
「仲間はずれにされたくない、本音は出さずに多数派に従ってしまう、などの疎外感や疎外感恐怖の病理に苦しめられている日本人が多い」と、精神科医の和田秀樹氏は指摘する。さらにそれは日本で一番多い心の病気「依存症」が深く関わっているというが、いったいなぜか。
日本で一番多い病気
意外に知られていないことですが、おそらく日本で一番多くの方が罹患している心の病は「依存症」です。
私は、2013年に『「依存症」社会』という本を出したのですが、そのときに調べたところによると、日本のアルコール依存症者は当時230万人、ギャンブル依存症が560万人(厚労省発表、その疑いのある人も含む)、インターネット依存症は270万人とのことでした(いずれも推計値)。
製薬会社のファイザーが全国の喫煙者を対象に実施したインターネット調査によると、ニコチン依存症は喫煙者が昔よりはるかに減った2014年の段階で1487万人と推計されたとのことです。重複はあるでしょうが、買い物依存や睡眠剤依存など、すべて含めると、おそらくは、日本中で2000万人くらいの依存症を抱える人がいる計算になります。

スマホの普及でインターネット依存はもっと増えているという説もあります。
この理由は、あとで説明しますが、MMD研究所という民間機関が、2021年10月5日にスマートフォンを所有する15~69歳の男女563人を対象に「2021年スマホ依存と歩きスマホに関する定点調査」を行いました。
それによると、スマホ依存について聞いたところ、「かなり依存している」と回答した人が17・6%、「やや依存している」と回答した人が54・7%と、約7割がスマホに依存していると回答したことになります。
これが依存症レベルと言えるかどうかは検討の余地がありますが、歩きスマホをしていることが原因で人や物にぶつかった、怪我をした経験がある人は11%とのことですので、それでもやめられないとしたら、おおむね依存症の定義にあてはまることになります。
人口の10%がスマホ依存にあたるとすれば、ほかの依存症と合わせて日本中の依存症の人は3000万人以上になることもあり得ます。20%なら(「かなり依存している」と答えた人は、おそらく依存症と考えられるでしょう)、約4500万人ということになります。
日本で一番多い病気とされる高血圧が推計4300万人ですから、下手をすると依存症は日本で一番多い病気かもしれません。

ただ、大部分の依存症の人は、自分のことを依存症と自覚していません。
アメリカ精神医学会の診断基準であるDSM-5では、「アルコールをはじめの予定よりも大量に、またはより長い期間、しばしば使用する」「アルコールを中止、または制限しようとする持続的な欲求または努力の不成功のあること」など11項目のうち、過去1年以内に2項目があてはまれば、アルコール使用障害(おおむねアルコール依存症と言っていいでしょう)と診断されることになっています。
前と同じ量では酔えなくなったとか、前より量が増えていくという耐性もその中に入っています。
実は、2013年までの診断基準のDSM-Ⅳでは7項目中3項目にあてはまれば「依存」とされましたが、DSM-5では11項目中2項目で使用障害となっています。これは、早めに診断して警告なり、アルコールの制限をしないと重大な結果になってしまうという考えが強まっているからです。
アルコールがやめられなくて、仕事中に隠れ飲みをしてクビになったり、連続飲酒をしてしまって仕事ができなくなるくらい悪くなってからでは遅いので、早めに見つけて、早めに治療をしようという風に考えられているからです。実際、この依存症は症状が深刻になるほど治しにくいとされています。
国立精神・神経医療研究センターが運営するウェブサイト「こころの情報サイト」を見ると、依存症とは、「日々の生活や健康、大切な人間関係や仕事などに悪影響を及ぼしているにも関わらず、特定の物質や行動をやめたくてもやめられない(コントロールできない)状態」とされています。
これは我々精神科医の臨床感覚と合致するものです。要するに、仕事や勉強に支障が出ているのでやめたいのにやめられない状態です。
たとえばスマホを仕事中や勉強中もチラ見してしまうことなどは、それがやめたくてもやめられないのなら依存症にあてはまっているということになります。
これなら、かなりの数がいることも納得がいくかもしれません。
依存症社会・日本
さて、私が危険だと思うのは、日本という国が依存症を生みやすい社会になっているということです。
昔から、依存症というのは、為政者がもっとも危険視するもののひとつでした。
たとえば、アヘン戦争というのは、イギリスが輸出するアヘンにより依存症の人が増えると国が傾いてしまうということで、清国の政府が思い悩み、相手が強国だとわかっていながら、戦争に踏み切ったものです。
法律を作る際も、麻薬やギャンブルのように依存性の高いものについては、それに人々が近寄らないように、売った側だけでなく、買った側、やった側も罪になるようにしています。
たとえば、覚せい剤の場合、手を出した人の20~50%が依存症になってしまうとされています。そうすると、刑務所に入って、何年間かやめていても、きちんと治療を受けないとまた手を出してしまう、場合によっては、一生依存から抜けられないということが起こります(場合によっては、と書きましたが、かなりの頻度です)。
意志が強ければ依存症は治せる、と思っている人が日本にはまだ多いようで、たとえば覚せい剤依存でつかまった人間が再犯をすると、「ダメな人」として断罪されますが、実際は「意志が壊される病気」なので、意志が強くても、きちんとした治療をしないとやめることはほぼできません。さらに言うと、きちんと治療をしても治らないことが多い病気なのです。
ということで依存性が強く、それが社会生活に影響を及ぼすと考えられる薬物や行為については、多くの場合、かなり強い規制がかかります。

