
過去の自分が「こんなものでしょ」と決めつけていた自分自身のキャパシティと可能性。それを乗り越え、どんどん「分不相応な自分」になっていくことで、活躍を広げられるようになる。
自分はこんなものだって分かってるから
今の自分や、自分の現状について、「まぁ、こんなものでしょ」と半ばあきらめと共に受け入れることは止めましょう。そうではなく、過去の自分の思い込み・先入観・期待値を上回って、「昨日の自分」を驚かせるような行動を起こしてみることが大切です。
人も、会社も、ライバルとの「価値ある違い」を作ることができれば、活躍を広げられるようになります。逆に、「価値ある違い」を作れないと、消耗戦を続けなければなりません。そうならないためには、「型破り」な考え方・行動が必要になっていきます。

「型破り」とは、「型」をよく知ったうえで、自分なりの狙いを持って、「あえて型を破る」で価値を生み出すことを意味します。ただ考えもなしに、突拍子もないことをやるのが「型破り」ではありません。
「型」には、前例や常識といった言葉が当てはまります。業界の前例・常識、会社の前例・常識、周囲の「みんな」の前例・常識。こうした「型」を、いかに良い意味で裏切る「型破り」を実現できるか、が重要となります。
マーケティングでは、良い意味での驚きを生み出す「何か」のことを、「Wowファクター」と呼びます。「Wow!(ワォ!)」と驚くほど喜ばせる「何か」を提供できれば、期待を大きく上回り、高い成果を掴むことができるようになります。
「Wow!」と驚かせる相手は、仕事であれば、職場の上司でも、同僚でも、取引先でもいいでしょう。ただ、もっと驚かせるべき相手は、過去の自分自身です。過去の自分が「こんなものでしょ」と決めつけていた、自分自身の「分相応の壁」を乗り越える「何か」をやってみることで、どんどん「分不相応な自分」になっていくことができます。
バッターかピッチャーか、悩んでいた大谷翔平
日本のプロ野球でも、アメリカのメジャーリーグでも、「MVP(最優秀選手)」に輝き、ピッチャーとバッターの二刀流で活躍し、「世界で1番野球が上手い」といえる大谷翔平選手。※4 彼が、高校球児のときに母校・花巻東高校の恩師から受けた言葉に、「先入観は可能を不可能にする」があります。
高校時代の目標の1つは、球速160キロの球を投げることでした。その目標は、「非現実的」「無理でしょ」といった先入観があったら、絶対に辿り着けないものでした。そうではなく、「できる」とイメージすることで初めて、そのための計画やトレーニングなど、目標達成に向けた行動を起こすことができるようになりました。
実際、大谷選手は岩手大会・準決勝で、当時の高校生最速となる160キロを投げることができました。

そんな大谷選手も、自分の先入観で、心が揺らぐことがありました。高校からプロ野球へ進む際、日本球界かメジャーリーグか、そしてピッチャーに専念するか、バッターに専念するかを迷いました。
高校日本代表の合宿でのインタビューでは、「一度、ピッチャーをあきらめてしまうと、二度と後戻りはできない」「現段階では、ピッチャーの体作りをしているが、ピッチャーとして挑戦するか、バッターとして挑戦するかは、球団の意向を参考にして考えたい」と答え、どちらかに専念することを前提に考えていました。
その後、高校日本代表として世界選手権を戦うことで、ピッチャーに専念する方に気持ちを固めていきました。
しかし、その直後、日本の球団・日本ハムファイターズが大谷選手をドラフト会議で強行指名することになります。ここで、日本ハムは、強行指名を謝罪したうえで、「夢への道しるべ」と題して作ったレポートを大谷選手へ提案しました。そのレポートで、将来、メジャーで活躍するために、まず日本球界を選んで、それからメジャーへ渡った方が効果的であることを説明すると共に、ピッチャーとバッターを両立させる「二刀流」の育成プランを示したのです。
それまで、大谷選手は「二刀流」をあきらめていました。その先入観をくつがえし、当時の日本ハムの栗山英樹監督から「誰も歩いたことのない道を歩いてほしい」と言われたことで、日本球界入りを決断したのです。
それ以降、日本でも、アメリカでも、OB・批評家・野球ファンなどから「不可能だ」「ありえない」「なめている」とどんなに言われても、圧倒的な結果を示すことで、すべての人を納得させ、魅了していったことは、誰もがリアルタイムで見てきた通りです。
大谷翔平を救ったイチローの言葉

もう1つ、メジャーリーグに挑戦する1年目、シーズン開幕前のオープン戦で大谷選手は投打ともに不振に陥りました。そこで彼は、バットを1本持ち、助言を求めてイチローさんの自宅に向かったそうです。そこで、技術指導と合わせて、「自分の才能や、やってきたこと、ポテンシャルを、もっと信じた方が良い」という言葉をもらったことで吹っ切れたといいます。
そして、開幕から活躍を続けて、日本人としてイチローさん以来17年ぶりとなる最優秀新人賞を受賞しました。
このイチローさんが大谷選手に贈った言葉は、「スポーツ」「野球」「天才」といった枠に限った話にする必要はないはずです。挑戦に迷いながら、それでも一歩を踏み出そうとする人の背中を押してくれるエールになるでしょう。
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※4 Web Sportiva「【プロ野球】大谷翔平はなぜ「二刀流」に心を揺さぶられたのか?」、婦人公論.jp「大谷翔平の両親が語る「反抗期もなかった」。恩師の教えは「先入観は可能を不可能にする」「非常識な発想を持つ」」を参照。
文/永井竜之介
写真/shutterstock
分不相応のすすめ
永井竜之介

2023/11/20
¥2,200
216ページ
978-4911194003
「これくらいが自分にはちょうどいい」。生活でも仕事でも無意識に作ってしまう「分相応」の自己評価。じつはこれが「壁」となり、挑戦や成長が妨げられている。その原因は「日本らしさ」にあった。マーケティングの科学的知見を背景に、自分の「分相応の壁」を破り、周囲の空気に負けずに、現状を打開するためのマインドとメソッドを提示。「自分はこんなもの」と悟ったように見えて、「本当は自分を変えたい!」という諦めきれない本音を多くの人が隠し持っている。行き詰まりを感じて思い悩む現代人に必読の一冊。