
「雪山には、雪崩・凍傷・低体温症といった危険があり、甘く見たがゆえの悲惨な登山事故は後を絶たない」と話すのは登山ガイドの上田洋平さんだ。準備・経験不足での雪山登山はどれほど怖いものなのか、初心者が陥りやすいNG行為などを聞いた。
初心者がしがちな雪山絶対NG行為は「素手スマホ」
白い峰々の美しさ、冬にしか見られない深い色の青空など、この季節にしか出会えない雪山の絶景。アウトドアブームの影響もあって登山を楽しむ人が増えた中で、「雪山登山に挑戦してみたい!」という山好きの方も多いだろう。
しかし「雪山は、夏場などの登山より気をつけるべき点が多い」と、登山ガイドの上田洋平氏はいう。
「まず初心者でよく見るのは"素手スマホ"。これは雪山で一番起こりやすく、気をつけなくてはならない危険の一つ『凍傷』の原因になります。
雪山では、薄手のインナーグローブの上に厚手のアウターグローブをつけますが、このインナーグローブは絶対に外してはいけません。スマホ対応のインナーグローブを用意するか、タッチペンを使うのがおすすめです」

上田洋平氏
もう一つ要注意すべきことが、アウターグローブを地面に置くことだという。
「外したアウターグローブを地面に置いてしまう人も多いです。しかし、突風が吹く雪山では飛ばされてしまう可能性が高いので、必ずリーシュコードという紐で手首につなぐか、ポケットに入れるようにしましょう」
さらに、アウターグローブの替えを用意することも重要だ。雪山登山用のグローブは1組2万円ほどするが、その金額よりもアウターグローブなしで登山するリスクのほうがはるかに大きい。
「自分の指と2万円の価値を天秤にかけてみてください。ほとんどの人は指が大事ではないでしょうか」
登山ガイドが見た「登山客のありえないエピソード」
日頃から登山ガイドをしていると、ときには“ありえないエピソード”を聞くという。
「この前ガイドした20代のお客さまは、過去に岐阜県と滋賀県にまたがる伊吹山の八合目で滑落したことがあるそうです。積雪期の伊吹山五合目から上は、雪崩が起きてもおかしくない急な斜面を登るので、前爪付きアイゼンとピッケルが必要です。
しかしその人は、爪の長さが短いチェーンスパイクと、通常登山用のストックしか持たずに登ったため、下山時に滑落してしまいました」
その登山客はいったん死を覚悟したものの、ストックで減速しながら奇跡的に六合目付近にある木につかまり、助かったという。

雪山登山に不可欠なピッケル
たまに、登山者が自身のブログで「チェーンスパイクとストックだけで、草木も生えないような森林限界以上の雪山に登った」と書いているようなことがある。しかし「たまたまそのときは大丈夫」だっただけのこと。鵜呑みにするのは危険だ。
また上田さん自身、“ありえない登山者”と出会ったこともある。
「雪山登山のガイド時には、お客さまに詳細な持ち物リストを渡していますが、七分丈パンツに夏山用の登山靴といった服装で、防寒着も不十分な状態で参加しようとした方がいました。雪山で肌を露出するなんて、凍傷や低体温症まっしぐらの行為。なぜそれでいいと思ってしまったのか…」

前爪付きアイゼンをつけて雪山を登る様子
そのときは上田さんが持っていたレインウェアと防寒着を着てもらって事なきを得たそうだ。
「別のときには、大きなザックに最低限の水分と行動食しか入れてこなかったお客さまがいました。もし雪山で足を滑らせて動けなくなったり、天候が急変して昼間中に下山できなくなったら、どうやって暖を取るのでしょうか。雪山ならではのリスクを想定しておくことが本当に大切なんです」
これ以外に、雪山におにぎりやハイドレーション(チューブ付きの飲料容器)を持ってきてしまうのも“初心者あるある”だという。おにぎりはガチガチに凍り、ハイドレーションはチューブが凍結して飲めなくなる。
せめて初回の雪山登山だけでも、登山ガイドに同行依頼を!
ここまで雪山登山のリスクや事故の話ばかりだったが、とはいえ、雪山登山には他にはない魅力があるのは間違いない。上田さんが感じる雪山の魅力は、静寂。青空の下、アイゼンを付けた靴で歩くと、「シャク、シャク」という足音だけが静寂の中に響き渡る。
そして登った先に待っているのは、山頂から見渡せる一面の絶景だ。空気の澄んでいる冬だからこそ、遠くの山々まではっきりと目に映る。

では、これから雪山登山に挑戦する人は何を意識すべきなのか。
「登山ガイドに同行を依頼するのが望ましいです。せめて初回の雪山登山だけでも。もし登山ガイドなしで登るなら、事前に講習会に参加して、アイゼン装着・歩行の方法やピッケルの使い方など、雪山登山の基本を学んでください。何が危険かわからないまま雪山に登るのが、一番危険です」
雪山で起こりやすい凍傷や低体温症は、いうなれば「ヒューマンエラー」だ。ちゃんと準備さえすれば防げる。
みんなが登っている有名な山が安全だとは限らない。万全の準備をして雪山に登り、“人生の景色がガラリと変わる瞬間”を味わってみてほしい。
取材・文/ayan 写真/上田洋平