ただ、日本も含めて、ギャンブルを完全に禁止する国はそんなにありません。制限を守ったらギャンブルを認めるという国が比較的多いようです。
その制限は、明らかに依存症を意識したものと言えます。ひとつは、その国の人口密集地や中心地から離れたところで原則的に認可するというものです。アメリカならラスベガス、中国ならマカオ、フランスならモナコ(これは別の国になりますが)という具合です。
ところが、日本では、そこのところが緩いために依存症が蔓延しやすくなっています。
パチンコホールは、多くの人の家の近所(地方でも車を使えば10分以内がザラ)にあり、しかも毎日開店しており、朝から晩までやっています。これでは依存症になりやすいのは当然のことですし、またいったん依存症になってしまうとやめられなくなってしまうのももっともなことです。

これは、ほぼ世界の例外と言っていい状態です。
以前は、韓国や台湾にも多くのパチンコホールがあったのですが、依存症などが社会問題になり、韓国では、2006年秋にパチンコの換金行為が全面禁止となり、店舗は激減しました。台湾でも台北のような大都市ではやはり法によって禁止されています。日本は世界の例外国であると同時に、世界で一番ギャンブル依存症になりやすい国となっているのです。実際、人口あたりのギャンブル依存症の割合は、一般的な先進国の4~5倍程度とされています。
アルコール飲料のCMが日常的に流されているのは、先進国の中では日本だけ
アルコール依存症についても日本は危険な国です。
2010年5月にWHOの第63回世界保健総会で「アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略」が承認されました(もちろん、日本も参加しています)。この中で、「アルコール飲料のマーケティング」という領域があります。
そこでは、「マーケティングの強い影響力、とりわけ青少年に対する強い影響力を弱めることは、アルコールの有害使用を低減させるための重大な検討事項である」(アルコール健康障害対策基本法推進ネットワークのウェブサイト掲載、樋口進・烏帽子田彰監訳、山本幸枝ほか訳の訳文より)と謳われ、各国政府に要望も出しています。
具体的には、コマーシャルの内容と量を規制したり、若者を対象とする販売促進を制限あるいは禁止したりすることなどが盛り込まれています。
このような流れの中で、ビールだけでなく、焼酎やウイスキーなどアルコール飲料のCMがテレビで日常的に流されているのは、先進国の中では日本だけになっています。

アメリカでは、ウイスキーのような蒸留酒のテレビCMは放送しないことになっていますし、ビールやワインなどについては、CMはあっても、人が飲んでいるシーンは出さないという自主規制が存在します。
フランスやスウェーデンでは、ほとんどのアルコール類のテレビCMを禁止していますし、そのほかの国でも蒸留酒のCMは禁止状態になっているのです。
日本も自主規制(これはテレビ局によるものではなく、ましてや法律によるものではありません。アルコール飲料会社の自主規制です)がありますが、午後6時以前にはCMをやらない、未成年者向けの番組ではCMをしないという程度のものです。そして当たり前のように有名芸能人がおいしそうにビールを飲むシーンが日常的に垂れ流されています。
最近は若者がお酒を飲まなくなったというのは、彼らがテレビを見なくなったことも影響があるのかもしれませんが、一度断酒に成功した人が、このような広告によって再びお酒に手を出すということは珍しくないでしょう。
いろいろなことを考えると日本にこんなに依存症が多いのは、むしろ当たり前のように思えます。
スマホの普及という新たな依存症のパラダイム
そうでなくても、依存症の多い国である日本にさらに依存症を増やしたのが、スマホの普及とマーケティングです。
先ほど、パチンコ店は、家の近くにあるなどアクセスがいい上、毎日、朝から晩までやっているから依存症になりやすいという見解を書きました。もし、この仮説があたっているなら(おそらくは、あたっているでしょう)、もっと怖いものがスマホです。
パソコンでゲームをする場合、家に帰ってやらないといけないのに対して、スマホのゲームであれば、満員電車の中でもできます。
かつて、ネット依存やネットゲーム依存が問題になったときに、職場のパソコンを使って、仕事中までネットゲームがやめられない人たちが問題になりましたが、現在では、職場や学校の教室で、スマホをデスクの上に置いているなどという光景は当たり前に見られるようになっています。

