「男の子だったらこれくらい大丈夫」という落とし穴。母親や祖父が加害者になることも…なぜ日本では男児への性加害は深刻視されてこなかったのか

性暴力とは、同意のない中で行われる性的言動すべてのことを指す。その被害者は女性であることがこの社会ではほぼほぼ自明とされてきたが、現実には性暴力被害は男性にも当たり前に起こりうることだ。

なぜ彼らの被害は今まで見えなくされ、「なかったこと」にされてきたのか? 日本国内の男児への深刻な性加害の実態をレポートする。

子どもへの性的虐待

子どもが性暴力被害に遭うこと、つまり性的虐待に遭うことがあります。子どもは安全なところで、経験を積み重ねながら、身体を成長させ、世界を知り、人と関わる力が育まれていきます。性的虐待は、子どもの成長を阻害し、生活のスキルの発達を歪めます。また、自己の身体に対する侵害は、加害者によって身体を支配されているという状態です。

子ども、特に幼児、児童期の子への性的虐待は多くの人が怒りや絶望を感じるテーマでしょう。性的虐待、身体的虐待は子どものPTSDを生じさせやすいと考えられています。

「男の子だったらこれくらい大丈夫」という落とし穴。母親や祖父が加害者になることも…なぜ日本では男児への性加害は深刻視されてこなかったのか

子どもの発達への影響

子どもが性的な行為の意味を受け取りにくいことは容易に想像できると思いますが、このことを発達過程に照らしながら、就学前の子どもについて考えてみましょう。

子どもの発達を身体、認知、言語の三つから見たときに共通しているのは、世界を知っていく過程が徐々に広くなっていく点にあります。まどろみを繰り返す乳児から徐々に起きている時間が延び、日中の活動時間が増えていきます。

まだまださまざまな刺激に対して慣れていない子どもは、乳児の頃は目もよく見えていませんし、自分の身体もうまく動かせず、養育者の絶対的な保護の中で成長していきます。

3ヵ月頃には首がすわり、7ヵ月頃にはハイハイをするようになります。このように身体の発育が進むと、ベッドの上か養育者の懐から見ていた景色はどんどん広がり、新たな世界が広がっていきます。1歳頃には単語を話せるようになってきますが、それまでにさまざまな言葉を聞いて蓄えたものを、表出していきます。



身体の発育が進み、少しずつ新しい世界の刺激に慣れていき、それが何であるのか、子どもなりに意味を理解しながら成長していくため、その成長に合わない刺激というのは強すぎて受け取ることができません。その過剰な刺激の一つが性的刺激です。児童期に虐待を受けた人への支援や治療を行っているクロアトルらによれば、虐待は「身体を一貫したまとまりのあるものとして経験することを妨げる。

その理由の一つは、性的、身体的虐待の最中に生じる強い過覚醒が、荒々しい、コントロール不能な、混乱したさまざまな感覚をもたらし、子どもの未発達な身体を圧倒するためである」と説明されています。成長途中である心身共に未発達な子どもたちにとって、虐待は全体的な発達を阻害することにつながります。

性的出来事とは非常に抽象的な事柄です。性ということが何かを理解する以前に、幼い子どもはまだ自分の身体をうまく動かせませんし、身体の名前とその部分を一致させられるようになるのも3歳以降です。3歳頃に使える言葉は、平均的にまだ700語ほどです。

そしてそれらは日常生活でよく使われる、例えば食事のときに使う物の名前、動物の名前、美味しいといった形容詞などが主たるものです。このような時期にペニスとはどのような意味を持っているでしょうか?

性加害うけた子どもと発達の影響

成長した大人がペニスという言葉を聞けば、尿を出す場所だとか生殖器だとかさまざまな機能から考えることができますし、自分のペニスに限定せずとも一般的にペニスが意味しているものが分かります。しかし、第二次性徴前の子どもにとっては「おしっこをするところ」という尿を排出するという経験に基づいて理解されています。幼児の性器いじりというのもありますが、大人のように性的な意味を持っていないと考えられており、むしろ自分の身体について学んでいる最中であるとされています。

自分自身について、いつ、どこで、何をしたかというエピソード記憶は4歳頃に働き始めます。

幼い頃の被害経験を持つ当事者は、昼間に、家で、父が自分のペニスを触っていたというような断片的でありながらも鮮明な記憶を語ることがあります。第二次性徴を迎えていない幼児のペニスも勃起することは普通で、そのときに快感が生じるのも身体の仕組みとして普通にあることです。しかし、その出来事の意味というのは大人と子どもとでは全く異なると言ってよいでしょう。

