
筒香嘉智の読売ジャイアンツ入団が現実味を帯び始めている。今季はメジャーリーグのサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結び、メジャーのスプリングトレーニングに招待選手として参加していた。
日本復帰はウエルカムだけど、巨人入りは…
コロナ禍の2020年に海を渡り、今季で渡米5年目。日本時代、10年間で通算205本塁打、本塁打王、打点王を1回ずつ獲得した実績を考えれば、筒香が「メジャーで成功した」とは言えないだろう。年間通してメジャーでプレーできたのは短縮シーズンとなった移籍初年度のみ。以降はマイナー生活や移籍を繰り返し、傍から見ると「苦しいシーズン」を送っていたようにも思える。
ここ数年はオフのたびに日本球界復帰の噂が流れながら、あくまでもアメリカでのプレーにこだわり続け、マイナーでバットを振り続ける筒香の姿を応援するファンも多かったはずだ。
筆者も横浜DeNAベイスターズ時代に筒香を何度か取材をしたことがあるが、具体的な明言こそ避けながら言葉の端々から「さらに上を目指したい」「アメリカでプレーしたい」という強い意志を感じたことを憶えている。
その意味でも、5年間アメリカでプレーした末での日本球界復帰は、おそらく自身の置かれている状況、プロ野球選手としての将来、キャリア形成などを熟考したうえでの決断のはずだ。
ファンもその意味をわかっていたのだろう。最初に「筒香が日本復帰を考えている」という報道が出た際の反応は、ほとんどが好意的なモノだった。「よくやった」「お疲れ様」「日本での活躍を期待したい」…SNSも、そんな声で溢れていた。
しかし、移籍先の有力候補が読売ジャイアンツだと報道されると、その反応には少し変化が生じた。特に古巣であるベイスターズファンからは失望や悲しみ、怒りの声も多く挙がった。
はじめに断っておくと、筒香の「巨人入団」が決まったとしても、それはルールに則って契約されたものであり、なんら責められるモノではない。さらに言えば、開幕前には新外国人のルーグネット・オドーアが退団し、絶対的な外野のレギュラーと左の強打者が不在の巨人にとって筒香は補強ポイントにマッチする選手でもある。日本で高い実績を誇る筒香の獲得は、実に理にかなった補強だろう。
それでもやはり、一部からネガティブな声が挙がるのはなぜか――。
“数字”と“人気”…プロ野球選手としての2つの成功
今回の件をキッカケに、改めて「日本人メジャーリーガーが日本球界に復帰する」うえで “正解”は存在するのかを考えてみたい。
まず“正解”の定義がなにかを考えたとき、ひとつは選手としての“成功”が挙げられる。メジャーから日本へ帰ってきて、かつての成績やそれに近い数字を残す。プロ野球選手にとっての“数字”は、“価値”と同義と言っていい。結果を残せる確率が限りなく高い場所を移籍先に選ぶ――。これは、「日本球界復帰」というケースに限らず、すべてのプロ野球選手にとって最優先事項だ。
もちろん選手への評価である「金額」も重要だろう。より高い評価を下してくれた球団への移籍を決断することも、「プロ」としては至極当然のことだ。ただ、特に今回のような「日本球界復帰」のケースの場合、重要になってくるファクターがもうひとつある。
それが「ファン心理」だ。プロ野球選手は成績を残し、それに見合った評価=金銭を受け取るだけでなく、「ファンに応援される」ことも重要な仕事だ。
“きれいごと”だけではなく、これは選手としてのキャリアにも大きく影響してくる。ファンに応援される選手とは、すなわち「球場に観客を呼べる選手」でもある。プロ野球はスポーツであると同時に興行であることを考えると、その存在を無視することはできない。
その意味では、メジャーから日本に復帰する際には、よほどの事情がない限りは「古巣への復帰」という選択がマストだと言っても過言ではない。なぜなら、「多くのファンに温かく迎えられる」状況が生まれやすいからだ。
