
調査会社インテージによるとシートマスクを中心とした「パック」の市場規模は2023年に前年比134.8%と大きく増加し、649億円となった。同社の市場アナリスト・木地利光氏は好調の理由に「インバウンド需要で訪日客に人気に加え、国内もセルフケア需要の高まりで伸長」をあげている。
そんな成長を続けるフェイスマスク市場をけん引しているのがDr.ルルルンの展開しているフェイスマスクブランド「ルルルン」だ。韓国コスメやさまざまなブランドがひしめくなか、なぜここまで好調なのか、その戦略について、Dr.ルルルンのブランドマネジャー兼マーケティング部ゼネラルマネジャー 明神賢太郎氏に訊いた。
東日本大震災を機にフェイスマスクの事業を本格化
フェイスパックブランド「ルルルン」は「ごぎげんをつくる」をコンセプトに、毎日使える大容量シートマスクとしてヒットしている。フェイスパックのブランドシェア1位(※1)を誇り、販売枚数はシリーズ累計20億枚(※2)を突破している。
そんなメガヒット商品はどのように生まれたのだろうか?
「ルルルン」を展開するDr.ルルルンは創業当初、広告代理店として企業のPR業務を手がける一方で、化粧品などを扱う総合通販サイトを自社で運営していた。
事業をフェイスマスクの販売に舵を切ったのは、東日本大震災がきっかけだった。
震災により、本業の企業のPR業務は打撃を受けたが、化粧品の売り上げは落ちていなかったからだ。
「大変な震災でしたが、どういった状況でも女性にとって化粧品は大切なもので、きれいでいたいという気持ちは強いんだと感じました。そういった気持ちが上がるワクワクした商品を出せそうと考えたのが始まりでした」(明神さん、以下同)
化粧水、乳液、美容液……さまざまな化粧品がある中でなぜフェイスマスクを展開することになったのだろうか?
「当時、一般的にフェイスマスクは1枚1000円以上するものが主流で特別な日のためのスペシャルケア目的のものだったと思います。そんな特別なものを毎日気軽に使えたらいいんじゃないかと考えたんです。また震災によって、それまで当たり前に過ごしてきた毎日が当たり前じゃなく貴重なもので、特別じゃない日はないと気づかされました。
そこで“毎日が特別”であるということに寄り添う商品を作れないかと考えたんです。シートマスクは、手で化粧水を浸透させるより、ぴったりとシートが肌に密着することで、成分が効率よく肌に浸透します。
こういった有用性に着目しフェイスマスクを展開することにしました」
そこから毎日使いができるフェイスマスクの研究が始まり、「ごきげんをつくる」をコンセプトに、保湿を目的としたフェイスマスクを2011年7月からスタートした。
スペシャルケアが目的でなく、デイリーに使えて、シート状になっていることで肌の乾燥対策として効率的に保湿できることが特徴だ。
ブランド名の「ルルルン」は気分がごきげんなときになんとなく鼻歌を口ずさむ感じから名付けたという。また、パッケージに描かれたまつ毛の絵は、パックでごきげんになって気持ちよくなって目を閉じている様子を表現している。
「なにげない毎日を特別に感じられて、肌の調子を整えてごきげんに過ごせる、そういった情緒的な価値を提供したいと考えました」
発売後、順調に売れ続けていたが、2014年にそれまでのパウチタイプに加えて箱型を発売したことがさらなる飛躍を呼んだ。
「毎日使っていただくために、シートマスクを取りだしやすい箱型にして発売したことでさらにブレイクし、フェイスマスクの国内シェアトップやさまざまなコスメサイトや美容雑誌でも1位を取るなど業績は右肩上りに。売れた分は設備投資にお金をかけ、パッケージの改善、シートの改良、シートの成分のアッデートを毎年のように続けて今に至ります」
※1富士経済「化粧品マーケティング要覧 2024 No.1」パック市場・ブランドシェア 2023年販売実績ベース
※2 2011年7月~2023年12月の累計販売枚数(同社調べ)
新興ブランドの拡大で2020年からシェアが落ち始めた
2011年から順調に成長し続けた同社だったが、2020年に初めてブレーキがかかった。
好調なフェイスマスク市場にさまざまなブランドが参入し、特定の成分を打ち出した商品が多くなり始めシェアを奪っていった。毛穴に特化した商品、レチノールといった先端の成分を全面に押し出す商品、そして韓国コスメコスメブームが到来し、CICA成分が含まれるパックが注目されるように。
同社のシェアも売り上げもみるみるうちに落ちていった。
「それまではPRに力を入れなくても商品は売れていたんです。だから自分たちの商品は浸透していると思っていたのですが、実はそうではなかった」
2021年、2022年になってもシェアは落ちるばかり。社内では他社のようにCICA成分を入れたフェイスパックを導入するという議題は何度も上がった。
「でも成分を打ち出した商品は、私たちがもともとコンセプトにしてきた商品ではありません。ルルルンの強みは保湿することで肌の水分と皮脂のバランスを整えて、肌の悩みで一番よく挙げられる乾燥対策に適しているところです。その強みを捨てて、CICA成分を打ち出した商品を出すのは違うという結論に達しました。ただ会議は本当に紛糾しました。
シェアは落ちているし、競合はどんどん出てくるし、CICA成分などさまざまな成分が注目されていたので。でも毎日のケアとして肌を保湿するパックという軸をなくしてしまったら、私たちの商品のアイデンティが失われてしまう……と考え、成分を打ち出した商品は作らないことにしました」
商品の特性が世の中に浸透していないことに気づいた
そうは決めたものの、じりじりとシェアが下がっていくのをただ見過ごすことはできない。広告、宣伝の打ち手を考えていく中で、ルルルンが化粧水のように毎日使えて、肌の水分補給する保湿のフェイスパックであることが、まだまだ世の中に浸透していなかったことに気がついた。
「社内では、毎日使えるパックということで世の中に認知されているという誤解がありました。さらに『パックは毎日使いすると肌に悪い』とSNSで広まっていたこともありました。確かに特別な成分を浸したパックは週1回くらいの使用がおすすめかもしれませんが、ルルルンのシートマスクはシンプルに保湿が目的なので、毎日使っても問題ないはずです。ですが他のパックと混同され、毎日使ってはいけないと思われていました。ルルルンの商品特性がいかに伝わっていないかが、よくわかったんです」
そこで、毎日使いができる保湿タイプであること、フェイスパックなので効率的に保湿できることをちゃんと伝えていこうと、キャラバンに力を入れることに。
広告出稿、美容系のインフルエンサーを使った宣伝にもさらに力を入れた。
「単に美容家の人に商品を使ってもらって宣伝してもらうだけでなく、商品を説明させていただいたり、ご意見をいただける時間を作ってもらったり、地道に商品を知ってもらう戦略を取りました」
その上で、シートの改良、BOXタイプの高さを従来品に比べて低くし、最後の1枚まで取り出しやすいコンパクト設計にする、肌に密着する新シートの採用など商品改良も怠らなかった。
その結果、2022年末からだんだんと業績は回復し、2023年には完全にアップトレンドになり、売り上げは180億円(市場価格)に到達、市場シェアは28%まで高まった。
「まだまだ、毎日使うものと認識されていないので、今後も商品のPRは継続してやっていきます。フェイスマスクのシェアがナンバーワンブランドだからこそ、フェイスマスクの有用性をアピールしていき、お客さまに目的に合わせて選んでもらいたいと思っています」
何かとタイパに価値を求められている現代。忙しい日々の中、手軽に保湿できるフェイスマスクは今後ますます需要が伸びていくだろう。
取材・文/百田なつき