出来事を思い出し、それがどういうことだったのかと回想して考えるという行為はとても高度な言語能力を使います。4歳頃になると3~4語ほどのキーワードが含まれた文章を理解できる子もいますが、それは、関係性や状況、行為の始まりから終わりまでの一連の動作一つひとつを結び合わせて全体の意味を作るまでには至りません。言語的に理解しづらい状況というのは、ぼんやりした理解の中にいることです。

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大人にとっては、例えば学んでいる最中の外国語で自分に起きていることをすべて説明しなければならない状況を想像すると近いかもしれません。初歩的な文法は分かるけれど、受動態や過去完了は使えないかもしれません。

また、ペニスを知っていても精液や性的感覚という言葉はまだ何と表現するか分からないかもしれません。ですから、おおよそのことは分かるけれど、細部まで細かくその外国語では理解することが難しい、という状況に似ています。

子どもにとっての性的出来事とは、クリアに理解できないのにもかかわらず強烈な刺激に晒されるということです。出来事というのはその意味がしっかり把握できるときにはその刺激を取捨選択し、それを枠づけて理解することで自分の経験として意味を持った形にすることができます。

それが未成熟な子どもにとっては刺激だけが直接入ることで、過剰な体験となります。

こういった虐待に晒されることでさまざまな症状が表れてきます。特に子どもにおいてはそれが身体症状として表現されることが多いといわれます。腹痛や頭痛、下痢を続けたり、夜眠ることができなくなったりします。

また言葉でうまく説明できない子どもは、「ごっこ遊び」の中でその重大な出来事を何度も繰り返し行うこともあります。それまでできるようになっていたことが急にできなくなって、まるで成長過程を逆方向に向かうように赤ちゃん返りの状態になることもあります。

子どもの発達とは好きな遊びを通じて、少しずつできること、分かることが増え、世界が広がっていく過程です。そのときに過剰な刺激に晒されることで、それを処理するために多大な労力を必要とし、通常であれば少しずつ取り入れられる新しいものの入る余地がなくなる可能性があります。その結果として、言葉を話す時期が遅くなるなど、発達のバランスの崩れにつながることがあるのです。

「男の」子への性的虐待

子ども、特に男の子への性的虐待について考えておくべき点は、無性的で無垢なイメージの子どもと、性的な存在としても見られる子どもとのつながりについてです。男子という言葉を国語辞典でひくと、「男である子ども」とあります。無性的な子どものイメージは、男の子・女の子と二分されることによって性的な子どもとして表れてきます。

日本では、赤ちゃんが生まれると、基本的には14日以内に出生届を出すことになっています。

そこでは生まれてきた子どもの性別を書くことになっています。生まれてすぐ割り振られて、子どもは男の子か女の子として社会に迎えられることになります。このことは、出生時の性別割り当てと言います。もうすでに男女の二分法の中で成長しなければならない状況に置かれています。

生まれたての赤ちゃんから成長していき、幼稚園や保育園に入園し、小学校へ入学し義務教育の9年間を過ごし、進学や就職を経て大人の男性として生きていくのが一般的に想定されていることだと思います。当たり前のことを書いているようですが、大人の男性になっていく成長過程が設定されている社会では、成人男性と男子の間は連続的に続いているので、男の子の性暴力被害もまた見えづらくなっているのです。

「男の子だったらこれくらい大丈夫」という落とし穴。母親や祖父が加害者になることも…なぜ日本では男児への性加害は深刻視されてこなかったのか

思春期において

警察庁生活安全局少年課が2020年度に検挙した虐待事件において、性的虐待は、被害児の性別との関係は明らかではありませんが、加害者の性別は男性が293名、女性が12名となっています。

また、先述の、内閣府が行った「男女間における暴力に関する調査」では、「無理やりに性交等をされた被害経験」は、男性が被害者であるときの加害者の性別が女性である割合は52.9%で(女性被害者では0.8%)、同様に男性被害者の場合、加害者との関係は「通っていた(いる)学校・大学の関係者(教職員、先輩、同級生、クラブ活動の指導者など)」が23.5%で最も多くなっています。全く知らない人が加害者となるのは、男性が17.6%、女性が11.2%で、多くは何らかの関係性がある中で被害を受けていました。

全国の児童相談所、市区町村の福祉部門を対象にした調査で、家庭内の男児の性暴力被害事例を分析したところ、女児と比較して「実母」の該当率が突出して高いことが示され、実父以外の父からの被害が相対的に少ないことが示されています。

