で、やっぱり多くの人に観てもらいたいなという気持ちです。
千葉 “居場所探し”、という感じがする作品ですね。最後は皆、それぞれが居場所を探しに旅立ちますが、時生だけが残って、いまもあそこで、手を、ちぎれそうになるくらいに振っている。義信さんは本当に意地悪な人だから(笑)、そういうことが作品の根幹にギュッとあるうえに、オブラートとして笑いが入ってくる作品ですね。
コ・スヒ 30代で高英順という役に出会ったときは、与えられたセリフや動きを消化しようと、ただただ一生懸命でした。2011年の再演では、この物語のことを、少しですが、よりわかるようになったかなと思います。

コ・スヒ
──今回も、日本国内でのツアー公演を前に韓国での上演が予定されています。『焼肉ドラゴン』のどんなところが、韓国の人々に響くと思われますか。
パク・スヨン 韓国では、以前と比べると両極化が進んでいると思います。たとえば、家族の中で政治や宗教による分断が生じることもあり、いまは過渡期にあるのかなと思います。昨年まで、韓国はかなり良くない状況にあり、いまは正常化の過程を辿っていると考えられます。家族についても、その新たな姿を探していく過程にあるのではないかと感じます。それは、在日の方々が何かを探し、さまざまなことに耐えていく過程と似ているともいえます。

パク・スヨン
鄭 『焼肉ドラゴン』は、日本ではノスタルジーを感じさせる作品と受け取られましたが、韓国では、いま現実に自分たちの家族が崩壊しようとしている中で、すごく若い人たちが観に来て、共感してくれた。急激な経済成長の中で崩れてゆく家族の姿を『焼肉ドラゴン』に見て、共感してくれたんですね。そこは、日本とすごく違うなと思いました。
ばらばらになっても、やっぱり「うちの家族は一緒やで」
──子どもたちの幸福を願うお父さんは、皆を次のステージへと送り出しますが──。
鄭 行く方向は、韓国、日本、そしてもうひと組は北朝鮮。でも、その先に何があるんだろうかと想像すると、また千葉ちゃんから意地が悪いって言われるけど(笑)、たとえば、脚を悪くした女性と韓国語もろくに喋れない男が北朝鮮へ行って──。
千葉 うまくいくわけがない。
鄭 という話にもなるし、南は南で独裁政権へ向かっていく。そういういろんな問題を抱えるけれど、英順のセリフにもあるように、それでもやっぱり、「ばらばらになっても、うちの家族は一緒やで」。どこかで繋がっていて、逆境の中でも希望を持って生きていく──そこに、希望を見出してもらえたらいいなと思うんです。
千葉 「明日はきっとえぇ日になる」というお父さんのセリフがあるけれど、あの人たちの明日って、いまの僕たちの明日とは全然違う。明日生きていけるかどうかもわからなかった。いま、ウクライナでも近いことが起きていると思います。希望は持つけど、現実は別で──。
鄭 でも、人は生きていかなきゃいけないからね。
千葉 だから、大声を出して酒をばかばか飲む。で、ゲラゲラ笑う!
──日本と韓国とでは客席の雰囲気も異なりますか。
鄭 韓国の観客のほうが反応は大きいよね。
千葉 哲男が「俺は北へいく」と言ったら、韓国では大爆笑になったのは驚きました。
コ・スヒ 当時、在日の方々を船に乗せて北朝鮮に送る「帰国事業」が行われたことは、実は韓国の人々にはあまり知られていないんです。それで、荒唐無稽な話に聞こえて、笑いが起こったのでしょう。韓国の観客は、舞台上の俳優と息を合わせ、自分も舞台にいるようなつもりで劇を観て、一人の人物として反応する。だから、時生の自殺に悲鳴が上がったんです。
パク・スヨン 全くその通りですね。韓国の観客の方々は、即反応、即表現する部分があります。日本の方々は、舞台上の人たちに配慮して、ちょっと控えめな反応です。つまりは国民性の違いでしょう。
千葉 日本でも昔はよくヤジが飛んでいましたね。「うっせーんだよ!」とか(笑)。
鄭 小劇場はね(笑)。いまは皆さんすごくおとなしくなった。
──では最後に、公演への意気込み、思いを一言ずつお聞かせください。
鄭 初演メンバーのエネルギーと新しいメンバーのエネルギーがぶつかって、新しいものを作ろうとしています。さらにその化学反応で、面白いものができるんじゃないかと思っています。
千葉 再演は期待値が上がるから難しい。でも今回は、初演キャストと新しいキャストの混成チームですから、これまでの『焼肉ドラゴン』よりもさらに上に行きたいですね。
コ・スヒ 私、帰ってきました(笑)!
パク・スヨン 初演は30代、再演は40代で、いま50代。50にもなった人がこんなに苦労して皆さんを楽しませようとしているので、かわいそうだなと思いながら(笑)、楽しんでください。
キム・ムンシク 騒がしくて楽しい舞台です。ぜひ観に来てください。

キム・ムンシク
取材・文:加藤智子 撮影:阿部章仁
<公演情報>
新国立劇場『焼肉ドラゴン』
作・演出:鄭義信
キャスト:
千葉哲也 村川絵梨 智順 櫻井章喜 朴勝哲 崔在哲 石原由宇 北野秀気 松永玲子
イ・ヨンソク コ・スヒ パク・スヨン キム・ムンシク チョン・スヨン
2025年10月7日(火)~27日(月)
会場:東京・新国立劇場 小劇場
【凱旋公演】
2025年12月19日(金)~21日(日)
会場:東京・新国立劇場 中劇場
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2527081(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2527081&afid=P66)
公式サイト:
https://www.nntt.jac.go.jp/play/yakinikudragon/