
子育てをする家庭や保育士への支援制度が見直されるなか、まだまだ国のサポートが十分とは言えない保育施設がある。それが発達に遅れのある未就学児を預かる「療育施設」だ。
認知度の低い療育施設
12月5日に配信した『〈三原じゅん子センセイに言いたい!〉保育士の人件費10.7%引き上げも…「私たちの給与には反映されない!」“極限の保育現場”当事者たちのホンネ』という記事。
こども政策担当相の三原じゅん子氏もXのアカウントでこの記事を引用しつつ、「この効果が現場の保育士さんに着実に行き届かなければならないことです」「来年4月からは(一部省略)経営情報の”見える化”する制度をスタートさせます」と投稿するなど大きな反響があった。
しかし、その制度からそもそも除外される人たちがいる。療育施設の保育士だ。
今回は、多く寄せられた”療育施設”の保育士の声について取り上げる。
では、そもそもみなさんは”療育施設”をご存知だろうか?
関西の保育園から療育施設に転職して2年目のヒトミさんはこう話す。
「児童発達支援や放課後デイサービスなどの療育施設(以下、療育)は、障がいがあったり、発達に遅れのある未就学児が身体的、社会的、精神的な機能の適切な発達を促すための場所です。基本的な生活スキルを発達段階に応じて習得させるために、個々に応じた支援をしています」
働く母親の割合が77.8%(24年厚生労働省調べ)と過去最高を更新したいま、「働き手を確保するためにも必要不可欠な場所です」という。
「保育園に入園できても、『集団生活が難しいです』と断られ、行き場をなくす保護者と子どもが一定数います。ほかにも、保育園への入園を希望しても障がいを理由に『全ての園に断られた』と半泣き状態で、2月頃に駆け込みで問い合わせをくださる親御さんもいます。
通常の保育園と併用して週2回だけ来る子もいますし、週5日療育だけに通所している子もいます」(前出・ヒトミさん)
発達障がい児の割合は増えている。
それに加え、身体障がい、知的障がい、他の精神障がいの子どもを加えると、障がいを持つ子どもはさらに増える。
「私の保育園は在籍する110名のうち療育に通っているのは10名ですが、療育を併用する子が2割近い保育園もあります。園の方針によって大きく増減します」(九州の保育園で保育士を17年しているカエデさん)
なぜ発達障がい児は増えているのか
なぜ発達障がい児はこんなにも増えているのか。
「認知度が高まり、理解が広がったことで早期発見されるようになったことは大きいと思います。以前は『少し変わった子だね』で済んでいた子も見過ごされなくなりました」(前出・カエデさん)
他に、こんな意見もある。
「保育士間でよく言われるのは、親子間コミュニケーションの不足です。なかなか保護者には指摘できませんが、子どもがぐずったときなど困るとすぐにスマホを渡してしまう親御さんがいます。
親子で交わす言葉から受けとる愛情や学びが抜け落ち、言語を発する力、受けとる力が育まれずに発達障がいやその疑いにつながっているのではないでしょうか」(前出・ヒトミさん)
実際、療育に通所し先生たちと積極的にコミュニケーションをとったり、フラッシュカードなどを遊びとして取り入れることで発語が増えたり、手先の動きが促されたりするなど発達が著しく進む傾向があるという。
事業所の形態によるが、療育とよばれる児童発達支援の定員は基本10名。これに対し、児童指導員または保育士を合わせて2名以上配置する必要がある。さらに児童発達支援管理責任者と管理者が1名以上ずつ必要だ。(管理者は他業務との兼務可)
「正直、この配置基準では人数が足りていません。
とある療育施設に勤務する保育士の1日はこんな感じだ。
朝8時に出勤し、活動の準備や掃除を終え9時に送迎車を出発させる。子どもを連れて園に戻り、成長に応じた個別療育を行なう。集団行動での指示の通り方、理解状況に応じて個々の子どもへの声かけ・援助をしながら曜日ごとに決められた活動をする。運動、リトミック、工作、クッキングなどだ。その後、自由あそびで一人一人と関わる時間を持ち、情緒の安定を図る。
12時に各自持参したお弁当で昼食をとる。こだわりを持っている子が多く、介助には時間を要するが、各自で決めた目標時間に合わせ徐々に完食を目指す。その後、必要に応じ午睡(お昼寝)をする。大声を上げたり動き回ったりする子は、別室で対応し、合間に保護者へ渡す今日の記録や発達記録の記入を済ませる。
