
慶應高校野球部は2023年の夏の甲子園で107年ぶりの優勝を果たした。慶應ナインたちには試合を楽しむための準備ができていたそうだ。
KEIO Mental #19
試合は答え合わせでしかない
なんとかなるでは決して乗り切れないこともある
甲子園で優勝するまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。何度も大きなピンチに直面しましたが、そのたび塾高の選手たちが「想定内」といっていたのが印象的でした。これはたゆまぬ事前準備を重ねてきた証です。
「本当のプラス思考人間」は、苦しいと楽しくなります。なぜなら準備がしてあるからです。
投手の鈴木(佳門)君は夏の県大会前から本調子ではありませんでした。県大会準々決勝でコールド勝利目前の場面で登板し、次戦のために早く試合を終わらせようと思うがあまり、コントロールが定まらず、ストライクが入らなくなることがありました。

写真はイメージです
解決策を模索して、鈴木君は私に連絡をくれました。悩んでいた彼に、「調子の良い時の自分が今の自分にアドバイスをくれるとしたら、どんな言葉だと思う?」と尋ねました。
彼は「打たれても構わないので、自分を信じてしっかりと腕を振って球を放れ」と答えました。
そして、「コントロールが定まらない時にコースを狙って投げても外れてしまうのは当然のこと。ど真ん中に思い切り投げれば、ストライクゾーンに適当に散らばってくれると思う。
思い切り投げればどうにかなる、ではなく、彼なりの解決策を見つけたことに価値があります。なんとかなるでは決して乗り切れないこともあるのです。
その後鈴木君は準決勝の東海大相模戦、決勝の横浜戦と甲子園に向けて、登り調子になり、甲子園でも活躍してくれました。
つらくつまらないことを楽しむ「苦楽力」
テレビでは塾高の選手の悲壮な表情をひとつも見ませんでした。これは素晴らしい準備をしてきたからです。
普段、あまり気に留めることはありませんが、日常的に、私たちはさまざまな準備をしています。たとえば、雨が降るかもしれないから、傘を持っていく。遅れるかもしれないから1本早い電車に乗る。準備をしたという安心が大事なのですね。
森林監督は普段の練習がテストで、試合は答え合わせのようなものだと言われます。試合の時にがんばるのではなくて、練習をがんばる。勝利を目指すのは当たり前だけど、一番大切なのは成長。
そうすれば、「試合って楽しい」と思えるはず。確かに勉強をしっかりやったあと、テストの答え合わせはドキドキワクワク楽しみなものですよね。
野球史に残る偉大な選手であるイチローさんは、こんな言葉を残しています。
「そりゃ、僕だって勉強や野球の練習は嫌いですよ。誰だってそうじゃないですか。つらいし、たいていはつまらないことの繰り返し。
でも、僕は子どもの頃から、目標を持って努力するのが好きなんです。だってその努力が結果として出るのは嬉しいじゃないですか」

つまりイチローさんはただ普通の練習は嫌い。でも、夢へ到達するための必要な努力としての努力なら好きだと捉えているからです。
激しくつらい練習が好きだという人はいないでしょう。ただし、日本一になるために必要な努力だとしたら、喜んでするのではないでしょうか。
SBTではこうした「つらいこと」「苦しいこと」を楽しむ力のことを「苦楽力」と呼んでいます。
試合を楽しむためには、苦楽力を発揮して、日頃の苦しくつらい練習を何よりも楽しむことが大事なのです。
KEIO Mental #20
脳をだましてやる気にさせる
アウトプットは思っていなくてもいい
とても楽しい時、あなたの感情は動作や表情に表れます。逆に、苦しい時も同じです。好きなものを見た時、苦手なものを見た時、あなたのリアクションは異なります。
これは脳が「快」と判断するか「不快」と判断するかによって、あなたの動作や言葉のアウトプットが変わるからです。
この判断をするのが扁桃核という脳の中にある神経組織です。
五感を通じてある情報が脳に届けられると、扁桃核は快・不快を判断し、思考や言動に影響が及びます。
かわいい赤ん坊を見たら、自然と笑顔になり「かわいい」という言葉が出てくるのに対して、ゴキブリを見つけたときは眉間に皺がより「気持ち悪っ」と叫んでしまう。これは扁桃核が瞬間的に自分にとって心地よい情報かどうかを判断した結果が行動にあらわれているのです。

脳は入力と出力とでプログラミングされていると言われています。入力とは思いやイメージ、出力とは言葉、表情、態度などを指します。たとえば、何か嫌なイメージや思いを抱いて、否定的な言葉を口にすると、そのネガティブな言葉は耳から脳に入力されて、嫌なイメージや思いを強めてしまうのです。
脳はプラスの情報をインプットすると、肯定的なアウトプットをしてくれます。
先ほどのイチローさんの例ではありませんが、トップアスリートは、常に脳に対して肯定的な入力をしています。一般の人にはつらい練習だとしても、トップアスリートは脳に対して、「これは意味のある素晴らしい練習なのだ」などとインプットしているわけです。
一般の人とトップアスリートの練習の成果を比べたとしたら、結果は一目瞭然でしょう。
そこでまずはプラスの表情や言葉をリストアップしてみましょう。そして積極的にそのプラス言葉を発して、脳内の扁桃核にその情報を届けるようにすれば、感情はポジティブな状態になり、パフォーマンスを発揮しやすい状況がつくれるようになります。前にも書いたように、脳は現実とイメージを区別することができません。なのでピンチの時などは無理矢理プラスの言葉や表情などをアウトプットすればよいわけです。
たとえば、その日は雨で、練習をしたら服がドロドロになりそうです。そんな時に誰かが「練習だるいな」と口にした言葉を聞いてしまったら、すぐにプラスの言葉をかぶせるようにします。たとえば、
「こんな日に練習すれば、雨の日の試合に生かせるな」

