〈解約大困難時代〉「サブスクやめにくい」…退会フォームが見つからない、電話がつながらない…まるで“退会迷路”をつくる企業側の意図とは

この年末年始に家計の出費の見直しを検討している人も多いだろう。なかでもきちんとしておきたいのがサブスクの整理だ。

だが利用中のサブスクを解約しようと思ったとき、多くの利用者がそのやめにくさに直面している。先日もスポーツ専門サブスクサービス、「DAZN」の退会が困難だと世間を騒がせたばかりだ。企業のマーケティングに詳しい永井竜之介氏は、かつてないほど「解約」が難しい時代だという。企業側の思惑を解説してもらった。

解約大困難時代

月額制のサブスクリプション・サービス(以下、サブスク)は、音楽・アニメ・ドラマ・映画・スポーツなど多岐にわたって私たちの暮らしを彩っている。だがサブスクの存在が大きくなるにつれて、利用者を悩ませる問題になってきているのが「やめにくさ」だ。

筆者はアップルユーザーのため、iPhone以外のスマホの仕様は把握していないが、アップルのアカウントに紐付けたサブスクリプションならば、スマホの設定アプリ内で簡単にやめることができる。



しかしそうでない場合、“やめさせない迷路”に迷い込まされることが確実に増えている。退会希望のページやクリック箇所が見つけにくかったり、わざと小さく隠されていたりする。それどころか「退会」という項目が設置されているほうがまれだ。

また、なんとか退会フォームにたどりついても、退会理由の選択をしないと先に進めなくなっていたり、ホームページだけでは手続きできず、電話やチャットを強制されたりもする。

電話では応対まで長く待たされ、あるいはナビダイヤルに従ってもオペレーターに繋がらない。やっと繋がって「やめたい」と申し出ても、「特別」と称する割引プランを提示されながら、のらりくらりと引き止められる。
長々と続く電話の料金が自己負担になることも少なくない。

利用者がきっちりやめるためには、たらい回しや割引プラン提示などで揺らがない、意思の強さや根気強さが必要になる…というのは、異常な状態だ。

〈解約大困難時代〉「サブスクやめにくい」…退会フォームが見つからない、電話がつながらない…まるで“退会迷路”をつくる企業側の意図とは


スマホ契約時に半ば強制的に加入させられるさまざまなサービスなども同様で、特にシニア層などはこうした機能を使うことなく、解約できないまま延々とお金を支払い続けているという事態が容易に想像がつく。

そもそもひと昔前は何かしらのサービスを解約するときには対面の窓口か電話の二択だった。だがスマホの設定(OSのアップデート次第で仕様も変わる)や専用アプリ・ブラウザ・電話・チャットなど、システムが多様かつ複雑になり、最近は人ではなくAIが対応する場面も出てきている。

いまは間違いなく解約することが過去最高に難しい、「解約大困難時代」なのである。



既存顧客の維持は5倍お得

消費者にとって、「解約大困難時代」はただただ迷惑で不都合しかない。ではなぜ企業側が、こんな明らかな迷惑行為を仕掛けてきているのかというと、それは「既存顧客の維持のほうが新規顧客の獲得と比べて、はるかに楽でコストパフォーマンスに優れているから」だ。具体的には、企業にとって既存顧客の維持は、新規顧客の獲得よりも5倍お得とされている。

マーケティングの通説的なロジックに、「1:5の法則」がある。すでに利用経験のある顧客にもう一度利用してもらうコストを1とすると、まだ利用経験のない消費者に新しく利用してもらって顧客とするコストは5になることが指摘されている。

つまり、「1人に利用させる」という目的を達成するうえで、既存顧客を維持するほうが5倍お得になるわけだ。「1:5の法則」に合わせて、「5:25の法則」もある。

これは、既存顧客が離れていくのを5%改善できれば、利益率が25%も改善される、という指摘だ。

もちろん、理論と実際のビジネスが常に一致するわけではなく、こうした数字は絶対的なものではない。だが多くの場合において、企業にとって既存顧客の維持が極めて重要な課題になっていることは確かだ。サブスクのようにライバルの増加や成長が著しく、激しい競争環境であれば、既存顧客の維持は間違いなく最重要課題の1つとなる。

〈解約大困難時代〉「サブスクやめにくい」…退会フォームが見つからない、電話がつながらない…まるで“退会迷路”をつくる企業側の意図とは

サブスクの中でも、特にスポーツの試合配信に強みを持つサービスは、オフシーズンという明確な弱点を抱えている。オフシーズンの利用者離れを食い止めるために、既存顧客がやめにくい仕掛けを講じるのは企業側の理屈としてはシンプルだ。



しかし、利用者離れを食い止めるという目的のために、「やめにくい仕掛けを講じる」のか、「やめたいと思わせない工夫を講じる」のか、には大きな違いがある。どちらを選ぶかで、その企業の姿勢や価値観が浮き彫りになるだろう。

スポーツ系のサブスクならば、オフシーズンがあることはあらかじめわかっているのだから、オフシーズン用の割引価格を事前に用意しておいたり、利用者の心を離れさせない工夫を講じるべきである。

消費者に必要な態度

明言するが、「やめにくい仕掛けを講じる」企業には、「ライフタイムバリュー(以下、LTV)」の発想が欠けていると言わざるをえない。LTVとは、顧客が生涯を通じて利用してくれる金額を高めることを重視する発想で、短期的な関係よりも長期的に顧客と付き合うためのマーケティングを重視する考え方だ。

〈解約大困難時代〉「サブスクやめにくい」…退会フォームが見つからない、電話がつながらない…まるで“退会迷路”をつくる企業側の意図とは

このLTVの発想を持てていれば、既存顧客をやめにくくするために迷惑行為を仕掛ける、なんて手段を選ぶことはなくなる。

一度イヤな思いをした顧客は二度と戻ってきてくれない。

さらにSNSなどで悪評が拡散されれば、サービスの印象が悪化し新しい顧客も利用の二の足を踏んでしまう。つまり、既存顧客も離れ、新規顧客も減るという悪循環に陥り、長期的に見れば、自ら墓穴を掘っているに等しいのだ。

本来企業が自らLTVの発想をもって過ちに気づき、自己変革していくことが望ましい。ただ現実には、既存顧客をやめにくくする迷惑な仕掛けは、この先もなかなか改善されないだろう。

その理由は、迷惑な仕掛けによって、「(やめるのが)めんどくさい」「(継続で)もういいか」と思わせれば既存顧客を引き止められる、と企業が顧客を軽視しているからに他ならない。そしてこんなにもやめにくい状況は、企業側にとってものすごくありがたい状況なのである。

改善させるには、「このままではダメだ」と企業のほうが危機感を抱いて考えを改めること。いっぽうで消費者側は断固たる決意を持って、しっかり解約、そして二度とそのサービスを利用しないという強い拒絶の意思表示をしていく必要がある。

文/永井竜之介
写真/shutterstock