
SpotifyやApple Musicといった音楽ストリーミングサービスの普及とともに、再びブームとなったPodcast。そんなPodcastブームを牽引してきたのが、映画や本をはじめとしたポップカルチャーをトラッシュ・トークで展開する『奇奇怪怪』と、かたいイメージがある言語学を雑談形式でゆるく紹介する『ゆる言語学ラジオ』。
しゃべるのは苦手だけど相方がいるからマシ
水野太貴(以下、水野) 僕らの『ゆる言語学ラジオ』は2021年1月に配信を始めたのですが、玉置さんとTaiTanさんの『奇奇怪怪明解事典』はいつからですか?
玉置周啓(以下、玉置) 2020年の5月です。ちょうどコロナ禍が始まったくらいのタイミングでした。
水野 最初はSpotify独占配信ではなかったんですよね。
玉置 Spotify独占配信になったのは、始めてから1年後くらい、2021年の6月ですね。その3ヶ月前に「JAPAN PODCAST AWARDS 2020」でSpotify NEXT クリエイター賞というのを受賞して。

「MONO NO AWARE」と「MIZ」のギターボーカルとして活躍する玉置周啓氏
水野 自分たちが『ゆる言語学ラジオ』を始めたばかりの時期だったのもあり、独占配信はPodcast番組のひとつの上がりの形だなと思って見ていました。しかも同世代の人たちで。玉置さんとTaiTanさんは同い年ですか?
玉置 そうです、二人とも1993年生まれ。水野さんたちは?
水野 僕は1995年生まれで、相方の堀元(見)さんが1992年生まれですね。
玉置 じゃあ同世代だ。最初から今のように上手くしゃべれました?
水野 いや、今も上手くしゃべれているかは疑問ですが、僕は相方がいないと完全に他人行儀、借りてきた猫みたいになるので。
玉置 僕も人見知りなので、しゃべるのは苦手なんですよ。
水野 じゃあ、お互い性に合わないことをやってるけど、相方がいるからマシになっているわけですね。

普段は出版社で編集者として働いている水野太貴氏
玉置 そもそも僕らの番組は、最初の構想では、自分たちの好きな文章とかフレーズとか、グッとくるセンテンスを紹介し合うコンテンツにするつもりだったんです。言葉を楽しむというか、言語化されていなかったり、名称がついていない事象について語るような。それが途中からTaiTanの趣向が変わってきて、そういう行為は傲慢なんじゃないか、っていうふうになって。
水野 思っていたのとは違う方向に。
玉置 それまで僕は傲慢だとか一切思っていなかったのに、なんか自分に言われたような気がして、衝撃だったし、恥ずかしくもありました。そこからだんだん悪口が増えて、今の感じになっていきました。
水野 結果として、番組名から「事典」がなくなって『奇奇怪怪』に。
玉置 はい、もう事典じゃなくなったので。
考えごとはしない、感性もない、ChatGPT人間
──まだ番組名に“事典”があった頃に名付けたもので、印象的なものはありますか?
玉置 街の中を漂っているビニール袋に「街クラゲ」っていう名前を付けたことくらいしか覚えてないです。
水野 いい比喩ですね。僕は『歳時記』という、季語が載っている事典を頭から最後まで読んだことがあるんですけど、ぎりぎり「街クラゲ」は載ってそうな気がします。
玉置 すごいな。例が出るスピードが早すぎます。
水野 相方に鍛えられました。

番組の書籍版第2弾となる『奇奇怪怪』が2023年に刊行された
玉置 『ゆる言語学ラジオ』を聴いていると、Wikipediaのリンクをずっと踏み続けているみたいな快楽があるんですよね。それを今、体感しました。
水野 僕自身いつもWikipediaのリンク踏み続けている人間なので、それがしゃべりでも出ているのかもしれません。でも、言語化ということで言えば、僕ではなく相方の堀元さんの領分です。『奇奇怪怪』だと……
玉置 言語化担当はTaiTanですね。
水野 ですよね。堀元さんは、そしてきっとTaiTanさんも、ずっと考えごとをしているタイプだと思うんです。何かに対して疑問や不満を持ったり、怒ったり、もちろん感動したりとか。
玉置 それって普通のことだと思うんですけど、水野さんは考えごとしないんですか?
水野 しないです。不満とか怒りとか、生活していて気になることとか、ほとんどない。
玉置 そんな人いるんですか……。