以前から、ネットゲームでは、そのゲームにユーザーがはまった場合、先に進むために課金したり、自身のアバターに着せる衣装などを買ったりするので、そこからゲーム会社の利益が発生します。
そのために、各ゲーム会社や運営会社は、優秀なプログラマーを大量に雇って、日夜、「はまる」ゲームの開発に勤しんでいるのです。
一般の子どもたち、それどころか、大人まではまってしまってスマホを手放せないのは、当然のなりゆきと言えるでしょう。
前にも触れたように、2013年の『「依存症」社会』執筆の際に調べた段階で、270万人もネット依存がいたと推計されていましたが、今は前述のように人口の1~2割がスマホ依存症状態になっていると考えられます。
さらに問題なのは、パソコンの場合、一日向かっていれば、自分も周囲も依存症を自覚できるでしょうが、スマホの場合、一日中使っていても、本人も周囲もおかしいと思わないことが少なくないことです。
さらに事情を複雑にしているのは、スマホの場合、ゲームだけでなく、LINEなどの「つながり依存」のような状態が存在することです。
NTTドコモのモバイル社会研究所の「2022年一般向けモバイル動向調査」によると、スマホ・ケータイ所有者の10代の94%、20代の91・4%がLINEを利用していて、全体では8割以上が利用しているというのです。
LINEの返事をチェックするために、ゲームをやらない人でも当たり前に、四六時中、スマホを見たり、操作したりする(授業中や仕事中も)。そうしないと不安だとすると、すでに依存症になっていると言えるのですが、それを周囲も本人も依存症と自覚しないのが、LINE依存の怖いところと言えます。
このLINEの利用率も、日本が突出して高いことも触れておきたいと思います。
このLINE依存状態は、「つながり依存」とも言えるもので、疎外感の精神病理に深く関係するものなので、あとで少し考えてみたいと思います。
いずれにせよ、スマホの普及はそうでなくても依存症の多い日本で、とどめをさすように依存症を蔓延させました。まさに依存症社会に突入してしまったわけです。
文/和田秀樹 写真/shutterstock
『疎外感の精神病理』 (集英社新書)
和田秀樹 (著)

2023年9月15日発売
1,100円(税込)
新書判/208ページ
978-4-08-721282-2
現代日本人の心理を読み解くキーワード
世界を襲ったコロナ禍により、さまざまな形で私たちの心のありようは変わったと言える。
他人と接触することがはばかられた時間を経て、他人との交流が増えたいま、人とうまくつながれず表面的な関わりしか持てなくなってしまった人や「みんなと同じ」からはずれる恐怖を感じる人は実に多い。
これは若い人だけの問題ではなく中高年でも多く見られる現象でもある。
本書では日本人を蝕む「疎外感」という病理を心理学的、精神医学的に考察。
どう対応すれば心の健康につながるのかを提案する。
【主な内容】
・「みんなと同じ」現象の蔓延
・コロナ禍に続くウクライナ情勢を疎外感から読み解く
・あぶり出された人と会うのがストレスの人
・8050の嘘
・高齢者の「かくあるべし思考」と福祉拒否・介護拒否
・ホワイトカラーの老後と疎外感
・スマホの普及という新たな依存症のパラダイム
・コミュ力という呪縛
・共感という圧力
・疎外感とカルト型宗教
・周囲が心の世界の主役のシゾフレ人間
・対極的なシゾフレ人間とメランコ人間
・人と接していなくてもいいという開き直り
・ひとりを楽しむ能力を与える