国内では被害児の性別に着目した加害者との関係が分かる報告が少ないのですが、国外では複数の研究において男性加害者は女児への加害が多い一方で、女性加害者は男児・女児共に加害を行っていることが指摘されています。

2021年にNHKが行ったアンケート調査では、男性被害者292人が回答しました。被害に遭った年齢は20代までが8割近く、過半数が10代となっています。

また、加害者の性別は男性が70.5%、女性が16.4%、男女ともいたと答えた人が10.3%となっています。

国内で報告されている調査を見ると、男性が加害者となる数は多いものの、女性加害者も一定数おり、見知らぬ人からの被害から家庭内の被害までさまざまであることも分かります。加害がなければ被害はないのですから、加害者の属性がさまざまであり、その加害形態もさまざまだと考えるべきでしょう。

例えば、母親が自室でマスターベーションをしている息子の姿をのぞいていたり、男性が小学生の孫の布団に入り身体を撫で回しペニスを触っていたりすることもあります。また、息子のペニスを撫で回し勃起や射精を強要する男性もいます。さらに、性的いじめのような状況では、セックスをさせて、それを見せ物とすることや、人前でマスターベーションをさせるという加害の仕方もあります。

他にも肛門に指を思いきり突っ込んだり、人前で下半身を曝け出されたりといったこともあります。こういったことは「おふざけ」として、「カンチョウ」や「ズボン下ろし」といった男の子の遊びのように矮小化されてきましたが、被害児にとっては非常に侵襲的な出来事となり得ます。

「男の子だったらこれくらい大丈夫」という感覚

日本では男の子の性暴力被害がどれくらい起きていると考えられているのでしょうか。事件化される性犯罪は性暴力被害のごく一部の行為しか対象にしていませんし、それがすべて立件されるわけでもないので正確に表しているとは考えられませんが、認知件数を2022年のデータで見ると、男性の強制わいせつ被害では8割ほどが10代までにあり、強制性交等被害では6割以上が10代までにあることが確認できます。

「男の子だったらこれくらい大丈夫」という落とし穴。母親や祖父が加害者になることも…なぜ日本では男児への性加害は深刻視されてこなかったのか

また、国立研究開発法人産業技術総合研究所がこれまでの日本での研究をもとに概算したところ、1年間に7万2000人余りの男の子が何らかの性暴力被害に遭っていると言います。これは衝撃的な数字ではないでしょうか。驚きを感じるのは、それが私たちの直感と一致していないからです。

男の子が稀に性暴力被害に遭うことがあるかもしれないとは思いつつも、これだけ多くの被害が起きている事実があるとは想像できないのかもしれません。

心身共に成長過程にある子どもが、自分の身に起きた性暴力を理解できないことや、それを大人に相談したり訴えたりすることが難しいのは、簡単に想像できることだと思います。ですから、大人が子どもを守り、性暴力の発生に気づけるようになることが必要です。しかし、なかなか男の子の性暴力被害を想定するのは難しいようです。

そこには、「男の子だったらこれくらい大丈夫」という感覚があるからかもしれません。つまり、こういう感覚は大人が子どものことを「男の子」として見るために起きています。そうすると、「女の子」よりも「男の子」の性は軽んじられ、そして性暴力被害に遭う可能性も低く見積もられてしまいます。

男性が加害者として可視化されやすい中で、対照的に使われるのが、「女性と子どもに対する暴力」という用語です。性暴力において女性がその被害者の典型とされ、脃弱性を共通項として仮定した子どもを置くことによって、被害者ポジションに女性を固定化し男性や男児の被害が見えづらくなるということです。

女性と子どもに対する暴力というとき、「子ども」と一括りにされていますが、先述したように、生まれた時点ですでに男か女かに割り当てられています。男の子は、ある種の無垢な子どもの範疇として捉えられている最中は、成人男性に比べて性暴力の被害者として相対的に認められやすいことが考えられます。

しかしすでに生まれた時点から男の子としてのジェンダー化の過程は社会的に進められており、無垢な子どもの範疇から成熟するプロセスにおいて、加害性をまとった大人の男という連続性で我々は見ていくことになります。

強制性交等罪、女性は
「全年齢にわたって被害」に比べて、
男性では「低年齢」が多く

このように考えると、男児の性暴力被害を我々が見つけることが難しくなる段階はいつ頃かという問題が見えてくると思います。筆者(宮﨑)の調査では、男性に限らず最も不快な性暴力被害の体験は20代未満で多く起きています。その被害を男児が開示しない傾向、あるいは開示までに長期化する傾向が、女児に比べて高いということはいくつかの研究でも指摘されており、それを裏付けるような結果も得られました。