起床後の排泄では「お風呂場でしかできない」という子どももいる。
16時に送迎車を出発させ保護者に送り届け17時に戻ると、職員間で本日の振り返りと今後についての話し合い、おもちゃ作りなどを行ない18時~19時に帰路につく。
「運転手がいないため、朝夕の送迎も職員が交替で行なっており、すごく神経を使います。基本、保護者の支払う毎月の利用費のみで運営しているので、100円ショップで製作物の材料を購入することもためらいます」(前出・ヒトミさん)
保育士時代より年収は150万円ダウン
三原じゅん子こども政策担当相は保育士の給与10.7%の引き上げを提言したが、療育は対象外だ。関西で療育施設を25年運営する児童発達支援管理者のユウコさんは言う。
「保育士の給与10.7%の引き上げは、保育園や子ども園が対象なので、私たち療育施設は対象外なんです。定期的にいただいている助成金も補助金も0です。
強いていえば、義務化されている送迎車の安全装置設置にかかる費用の補助金が令和6年3月末までの申請で上限17万5000円もらえたぐらいです。(地域によりすでに終了)
ICTシステム導入時の補助金も地域によってあるようですが、上限は10万円ほど。保育施設は導入時に100万円ほど受けとることができていました。
保育園には施設整備のための交付金があったり、運営費(委託費)も補助金がありますが、児童発達支援や放課後等デイサービスにはありません。新規で開業する場合、私財を投入するしかありません。
PCや暖房設備を含む電化製品、通信、机と椅子、おもちゃ、療育教材、絵本などの設備や備品などをそろえるための補助金があると助かります」
おもちゃや教材は手作りのものが多く、絵本や機材もいただき物でなんとかやりくりしているという。
さらに、療育施設に勤務するヒトミさんはこう明かす。
「給与は手取りにして17万円ほどです。2年前まで勤務していた保育園の頃より年収は150万円ほど下がり、ボーナス、家賃補助などもありません。給与10.7%引き上げも、療育を入れていただけないのは悲しいです。
なんとか、子どもたちが安心、安全、健康で過ごすための最低限の助成をしていただけないかと日々願うばかりです」(前出・ヒトミさん)
少ない給与の中でも、療育で働く保育士たちには強い思いがある。
「保育園に勤務していた頃には、『もっと手を尽くしてあげたい』と思う子どもに対しても、集団の中で最低限の関わりしかできませんでした。当時は、ないがしろにされがちだった発達の遅い子どもたちや、悩む保護者の一人一人と向き合うことができているので、療育の保育士として働くことができて、やりがいと喜びを感じています。
今後、国では5歳児健診が行なわれるようになり、発達の遅れを指摘された子たちに向けてさらに療育の役割は増していくのではないでしょうか。療育の環境を整える取り組みをしてほしい」(前出・ヒトミさん)
5歳児健診は必要な制度なのか
こども家庭庁は「安心の就学へ『5歳児健診』」とうたい、24年12月より5歳児健診の義務化を発表した。しかし、現況の日本で5歳児健診を決行することは、保護者や子どもたちに不安を植え付ける行為なのかもしれない。
発達障がいに詳しい、お茶の水女子大学名誉教授の榊原洋一氏はこう警鐘を鳴らす。
「5歳児健診では発達障がいなどが疑われた場合、児童精神科などの診断のできる専門家の二次健診を受けるとうたわれています。
たとえ理念(早期発見)がよくても、それを実施する体制が整っていないところで制度化すると、混乱が起こるだけではないでしょうか。
例えば『発達障がいなどの可能性がある』と判定された子どもの親の多くが、専門家の診察を受けられずに不安の中で過ごさなければならない状況が生じることは明白です」
国が促す5歳児健診。そして、限られた児童精神科の診察を待つまでの間に受け皿になりうるのが療育施設なのだ。
このまま助成金、補助金0で本当に良いのか。環境を整えるための支援制度が検討されることを切に願う。
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取材・文/ 山田千穂 集英社オンライン編集部ニュース班