肯定的なアウトプットをすることを習慣化するのです。決して本心から思っていなくても、口先だけでもいいのです。
競技力を上げるためには、つらくて苦しい練習がつきものです。とはいえ、それが大切だとわかっていても、なかなかやる気は起きないものです。
「しなければいけない」と思った瞬間に、それが義務感やプレッシャーになります。ネガティブな感情の状態になってしまうので、それが行動意欲や行動力に悪影響を及ぼすのは想像に難くないでしょう。
たとえ、30分の練習でも、感情の状態がポジティブとネガティブとでは大きな差が出てしまうわけです。せっかくだったら、ポジティブな声をかけて、こんな練習なんてちょろいと脳に思わせましょう。そうしたら、こちらのものなのです。
KEIO Mental #21
ネガティブな言葉は3秒以内に上書きすればOK
脳はあとから入った情報を優先する
私たちの脳は入力と出力がワンセットだとお伝えしましたが、時には、他人のマイナス言葉を耳にする場合もあります。
たとえば、電車の中で隣に立った見知らぬ乗客のマイナスの言葉が聞こえただけでも、実は感情はネガティブになってしまうのです。練習前に誰かがふと発した「だるいなあ」という言葉も、あなたの脳に入力されると感情がネガティブになり、行動意欲と行動力を下げてしまいます。そんな練習が素晴らしいものになるとは到底思えませんよね。
マイナスの感情になり、脳からの指令のもと体に悪影響がおよぶまではコンマ何秒の世界だと言われています。
筋トレをした方はわかると思うのですが、重たいウエイトを上げるトレーニングをしていた時に、苦しくなって「無理だ」と思った次の瞬間、全身から力が抜けることがありますよね。
これはネガティブな思いや言葉がマイナス感情を生み、行動力を下げてしまうわかりやすい例です。「言霊」という言葉があるように、言葉は脳に影響を与えるのです。

もちろんネガティブな言葉を吐かないほうがいいのですが、人間ですからどうしても弱音や愚痴をふと口にしてしまうこともあります。それ自体を禁じてしまうと、今度は逆に脳に大きな負荷をかけてしまうことになります。
もしも、ネガティブな発言をしてしまったら、すぐにポジティブな言葉で上書きしてしまえばよいのです。それもできるだけ、すみやかに、極力3秒以内に。SBTではこれを「3秒ルール」と呼んでいます。
LINEを間違って送ってしまっても3秒以内に送信を取り消したら、ほとんど読まれる可能性はないでしょう。マイナスのことを口にしてしまったら3秒以内に言い換えましょう。
こんなあと出しジャンケン的な戦法がなぜ有効なのかといえば、脳はあとから口にした言葉を信用するからです。最初のマイナス言葉より、あとから発したプラス言葉を脳は信じてくれるわけです。
人間の心というのは不思議なもので、ジュースが半分あったとしたら、「もう半分しかない」と思うこともあれば、「まだ半分もある」と思う時もあります。ジュースが半分という事実は変わらないのに、その時の受けとめ方ひとつで目の前の景色が、言い換えると思いや感情が一気に変わります。

同じようにスポーツのパフォーマンスも、感情に左右されるので、感情をしっかりコントロールすることはとても大切なことなのです。
心の中に振り子があると仮定すると、その振り子は時にはプラス、時にはマイナスに振れます。その振り子がプラスの方に振れている時は、思考と体調が良い状態、行動意欲と行動力が上がっている状態です。
「このあとの練習面倒だな」と口にしてしまったら、3秒以内に「このあとは成長の時間だ」などと言い換えてみましょう。もしもため息をついてしまったら、3秒以内に思い切り笑顔になって「よっしゃー」と叫んでみたら良いのです。
無理にでもプラスの出力を心がけ、ご自身の能力を発揮しやすい状況をつくるようにしましょう。
文/吉岡 眞司 監修/西田一見 写真/shutterstock
『慶應メンタル - 「最高の自分」が成長し続ける脳内革命』(ワニブックス)
吉岡眞司 (著)、 西田一見 (監修)

2023/12/5
¥1,540
200ページ
978-4847073892
前評判では、戦力的には決して高いとは言えなかった慶應高校野球部ナインは、なぜ2023年夏の甲子園で107年ぶりの優勝を果たすことができたのか?
そこは彼らが1年にわたり続けた、「誰でもプラス思考になれる」メンタルトレーニング=SBTスーパーブレイントレーニングの効果によるものが大きい。
SBTとは、①成功を信じる「成信力(せいしんりょく)」、②苦しい状況を楽しむ「苦楽力(くらくりょく)」、③他の人を喜ばせる「他喜力(たきりょく)」からなるメンタルトレーニング。
SBTのトレーニングを重ね、ピンチの状況にもワクワクする力を手に入れた慶應ナインの甲子園での活躍を追いながら、SBT式最強メンタルトレーニングメソッドの実践方法を詳しく紹介する。
書籍内では慶應義塾高校野球部・森林貴彦監督や、夏の甲子園大躍進を担った部員たちのインタビューもたっぷりと掲載。