水野 ただ、インプットだけは膨大にしているので、何か話題を振られた時には、瞬時に返すことはできるんです。
玉置 それはそれですごいですね。
水野 考えごとをしないので、音楽や絵も鑑賞できないんですよ。
玉置 え? どういうことですか?
水野 何かを観たり聴いたりしても、自分の体験とつながっている、っていう感覚がないんです。なんというか、審美眼が備わっていない。
玉置 えー。そんなことってありますかね。
水野 なので、僕と話している時は、ChatGPTが相手だと思っていただければ。
玉置 感情ゼロの。
水野 ミュージシャンの方にこんなこと言うのは失礼であると承知の上で、僕には感性とか感受性というものがほとんどないんですよ。
玉置 何かを見て「いいな」とかも思わないんですか?
水野 例えば、赤い花を見て「赤い色をしているな」というのは色覚として感じることはできますけど、そこから「赤くて素敵だな」とか、良い悪いの感想を持つことはないですね。
玉置 マジですか。でも普段、編集者としてお仕事をしている中で、表紙のディレクションをしたりしますよね?
水野 担当した書籍のデザインは、基本的にデザイナーさんにお任せしています。プロに託したほうが絶対いいものができますから。
玉置 それはそうですけど……。
水野 あ、でも、クリエイティブな方向ではなく、マーケティングの方向で考えることはできるので、「目につきやすいからイラストを入れましょう」とかは言えますよ。クリエイティビティを発揮するものづくりはできないけど、再現性のあること、サイエンスならできる、という感じですね。

玉置 へぇ。小説とかも読まないんですか?
水野 文芸とか純文学は、書かれている内容は理解できたとして、感性に響いたりはほとんどしないですね。こんなことを玉置さんの前で言うのは本当に申し訳ないのですが、音楽を聴いても、明るい曲調だから明るいことを歌っているんだろうなって思うくらいで、実際の歌詞は聴いてないんです。というか、情景が浮かんでこない。
玉置 言葉には興味あるのに。おもしろいですね。
水野 認知機能には興味あるんですよ。「人間とは何か」ということも知りたい。でもそれは、感性ではなく、メカニズムのほうなんでしょうね。構造を解き明かすことはできるので、本でいうとミステリーは読めるんです。トリックは楽しめる。ただ、主人公の名前とかキャラクターはまったく覚えられません。
玉置 本の感想を求められたりしたら、どうするんですか?
水野 「おもしろかったです」と……気の利いたことは何も言えないですね。
玉置 僕なんかは学生時代、自分の言いたいことを言うためだけに課題図書を読んでいるタイプでした。読書感想文なのに、本の感想は全然書かないで。
水野 本を読んで言いたいことがあるだなんて、素晴らしいじゃないですか。
玉置 水野さんは読書感想文、どう書いてました?
水野 書くほどの感想はないので、ひたすら要約を書いて提出ですね。的確に要約することは得意なので。一応最後に「おもしろかったです」とか、一言くらいテンプレの感想を添えて。
玉置 的確な要約ができるのも立派な才能ですよ。
水野 本の構成や構造を読み解くことはできるので、そこをほめることはできるんです。ただ、今この21世紀を生きる人材に最も必要な「自分で問いを見つける」という能力が完全に欠如しているんですよね。受験勉強エリートとして、与えられた問題集を解くことだけで生きてきてしまった弊害かもしれません。そういう意味でも、玉置さんの、感想は書かずに、自分の言いたいことを言うために本を読むっていうのは、さらに時代の先を行っていると思いますよ。
玉置 どうですかね。自分がミュージシャンであるとかは置いておいて、水野さんが生きていて幸福なら、それで全然いいと思います。別に芸術で感動できることだけが幸福だとは思わないし。『ゆる言語学ラジオ』を聴いていて、自分で調べてきたことをしゃべっている水野さんはすごく幸福そうに見えます。その幸福は、種類とかベクトルが違うだけで、僕がライブで歌ったり叫んだりしている幸福と同じですよ。
歌詞にすることで感激を共有したいわけじゃない
水野 玉置さんは、考えごとしますか?
玉置 普段から、言葉で何かを伝えようと思って物事を考えることはないかもしれないです。ある言葉に執着して、そこから勝手なことを考えて、それを詞や曲にしてきたという感じで。こうすれば誰かに届くとか、そういう脳が全然ないんです。
水野 そこは不思議だなと思っていたんです。詞や曲を書いて、さらにそれを不特定多数の人に届けるのがミュージシャンである以上、自己主張は強いはずですよね。なのに『奇奇怪怪』では、TaiTanさんのほうが圧倒的にしゃべってる。

