
字幕翻訳の第一人者・戸田奈津子さんは、学生時代から熱心に劇場通いをしてきた生粋の映画好き。彼女が愛してきたスターや監督の見るべき1本を、長場雄さんの作品付きで紹介する。
お熱いキスをするロング・ラブシーン
私が映画にハマった学生時代、ハリウッドに君臨していた女優はイングリッド・バーグマンでした。『カサブランカ』(1942)や『誰が為に鐘は鳴る』(1943)『ガス燈』(1944)など、出演作は名作ばかり。彼女が画面に出るとその存在感に圧倒されるし、演技もピカイチにうまくて、「大女優とはこういうものか」と初めて認識させられました。
アルフレッド・ヒッチコック監督とのタッグでも知られているけれど、なかでも特に私が好きなのが、ケーリー・グラントと共演した『汚名』(1946)ね。バーグマンが演じたのは、グラント演じるFBIエージェントと恋におちる女性。
ブラジルに潜伏しているナチの残党を捕らえる任務を負ったグラントに協力して、なんとその男と結婚しちゃうの。この展開は理解しかねるんだけど(笑)、とにかく素人の女性がスパイになって夫の秘密をさぐっていく物語です。
トム・クルーズも『汚名』が大好きらしくて、『トップガン マーヴェリック』(2022)のプロモーションで来日したときに、ふたりで大いに盛り上がりました。
映画の一番の見せ場となるのは、グラントがパーティを抜け出して、地下のワインセラーに潜入するスリリングなシーン。上の階で行われているパーティの場面では、「来客をもてなしているバーグマンを、カメラは常に中心にとらえている」なんて、トムが熱心に解説してくれたりもしました。
グラントとバーグマンが、お熱いキスをするロング・ラブシーンも有名。ヒッチコックらしい、ハラハラする傑作サスペンスです。
『汚名』(1946) Notorious 上映時間:1時間42分/アメリカ
父親にスパイ容疑がかけられ、世間から非難されていたアリシア(イングリッド・バーグマン)に、FBIエージェントのデヴリン(ケーリー・グラント)が接近。ナチスの残党と思われる父の友人のセバスチャン(クロード・レインズ)に近づき、その内情を探ってほしいという依頼だった。アルフレッド・ヒッチコック監督作。
イングリッド・バーグマン
1915年8月29日生まれ、スウェーデン・ストックホルム出身。スウェーデンでの活動を経て、『別離』(1939)でハリウッド映画初出演。その後、『カサブランカ』(1942)で注目を集め、『ガス燈』(1944)でアカデミー主演女優賞を受賞。『誰が為に鐘は鳴る』(1943)『汚名』(1946)など、スター女優として人気を博す。1950年にロベルト・ロッセリーニ監督の『ストロンボリ』に出演。ロッセリーニと不倫関係になり、大きなスキャンダルに。『追想』(1956)でハリウッドに復帰し、再びアカデミー主演女優賞を受賞。『オリエント急行殺人事件』(1974)ではアカデミー助演女優賞を受賞した。
語り/戸田奈津子 アートワーク/長場雄 文/松山梢