
本来大人が担う家事や家族の世話などを子どもが日常的に行っている、ヤングケアラー。今年発足した「こども家庭庁」がこの問題に取り組んでいるものの、依然としてその数は少なくない。
学校の先生も近所の人も介入できない
――石井さんは、相葉さんの漫画『ヤングケアラー みえない私』を読んでいかがでしたか?

作家・石井光太さん(左)と漫画家・相葉キョウコさん(右)
石井光太(以下、石井) 僕がおもしろいと思ったのは、親戚の冷淡さですね(笑)。
相葉キョウコ(以下、相葉) (笑)。
石井 でも、これってすごく重要なところで、親が病気になっても周りがきちんと子どもを守ろうとすれば、ヤングケアラーにはならないんですよ。何故そうなってしまうかといえば、やはり親族間におけるセーフティネットが崩壊しているケースが非常に多いです。
失踪した父親の借金返済を迫られるエピソードがでてきますが、親戚たちのおかしな理屈や、お金の問題まで背負わされるとなると、単純に介護だけの問題ではなくなってくるんです。
ヤングケアラーたちは、そういった環境も含めた、つらさ、どうしようもなさ、孤立感でがんじがらめになっていきます。そこをしっかりと描いていたのが、すごくリアルだなと思いました。

『ヤングケアラー みえない私』より ©相葉キョウコ/集英社
相葉 親戚がやばいのは、わりと実体験です(笑)。結局、みんないろんな理由をつけて介護をやらずに済むルートを探すんですよね。私の場合は、母親の両親も健在でしたが、一緒に住んでいないからとか、仕事があるからとか、腰が悪いからとか。
石井 まったく子どもファーストにならない。「自分のことだけ置き去りにされて、すべてが進んでいる」というような高校3年生の男の子の話も描きましたが、あれなんてまさにそう。

『ヤングケアラー みえない私』より ©相葉キョウコ/集英社
相葉 「もう大人なんだから」と「まだ子供でしょ」を、都合よく使われるんですよね。私も「もう18歳なんだから」とすごく言われましたし、一方で「まだ子供だから、お金の管理は任せられない」って、そこだけ搾取していこうとしたりして。
石井 学校や地域もそうです。「〇〇ちゃん、えらいなぁ」って、それだけですから。
相葉 でも、正直、学校の先生も関係ないんですよね。私だって、いま隣の家にヤングケアラーがいても手伝えないと思います。ヤングケアラーに関する行政のアンケートでも「関心はある」という結果が多く出ているんですが、そこで止まってしまっているところが、問題なのかなと思います。
「なんで親戚が金出さないの? バカじゃん?」
――そういう意味では、こうして漫画という形で具体的に伝わることはいいのかなと思います。
相葉 そうですね。手に取りやすい媒体ではあると思うので、ヤングケアラーに興味を持ったときに、現状を知ってもらうきっかけになれたらいいなと思います。

漫画家・相葉キョウコさん
石井 僕が書いているようなノンフィクションは読者層が限られてきますし、年齢層も高めな視点になりがちです。漫画の読者層はもっと若いと思うので、そういう意味でも、若い人たちに何を伝えていくかはすごく大事ですよね。
この漫画には3人のヤングケアラーが出てきますが、共通して描かれているのは「自分として生きていいんだよ」というメッセージです。「いい子」とか「女の子なんだから」「男の子なんだから」といった社会的な決めつけではなく、そこから離れた「自分」を生きていい。ヤングケアラーの当事者がこの漫画を読んだときに、強く感じられるのはそこなのかなと思いました。

『ヤングケアラー みえない私』より ©相葉キョウコ/集英社
――漫画を描くにあたり、特にこだわったところはありますか?
相葉 ヤングケアラーをテーマにしたエッセイ漫画はわりとあるんですが、デフォルメ絵で描かれることが多いので、私は汚い部分もしっかりとリアリティを持って描き込みたいなと思いました。
あとは、介護で大変なことはみんなわかっていると思うので、それだけではなく、将来への不安や、周りの大人たちへの対応のような、介護以外の大変さを表現したいと。漫画の公開後に「親戚にイライラした」「この親父がすごく嫌だ」という反響をたくさんいただいたんですが、それこそが私が伝えたかったことで、世間になかなか見えていないところなんですよね。

『ヤングケアラー みえない私』より ©相葉キョウコ/集英社
――作中で夜中に友人が陣中見舞いにきてくれて涙するシーンがありましたが、例えば同級生や友人にヤングケアラーの当事者がいた場合、何かできることはあると思いますか。

『ヤングケアラー みえない私』より ©相葉キョウコ/集英社
相葉 難しいですね。
石井 うん、できないですよね。だからといって何もしなきゃいいという話ではなくて、例えば「なんで親戚が金出さないの? バカじゃん?」という友人の軽い一言のほうが、リアルなところで言えば大きいかもしれない。
相葉 そうですね、私もたまに友達に愚痴って「親ヤバ」「親戚ヤバ」と言ってもらってました(笑)。子供同士で大したアドバイスなんてできないし、やれることといえばいつもの日常を与えてあげることくらいだと思うんです。
ヤングケアラーは本当に日常がなくなっていくので、一緒に笑ってご飯を食べたり、スタバに行ったり、そういった年相応の日常を過ごせる時間がもらえるのは、すごくありがたいと思います。
行政の介入も難しいヤングケアラーの解決策
――政治にも、もっとできることがあると思いますか?
石井 正直に言うと難しいんですよね。もちろん、体罰が虐待として保護対象になったのと同じように、将来的にはヤングケアラーも保護対象になることはあると思います。
ただ、虐待は加害が行動としてあるからわかりやすいですが、親の病気や介護となると線引きが難しい。要介護4ならいいのか、要介護1だとどうか、だったら親のシャブ中はどうなんだと。だから、時間は相当かかるんじゃないかなと思います。

作家・石井光太さん
相葉 しかも、こういうケースは子ども本人が「大丈夫です」と言うじゃないですか。私も、ずっとそう言っていた記憶がありますし、被虐待児ですら本人がヘルプを出さないと行政は入っていけないので、そこに関しては本当に、まだまだ「無理なのかな」ぐらいの気持ちになってしまいます。
――ヤングケアラーの経験者として、相葉さんがこんなサポートがあったらよかったと思うことはありますか?
相葉 大人ならデイサービスに申し込めたり、あるいは有給を取得しながら介護できるのに、どうして子供はそういった物理的なサポートが受けられないのかと思います。相談窓口のようなメンタルサポートに関しては、わりとできてきたほうだとは思うんですけどね。
石井 そこは本当に重要な話だと思います。
相葉 ただ、行政もいまやヤングケアラーの認知を広げようとはしていると思うので、その流れに私も少しでも加われたらなとは思っていて。
もちろん、知ったところで現時点ではどうしようもできない問題なんですが、知ることで変わることも絶対にあるんです。例えば「あなたもヤングケアラーかも?」といったプリントを配布したりして、子ども自身に自分がヤングケアラーだという認識を持たせることも重要だと思います。
石井 学校の先生にも、この漫画を読んでもらいたいですよね。進路相談でもなんでも、ふだんから子どもたちに接しているのはやっぱり先生なので、子どもたちが抱えている問題の背後にある複雑な環境を認識するだけでも、変わってくる部分は全然あると思いますから。
相葉 そうですね。いまはそうやって、いろんな方面からの認識を少しずつ深めていく段階なのかなと思います。
取材・文/森野広明 撮影/高木陽春