
昨今議論を呼んでいる、原作者と映像化作品との関係性。『陰陽師』シリーズや、『餓狼伝』など数々の映像化作品の原作者である作家の夢枕獏氏に、このたび劇場公開となる映画『陰陽師0』にからめて、思うところを率直に語ってもらった。
映像化作品には基本的に口出ししない
──これまで『陰陽師』はさまざまな形で映像化されてきましたが、ついに映画『陰陽師0』公開ですね。
夢枕獏(以下同) 今回の『陰陽師0』、これがまたよいんですよ。役者も素晴らしいし映像美もあるしCGも抜かりがない。本当によくぞこういった絶妙なバランスで着地してくれたなと。
単にバランスがいいだけだと、いいところもフラットになりがちで。逆にちょっとバランスは悪いけど何かが突出してる映画もあると思うんですが、今回はバランスもよくてすごいんです。
鑑賞後の第一印象は、力強くてよい映画だとストレートに嬉しかったですね。私の周りで利害関係ゼロの人も口を揃えて「いいね」と言ってくれていることもあり(笑)、素直に私も本作の手応えを感じていました。
──配役について感じたことはありますか?
安倍晴明(あべのせいめい)を演じてくれた山﨑賢人さん、率直に「いい晴明でした」という感想ですね。
当初、「このくらいまではいってくれるんじゃないか!?」と思っていた以上に、さらにもっと上のステージで表現してくれたなぁと圧巻でした。源博雅(みなもとのひろまさ)役の染谷(将太)さんも徽子(きし)女王役の奈緒さんもよかった。
──映画では原作小説『陰陽師』以前の、安倍晴明と源博雅が初めて出会うシーンが描かれたわけですが、そこに獏さんのアイディアはあったんですか?
基本的には私の原作があり、そこからインスパイアされているとは思いますが、私からの具体的なアイディアはほぼゼロです。“陰陽師”という世界観、そして安倍晴明と源博雅というバディのシンプルなアイディアだけで、残りのほぼ全部を佐藤嗣麻子監督が構築したんだと思います。
映像化の場合、個人的には特に気をつけているところがあって。例えば格闘技の物語を描く場合、私は身長と体重にこだわるんですね。確か『餓狼伝』(1995年)の映像化で映画のスタッフと雑談してるとき、うっかり「この2人のキャストの身長と体重は?」と私が一言、言ってしまったがために、本編のセリフの中にそれが入っちゃったんですよ。
──スタッフと夢枕先生の雑談が映画のセリフになってしまったと。
映画のセリフの記憶はうろ覚えですが、確か「(『餓狼伝』キャラの)姫川勉と誰それは一体どっちが強いんですか?体重が同じだったら」みたいなセリフで。その「体重が同じだったら」の部分って余計なセリフなんですよ。
格闘技は体重の重いほうが圧倒的に有利なので、軽いほうがどうやって重い相手に勝つのかっていう部分は確かに大事なんだけど、映画のセリフでは余計です。自分が余計な話をしちゃったがために、いらないセリフが紛れ込んじゃって。
例え何気ない話でも気をつけないといけないなと、後からすごく反省したんです。
──制作サイドから先生への配慮がありすぎたということですかね? 雑談がそのままセリフにまでなることは少ないとは思いますが。
もちろん一概には言えません。原作者とスタッフの関係性しだいだとは思うんですが、私の場合はこうしたことをうっかり言っちゃ駄目だなと思って。
それ以来、ほとんど映画では口出ししません。ただ、AかBかを制作側から問われたときは「こちらですかね」というのは伝えるんですけども。
夢枕獏は脚本を読むか?
──監督の佐藤嗣麻子さんとは彼女が10代の頃からのお知り合いだとか?
彼女と知り合ってからはかれこれもう40年近くで、34~35年前ぐらいにはいつか『陰陽師』(の映像化を)やってよねっていう話はしてたと思うんです。
彼女とは個人的な繋がりもあるので、今回の『陰陽師0』について話しているときに、「雲中供養菩薩を出してよ。日本から世界発信の映像を作るんだったら雲中供養菩薩は非常に役に立つアイテムだから」とちょっとしたイメージを伝えました。
また、劇中で晴明が呪文を唱えるシーンがありますが、漢字でも梵語(サンスクリット語)でもいいので呪言がCGとして現れて、揺れたり歪な形になったりしながら唱え出てゆく映像を頼むよと、その2つだけはお伝えしました。
一部は上手に実現してくださっていて、やっぱりそこはすごく綺麗なシーンだと感じましたね。
──映像化の場合、脚本は読まれますか?
あまりに忙しいときには読めない場合もあるのですが大抵は読みます。しかし、読んでも何も言わずに「よろしくお願いします」という感じですね。「ここをこうしてください」とかはないので、個人的には、やはり全面的に託したほうがいいと思っています。
スタッフ全員が「つまらなくしてやろう」とは思っていないわけですから。みなさんが面白くしようと尽力され、ご自身それぞれが全力でやってくださっているわけで。
──悪い方向に進んでしまっていたものが、もっと悪くなると。
言うとかえって混乱が起きて、後から「私が言ったことは全部忘れてください」と言ったときにはもう手遅れの状態になっている。だからいっそ何も言わないほうが作品は良くなるだろうなと。
原作者にとっては、厳密には自分の描いたイメージとは当然変わってくるものなので、それはもうね、口出すことは慎んだほうがいい場合が多い。もし介入するんだったら本業を休んで本気で関わらないと。個人的な経験からそうやって学んできました。
──スタッフとの関係性、関わり方やタイミングなど本当に難しいのですね。
個人的には、監督を誰に任せるかまでは口を出してもいいと思っています。仮に「この人とこの人とどっちがいいですか?」って言われたら、「じゃあこちらの人でお願いします」というのはいいと思うんだけど。
その後で、作者が映画に口出しすると絶対ややこしくなるんです。言うとこちらも「言ったのに…」っていう気持ちが生まれると思うんですよね。
取材・文/米澤和幸(lotusRecords)
撮影/殿村忠博
場面写真/©2024映画「陰陽師0」製作委員会
『陰陽師0』
4月19日(金)全国ロードショー
出演:山﨑賢人、染谷将太、奈緒、安藤政信、村上虹郎、板垣李光人、國村隼/北村一輝、小林薫
原作:夢枕獏「陰陽師」シリーズ(文藝春秋)
脚本・監督:佐藤嗣麻子
配給:ワーナー・ブラザース映画
公式サイト onmyoji0.jp
公式X @onmyoji0_movie
公式Instagram @onmyoji0_movie
公式TikTok @onmyoji0_movie
呪いや祟りから都を守る陰陽師の学校であり省庁――《陰陽寮》が政治の中心だった平安時代。呪術の天才と呼ばれる若き安倍晴明は陰陽師を目指す学生とは真逆で、陰陽師になる意欲や興味が全くない人嫌いの変わり者。
ある日晴明は、貴族の源博雅から皇族の徽子女王を襲う怪奇現象の解決を頼まれる。衝突しながらも共に真相を追うが、ある学生の変死をきっかけに、平安京をも巻き込む凶悪な陰謀と呪いが動き出す――。史上最強の呪術エンターテイメントが幕を開ける!