ちなみに、過去にNPBからメジャーへと移籍し、その後再び日本球界(独立リーグを含む)に復帰した選手は51人いるが、その半数近い24人が「古巣復帰」を選択している。現役選手でいえば和田毅(ソフトバンク)、青木宣親(ヤクルト)、平野佳寿(オリックス)らが挙げられるが、彼らはファンのみならずチームメイトからも絶大な信頼を勝ち得ている“レジェンド”となっている。
「巨人入団」が実現しても、それは理にかなった選択
しかし今回、筒香は古巣のDeNAではなく、巨人へ入団するのでは……と報道されている。現段階での交渉過程は不明だが、これにDeNAファンがネガティブな反応をすること自体は理解できる。
特に、筒香の場合は自身で権利を取得したFAではなく、球団が許可をしたうえでのポスティングシステムでメジャー移籍を果たしている。DeNAファンからすれば、「メジャーに送り出した」という感覚も強いはずだ。
ただ、一方で現在のチーム状況を鑑みると、筒香のDeNA復帰がむずかしいことも理解はできる。今季はルーキーの度会隆輝が開幕スタメンの座を掴み、昨季ブレイクした関根大気も絶好調。首位打者経験のある佐野恵太もおり、外野レギュラーは “埋まっている”状況だ。一、三塁にも宮﨑敏郎とオースティンがいるため、たとえ入団してもレギュラーが確約される状況ではない。
筒香は現在32歳。老け込むにはまだ早い。そう考えれば、より出場機会が得られるであろう「巨人入団」という選択をしても、それは理にかなっているといえる。
ただ、「理にかなっている」からと言って納得できるか……といわれると、そう単純ではないのが「ファン心理」のむずかしいところ。交渉過程が不明なぶん、どうしてもさまざまな憶測を呼ぶことになるし、古巣のファンからすれば「裏切られた」というネガティブな感情が生まれかねない。
個人的な心情をいえば、筒香にはアメリカで苦しんだぶん、日本では特定球団だけでなく、すべてのファンに歓迎される形でプレーして欲しい。
「国内復帰」する選手にとっての一番の“正解”とは
あくまでも絵空事になってしまうが、日本球界復帰の際には古巣の球団に「優先交渉権」を与えるのはどうだろう。
「独占交渉権」では選手の年俸が極端に下がる可能性があるため、在籍最終年の年俸額でのオファーを球団が選択できるようにし、その場合は古巣への復帰が確約される。筒香のケースで言えば、2019年の推定年俸が4億円。これをDeNAが選択すれば無条件で入団。逆に、「4億円は払えない」と判断すればこれまで同様に自由競争とする。
これであれば、たとえ他球団に移籍されたとしても「球団が優先交渉権を選択しなかった」事実が明確になるため、古巣ファンも少しは納得できるのではないだろうか(今の筒香に対して4億円を払えるかどうかは別として)。
そのうえで、この「優先交渉権」に期限を設けるのも策のひとつだ。なぜなら、長期間メジャーでプレーした選手に対してまで古巣への優先交渉権を与えてしまうのは、さすがにアンフェアだから。たとえば、「メジャーでのプレー期間が○年以内」のような縛りを決めることで、ポスティング移籍→メジャーで数年だけプレー→国内他球団へと復帰のような、もっとも「ファンの怒りを買う」ケースを防ぐこともできる。
たとえば、「3年以上メジャーでプレーすれば、国内復帰の際は自由契約扱い」と明確なルールを定めれば、今回の筒香は対象外になる。もちろん、それでもネガティブな反応は生まれるだろうが、そこに「ルール」があれば多少は緩和される気もする。
「国内復帰」する選手にとっての一番の“正解”――。最高の形はもちろん、「古巣に戻り、ファンに温かく迎えられ、活躍してそれ相応の対価を得る」ことだろう。
ただ、それを実現できるケースは一握りだ。であれば、すこしでも“正解”に近い選択ができるシステム。選手も、球団も、なにより応援し続けてきたファンも、できる限り“納得”できる形が、望ましいはずだ。
文/花田雪