各々の書籍版を手にする様子。水野氏が手にしているのは『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』(2023年)
玉置 これはPodcastを始めてから気づいたんですが、僕は感激したことは覚えているんだけど、それを言語化して、誰かにわかってもらおうという欲求がないみたいで。それに比べると、詞を書くっていうのは、その感激した一瞬をどう翻訳するかみたいな作業なんです。歌詞にすることで、誰かと「こういう瞬間ってあるよね」「最高だよね」って共有したいわけじゃない、というか。
水野 伝えることが目的ではなく、心が動いた感覚をそのまま言葉にしたい、ということですかね。
玉置 そうなんですかね。ちょっとややこしいんですけど。
水野 少なくとも、ロジックで考えているわけではなさそうですね。僕の個人的な所感だと、人はボトムアップで考えるタイプと、いきなり直感のタイプがいて。ボトムアップの人は、AだからB、BだからC、CだからDと、順序立てて考えるタイプです。一方の、いきなり直感の人は、クオリア(自身の体験によっておこる感覚)みたいなものがまずあって、それをどう言葉にするか、っていう。
玉置 クオリアは初めて聞いたのでわからないですけど、人と会話していても、話が飛躍しがちなことは多々あります。「何でいきなりその話になるの?」とかって、TaiTanにもよく言われますし。そのせいで僕はあいづちに徹していったところもあるというか。
水野 話が脱線してしまうのはいやですか?
玉置 脱線がいやというか、会話ってほぼリズムだけでいいんだな、ということがわかってきたんです。TaiTanが言ったことを繰り返したり補足することで、リズムも崩れるし、言ったこともぼやけるなって。そもそもTaiTanは、常に情報を圧縮してしゃべっているので、緊張感があるんですよ。だから言葉も硬くなる。だったら僕のあいづちは、少し気が抜けてるくらいの「ああ」とか「うん」ぐらいのほうがいいなって。
水野 へぇ。僕らとは真逆ですね。僕らは難解な言葉が出てきた時、いかに爆速で補足するか、みたいな感じでやっています。だから脱線もお構いなし。
玉置 『ゆる言語学ラジオ』は脱線もしながら、ずっと緊張感ありますよね。リスナーの好奇心をそそり続けるような。
水野 緊張感、ありますか。自己認識では、脱線によって緩和していると思ってました。というのも、僕らはよく『COTEN RADIO』という歴史のPodcast番組と比べられがちなんですけど、あちらはひたすら情報を圧縮しているところが魅力で、たとえ話が長くなっても、正確に伝えることに重きを置いている。でも『ゆる言語学ラジオ』では、脱線して別の知識を入れることで、情報量は増えているかもしれないけど、そのぶん薄めている感覚でした。
玉置 なるほど。そう言われると、薄まってはいるのかもしれない。
水野 堀元さんいわく、対話形式のコンテンツを聴きたい人たちに提供できるバリューは、情報を薄めることなんだと。一方的なひとりしゃべりを聴くのなら、本を読んだほうがいいって。せっかく二人で対話する以上、違う角度から例を出したり、補足したり、時には脱線もしたり、いろいろ希釈させるようにしているんです。
玉置 『ゆる言語学ラジオ』は、対談形式の読みものとか、テキストと相性が良さそうなのに、どうしてPodcastというしゃべりの形になったんですか?
水野 言語学というテーマを扱うなら、たしかにテキストのほうが、より正確で圧縮された情報を伝えられます。最初の志としては、リスナーに言語にまつわる知識を提供しようと思ってやっていたんですけど、今はもう、そういうコンセプトではなくなっているんですよ。
おしゃべりの利点として、僕が調べてきたことを話すと、相方の堀元さんから想定外のおもしろいリアクションが返ってくる。それによって、理解が深まったり、幅が広がったり、僕一人がインプットしてたどり着くよりも先のところまで行ける。これが最大の魅力です。
もうひとつは、とにかく僕が飽き性なので、何かに興味を持って深く調べても、1ヶ月とか2ヶ月経つと、熱が冷めちゃうんです。文章にして記事や本にまとめようとすると、どうしても時間がかかるので、その熱を残すことができない。だったら、熱がピークの時にしゃべりきっちゃったほうがいいものになるかなと。幸い、僕自身の能力的に、どうも原稿を書くよりも、しゃべるほうが得意だなという感覚もあるので。
玉置 熱を失いたくない、っていうのは大事ですよね。
取材・文/おぐらりゅうじ
撮影/野﨑慧嗣
〈番組詳細〉

2020年5月にPodcastで配信開始。2023年5月、番組名を『奇奇怪怪明解事典』から『奇奇怪怪』にリニューアル。2024年より、全プラットフォームへの配信がスタート。パーソナリティは、ヒップホップユニット「Dos Monos」のラッパーTaiTanと、バンド「MONO NO AWARE」と「MIZ」のギターボーカル玉置周啓。日々を薄く支配する言葉の謎や不条理、カルチャー、社会現象を強引に面白がる。ガンダーラを漂う耳の旅。2022年7月にはTBSラジオ『脳盗』としても放送開始した。著書に、『奇奇怪怪』(2023年、石原書房)などがある。

2021年1月にPodcastとYouTubeで配信開始。パーソナリティは、編集者の水野太貴と、YouTuberで著述家の堀元見。「ゆるく楽しく言語の話をする」をコンセプトに、水野が持ち込んだ言語にまつわる身近なトピックを、堀元が聞き役として進行する。著書に『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』(2023年、バリューブックス・パブリッシング)などがある。