被害開示を妨げる要因として、性的虐待経験を持つ男性では次の3点が挙げられます。①ジェンダー規範といった社会政治的障壁、②内在化したホモフォビアといった個人的障壁、③「女性化」といった対人的障壁です。

当然のことではありますが、第三者が関わる被害開示において、第三者のジェンダーやセクシュアリティに対する偏見が強い影響を及ぼしています。被害は確かに起きているのですが、男性や男児のほうが被害開示を行わない傾向があるために被害実態が知られにくいのです。

例えば、高校1年生の男子がバイトからなかなか帰ってこず、帰宅したのは深夜でした。事情を聞くと、バイト先で一緒の女子大学生の家にいたのだと言います。これを聞いた保護者は何か危ないことをしたのではないかと不安になりました。ここで想定されているのは、男子高校生が女子大学生とセックスしたのではないかという危惧です。またその際には、男子側が挿入の主体として、ある種能動的で加害性を帯びた行為をしたのではと考えられています。彼が無理やりセックスを強要されたり、性的な関係に持ち込まれた可能性は考えにくいからです。

また一方では、14歳のゲイ男性が40代の男性にホテルに連れ込まれ、挿入を伴う被害に遭った例があります。性的指向が明らかになることの危険によって本人による被害の開示が抑えられることに加え、それが明らかになったのちも「本人が性行為を望んでいたのではないか」という性欲の問題として捉えられ、重大な被害としては捉えられづらい場合があります。

男児の性暴力被害とは、その性別を持つ個人の要因が問題なのではなくて、我々が見つけられないこと、認識しにくいことが問題だと言えます。男児は十分に男ではないとして、挿入される側として見られることがあります。それは、幼さや弱さといった女性的とされるものがあるからでしょう。

「男の子だったらこれくらい大丈夫」という落とし穴。母親や祖父が加害者になることも…なぜ日本では男児への性加害は深刻視されてこなかったのか

強制性交等罪では女性の場合が全年齢にわたって被害があるのに比べて、男性では低年齢のほうが多くなっています。また、この傾向は強制わいせつでも同様に見られます(56ページの図参照)。

先ほどの国立研究開発法人産業技術総合研究所の調査では、男児は4歳頃から17歳頃までの被害報告があり、14歳頃を最頻値とする女児とは異なり、6歳から9歳頃が被害報告数のピークとなっています。また、「男児の被害事例では、発覚経緯が本人の開示である場合が相対的に少なく」「外部による発見が構成比として過半数を占める結果となっている」とあります。

これまでのデータから単純に結論づけることは難しいですが、もしかすると、第二次性徴が始まる頃の年齢から、男児の性暴力被害は見つけにくくなっているのではないでしょうか。
第二次性徴は身体的にも性的にも成熟する過程です。その中で男子は成人男性の身体を持ち始めています。精通を迎え、妊娠させることができる身体という加害性を付与されるようになります。

つまり思春期の男子は、第三者の視線からすると、無垢な子どもとして守られる範疇と加害性との間の不安定な状況に置かれていると考えられると思います。

子どもの被害を発見すべき、大人の側の問題として考えると、我々が子どもをジェンダー化する視線によって、年齢が上がるにつれ性暴力被害を見つけにくくなるという可能性があるのではないでしょうか。

写真/shutterstock

男性の性暴力被害

著者:宮﨑 浩一 著者:西岡 真由美

「男の子だったらこれくらい大丈夫」という落とし穴。母親や祖父が加害者になることも…なぜ日本では男児への性加害は深刻視されてこなかったのか

2023年10月17日発売

1,056円(税込)

新書判/256ページ

ISBN:

978-4-08-721285-3

性暴力とは、同意のない中で行われる性的言動すべてのこと。
その被害者は女性であることがこの社会では自明とされてきたが、しかし、現実には性暴力被害は男性にも起こりうる。
なぜ彼らの被害は今まで見えなくされ、いかに「なかったこと」にされてきたのか?
その背景には、社会的に構築された「男らしさ」の呪縛があるのではないか?
今ようやく様々な事件が報道されるようになり、事態の深刻さが認識されつつある中、本書は男性の性暴力被害の実態、その心身へ及ぼす影響、不可視化の構造、被害からの回復と支援の在り方まで等を明らかにする。

◆目次◆
第1章 「男性の」と言わないと見えない性暴力被害とは何か
第2章 被害後の影響--心と身体
第3章 性暴力と「男性被害」--歴史と構造
第4章 生き延びる過程--回復と支援
第5章 個別的な苦しみと社会をつなげる
全国のワンストップ支援センター紹介

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